2010年3月4日木曜日

中学校英語教育での「翻訳」の活用

広島大学附属東雲中学校の山崎学肖先生が、現在、以下の論文でご自身の実践をまとめようとされています。

英語科における表現力を高めるための
音読指導の在り方についてⅡ
-「マインドマップ」と「創造的日本語表現」を用いた音読指導の工夫-

山崎学肖・松村健・深澤清治・柳瀬陽介


現在は草稿段階ですが、その中での「創造的日本語表現の作成」は一つの事例として興味深いので、山崎先生の許可を得て、ここで紹介させていただきます。

山崎先生のいう「創造的日本語表現の作成」とは、英語を読んで、生徒に「もし君がこの状況にいるとしたら、日本語ならどう表現するだろう」と指示を出し、日本語で英語理解を表現させるものです。いわゆる「英文和訳」の学校式直訳ではなく、意訳の要素が少し入った「翻訳」をさせる指導と考えることができます。




(4)創造的日本語表現の作成
 物語文の細かな内容理解が終わると,さらに理解を深めるために「創造的日本語表現」を作成する。この活動は,昨年度の課題に「生徒の理解が薄い」ということがあげられたことから,生徒の理解をしっかり深めさせるために行う活動である。創造的日本語表現の定義は,直訳ではない状況や心情を踏まえた日本語表現である。つまり物語の著者が日本語を使って描くとしたらどのような訳を使うのかを求めることである。これは,各生徒の自由な発想を期待する活動であるが,基本として物語の内容を踏まえた日本語表現であることを確認した。自由な発想を求めるのであるが,文章の内容と明らかに違っていればそれは想像や空想の域になってしまい,原文を創造的に作りあげることとは異なるからである。
 具体的な生徒の創造的日本語表現の例としては,"Mommy," the boy was still crying.という英文を「少女があやしても,少年は一向に泣きやみませんでした」や「お母さん,お母さん,男の子は泣くばかりです」と表現する生徒もいた。この日本語表現は物語に入って読み込まないと出来ない表現であり,生徒の内容理解はさらに深まっていったと考えられる。


<生徒の感想例>
・ドラマチックジャパニーズでは,英語の意味を理解できるし,それに伴って,日本語訳したものを英語の音読の時に活用できる。
・本文を自分の言葉で表現すると,主人公の気持ちが見えてくると思う。主人公の気持ちが分かると音読の工夫にもつながりやすいと思う。
・セリフのところとかは,誰がどういう状況で言ったセリフかとか,色々考えられる。そこで考えたことを読むときに意識できる。
・誰を基準に訳すかによって,物語が変わったりセリフの部分の読みも変わってくるから,自分の読みについて決めるのに良い参考になった。
・音読練習の時に,どんな感じで読んだらいいのか分かりやすかった。
・内容を理解し,状況なども理解することで棒読みになることを防ぎ,音読練習でつまらないように読めた。
・創造的日本語に直すことによって,感情移入しやすくなったと思うし,意識して表現できるようになった。


 これらの感想から,創造的日本語表現は生徒の音読の際にかなり参考になることが分かる。物語に自分が入り込むことが容易にでき,日本語と同じ感覚で英語を読んだりすることができるからではないかと考える。
 最後にこのアンケートから分かることで,創造的日本語表現が有効な理由として,⑤表現力(コミュニケーション能力)の向上につながると回答した生徒が多かった。この表現力ということに関して,さらに細かく生徒のアンケート記述を取り上げてみる。


<生徒の感想例>
・会話文みたいに書いていると,普段どんな時に使えばいいか分かる。
・そのセリフの意味を考えることができた。
・感情をじっくり感じ取ることができた。
・直訳しない,より日本語に近い表現で訳すことによって,登場人物の心情などよりリアルに創造することができたから。
・自分で表現してみることで内容が理解できているかどうか分かるし,登場人物になって考えるので状況・心情が分かるから。また,自分で新しく表現することによって表現力の向上にもつながったから。
・本文を意訳することによって,自分が思ったことを表現しやすくなったと思います。また,直訳しにくい文も,表現をうまくすることができたと思います。
・何が書かれているかが分かった上で書くので,さまざまな表現の仕方ができると思ったから。あと,表現の仕方を色々考えるので,その場の状況・心情をさらに突き詰めていくことができると思います。
・日本語にすることで感情をとらえやすくなるから,表現力をつけることができる。
・同じ意味の表現・行動でも少しニュアンスを変えると,やさしくなったり,きつくなったり,不安になったりといって登場人物の気持ちを変えることができると思います。オリジナルの表現は難しいけど,英語と日本語の違いを知るのにはもってこいだと思います。

これらの感想から分かることは,創造的日本語表現は自分の言葉で表現を考える1つのきっかけとなり,その表現をどのようにして伝えていくのかを,物語の状況や心情などによりリアルに想像できる良い機会となったと考える。しかし,日本語の表現力がアップして,英語の表現力とのつながりが分かりにくいという指摘もでるが,蒔田(2009)は,「母語との比較で英語の特徴を際立たせることができる。(中略)日本語と比較し英語の特徴を理解することは,文法説明だけでなく,よりよいアウトプットを引き出すためにも欠かせない」と日本語使用の重要性を述べている。つまり,日本語の表現力を向上させることは,日本語と英語を比較し考える力を伸長することにつながり,英語表現と日本語表現の双方向で考えることができると推測できる。





山崎先生がこの実践を報告した際の研究会にも私は出席していましたが、その時に寄せられたコメントが印象的でした。コメントをした教師は「あとわずかで定年」という英語教師でしたが、ご自身も似たような実践をして生徒にも好評だったそうです。しかし当時の指導主事からは「直訳をさせないと入試に通らないから」と言われてその実践を断念されたそうです。「私の遺言と思って聞いてください。こういった実践は大切にしてください」とはその先生の弁でした。

将来、英語を必要とするかどうかわからない生徒および大学進学もしないかもしれない生徒が多い、公立の中学校ではどういった「英語教育」を行なうことが望ましいのか。

日本国民である限り受けることが「義務」とされる教育では、どのような「英語教育」が必要なのか。

必要とされる英語教育に適した評価とはどうあるべきか (評価に適した英語教育とは何かでなしに!)。

小学校だけでなく、中学校の英語教育も、きちんと地に足をつけて考える必要があると私は考えます。




【広告】 教育実践を振り返るには『リフレクティブな英語教育をめざして』を、英語教育を根本的に考え直すには『危機に立つ日本の英語教育』をぜひお読み下さい (笑)。






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