2010年3月6日土曜日

Ann m. Körner著、瀬野悍二 (2005) 『日本人研究者が間違えやすい英語科学論文の正しい書き方』 羊土社

[この記事は『英語教育ニュース』に掲載したものです。『英語教育ニュース』編集部との合意のもとに、私のこのブログでもこの記事は公開します。]

この本の最後の"valedictory"(「免許皆伝!」)は、「(1) 常に投稿規定に目を通してその要項に従うべし。(2) 常に明確さと整合性を目指すべし」となっている。(2)はともかくも、なぜ(1)のように「些細な」ことをこのような本が力説しなければならないのかといぶかしく思う人もいるかもしれない。

しかし著者であるKorner博士は、1985年以来、延べ7000編の英語投稿論文の査読修正に携わってきた科学者 (生物科学) である。概算で日に平均1編の査読修正を20年にわたって続けた人 (序文)の言う事には謙虚に耳を傾ける方がいい。

彼女は「目標は常に1つ、投稿先雑誌の編集長 (editor) と審査員 (reviewer) が好感をもって受理する論文を書くこと」と序文で言い切る。というのも競争の激しいScience誌なら投稿論文の65%が審査に回されることもなく1週間か10日以内に却下され著者に返送され、審査過程に残ってもその10%しか採択されないからだ (22ページ)。


たくさんの原稿を毎日受け取る編集長はスーパーマーケットで買い物をする客とそんなに変わりません。買い物客はすべての陳列棚の品を瞬間的に目に入れながら通路を歩き進み、目をとめた商品は手にとって見て、その内のいくつかだけをかごに入れるわけです。 (113ページ)


だから論文はもとより、編集長への手紙にも細心の注意を払わなければならない。論文もTitle, Abstract, Introduction, Materials and Methods, Results, Discussion, Acknowledgements, Rererences and Notesなどそれぞれに内容を明確に伝えつつ、細かな投稿規定にそって書き進めなければならない。大量の書類を読んだ者なら誰も知ることだが、書式の間違った文書というのは本当にイラつくものだからだ。


投稿規定にこんなに細心の注意をはらうのは時間の無駄だと思うかも知れませんが、要項の細部に従わなかったためにどれだけ発表が遅れる羽目になるかを知って驚くことになります。さらに踏み込んで強調したいのは、投稿規定に従って適正に書式を整えた原稿は、そうでない原稿に比べて受理されやすいことです。 (26ページ)



些細に見えて実は大切なのは投稿規定だけではない。文法もそうだ。


正しい文法で書かれた文は情報を伝える明確な手段として有効です。研究者同士は今や国を越えて結ばれ、共通言語は英語です。もしあなたの論文がはっきりと正確に書かれたものなら、世界中の研究者が理解できます。もしあなたの英語が文法的にミスを冒し、口語調だったりいい加減だったりすると、相手はあなたの言わんとすることを理解するのに大変苦労します。 (27ページ)


かくして著者は英語教師でも言語学者でもない自然科学者なのだが、これまでの査読経験で多く見られた文法に好ましくない英語を丁寧に解説する。

例えば、修飾関係から生じる

× The cells were grown in ABC medium containing glycine.
○ The cells were grown in ABC medium, which contained glycine. (29ページ)


× Based on our results, we shall present a model of the detailed dynamics of the complex photochemical reaction.
○ In the Discussion, we shall present a model of the detailed dynamics of the complex photochemical reaction that is based on our results. (69ページ)

× Briefly, the data were subjected to statistical analysis, as described by Gifted et al. 82002), and statistically siginificant correlation coefficients were recorded.
○ In brief, the data were subjected to statistical analysis ... (77ページ)

の正誤や、同格関係から生じる

× Due to the presence of an enzyme, we saw blue colonies.
○ The formation of blue colonies was due to the presence of an enzyme in the cells. (35ページ)

の正誤に気をつけるよう著者は忠告する。こういった「なんとか意味は伝わる」ような英文も、複雑な内容を高速に処理しなければならない科学論文では、読解の障害につながるからだ。

また、曖昧さを生じさせる

This is an important point.

といった「"this"の単独使用」(33ページ)は可能な限り避けることも重要だし、単純だが


two year-old horses

two-year-old horses

の違いなどもきちんと使い分けておかねばならない。

理系には文章力は必要ないというのは明らかな間違いである。むしろ理系こそ文章力 ―伝えなければならないことを正確かつ快適に伝える文章力― が必要なのだ。

著者はこうすらも言う。


数年前、私は科学論文の書き方についての学部学生向け講座を頼まれました。私は、理系学生にとっては講座よりもJane Austen全集を読ませた方が有益でしょうと、依頼をお断りしたことがあります。本書の読者に同じことを提案するつもりはありませんが、文学作品の古典をできるだけお勧めします。それほどに努力を要しない読書によって、あなたの作文力と語彙は向上します。 (43ページ)


本書はこのような観点から編まれた本で、科学論文を書く際の具体的指針と助言に充ちている。読みやすいレイアウトの比較的薄い本だから一気に読める。しかも訳・編者の瀬野悍二博士 (国立遺伝学研究所名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授)が、親切な注や補記をつけてくれてるので日本人読者のための情報も詳しく追加されている。

理系はもとより、文系でも英語論文を投稿するなら、この易しく具体的な本書は有益なレファレンスとなるだろう。



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