「この三日間で、僕が気をつけたことは脳のしくみの説明そのものよりも、「脳」を考えるプロセスに主眼を置いたことだ」(385ページ)という池谷先生の言葉に従って、ここでは
「物語」、「複雑系(および創発)」「リカージョン」
について、私なりに理解した(誤解した)ことを書き連ねてみます。詳しくは本書ならびに本書に示されている参考文献を直接読んでください。
■ なぜ人間は「物語」を創るのか
なぜ人間には意識があるのか、なぜ痛覚があってもその痛覚だけで終わらせないのかという問題に対して、池谷先生は、痛覚にただ反応するだけでなく、「なぜ痛いのか」という理由を探索することが生存に有利だからではないかと説きます。ヒトは、理由を探し求める生物として進化してきたのではないかというわけです。
しかしこの理由探求欲求は「当面の状況がうまく説明できればよい」(161ページ)という程度のものですから、「作話」のような現象も生じると池谷先生は解説します。ヒトはとりあえず自分の身体状態を説明するための根拠を過去の「記憶」に求めて、現状に納得のいく説明をつけるなどといった「身体と脳の相互作用、無意識と意識の相互作用のプロセスの全体」を「心」と考えていいのではないかとも言います(188ページ)
■ 人間は「設計図」により作られるのではなく、「創発」する
複雑性(複合性 complexity)の科学は、構造に単純なルールを与えるだけで、システムは思いもよらない複雑な(複合的な)挙動を示すこと、つまりは高度な行動が「創発」することを明らかにしました。
私たちは「設計図」に基づいて物を作るということを根源的なメタファーとして使っていますので、この「創発」で物事を考える事をまだ増えてとしています。しかし「人間を作り出す」ために遺伝子にすべての必要な情報を組み込むことは、その莫大な情報量から不可能と考えられるわけですから、遺伝子も「設計図」ではなく、システムの「ルール」(の一部)として考えるべきではないかと池谷先生は説きます(353ページ)
この創発の働きは、朝日出版社のホームページにある動画(注)で直感的に理解することができます。
●鹿威しモデル(単一細胞)・ノイズなし
●鹿威しモデル(単一細胞)・ノイズあり
→328ページ: 図52 鹿威しモデル(単一細胞)
●フィードフォワード回路・ノイズなし
●フィードフォワード回路・ノイズあり
→330ページ: 図53 鹿威しモデル(フィードフォワード)
●フィードバック回路
→340ページ: 図55 鹿威しモデル(フィードバック)
●ラングトンの蟻
●ラングトンの蟻・早回し
→348ページ: 図57 素子と環境の相互作用 その2
●自己組織化マップ
→403ページ: 図65 コホーネンの自己組織化マップ
http://www.asahipress.com/brain/
さらに池谷先生は、無料で無尽蔵ともいえる「ノイズ」をシステムが上手く利用することの重要性を説きます(上の動画でも確認できます)。(368ページ)
加えて、生命といったシステムは構造から機能を生み出すだけに留まらず、「機能する」ことによって、「構造を書き換える」ことも行うこと、つまりは「構造→機能だけでなく、機能→構造でもある」「機能と構造の相互作用を通じて生物は環境に適応していく」ことを強調します。(368ページ)
複雑性(複合性)やシステム理論の理解は人間の理解においても非常に重要だと言えるのでしょう。
■ リカージョン
池谷先生は、さらにリカージョン(recursion)あるいは自己言及のトリックについて注意を喚起します。また、Hauser, Chomsky & Fitchの 'The Faculty of Language: What Is It, Who Has It, and How Did It Evolve?' Science 22 November 2002:Vol. 298. no. 5598, pp. 1569 - 1579を参考文献にあげながら、リカージョンが可能になったことを言語に求めています。
恥をしのんで告白しますと、私は自己言及のパラドクスをまだまだ表面的にしか理解していなくて、身体的にもイメージ的にも理解していませんので、リカージョンについてはこれからもう少しきちんと考えて、頭を柔らかくしたいと思います。
■ 圧倒的に面白い啓蒙書です
池谷先生のホームページの「研究者のメディア活動について」を見ますと、科学者が啓蒙書を書くことについては賛否両論あるようですが、私としては一流の科学者にこそ、時折でいいですから啓蒙書を書いてほしいと思います。いずれにせよ、噂にたがわずとにかく面白い本でした。迷っているならぜひ購入して読んでみてください。
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注
このページの動画はどれも面白いですが、私は特に「ニューロン・ミュージック」を面白く思いました。20世紀の西洋音楽が到達したことは、私たちの脳が行っていること(の表現)にとても近いのかもしれません。
【広告】 池谷先生の本を購入するついでに『リフレクティブな英語教育をめざして』と『危機に立つ日本の英語教育』もぜひ買ってね(笑)。
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