2011年4月16日土曜日

橋本麻里(2011)『日本の国宝100』幻冬舎新書

昨夜のドナルド・キーン名誉教授(コロンビア大学)の日本永住を決意のニュースには深く心を動かされました。キーン氏は「東日本大震災があった今こそ、愛する日本への信念を表したい」と述べ、日本国籍を取得したうえで日本に永住する決意をしたそうです。

「外資系の会社が社員を日本から呼び戻したり、野球の外国人選手が辞めたり、『危ない』と言われたりしているが、そういうときにこそ、私の日本に対する信念を見せる意味がある」、「私は、『日本』という女性と結婚した。今回の震災では日本の誰もが犠牲者だと思うが、日本人は、大変優秀な国民だ。今は大きな打撃を受けているが、未来は、以前よりも立派になると信じている」というのもキーン氏の言葉だそうです。

日本国籍を有する人間の一人として、キーン氏のこの決意のためにも、キーン氏が愛する古の日本のためにも、私たちは日本を再生しなければならないと思いました。キーン氏という学者をしてこれまでの決意をさせるほどに古の日本は魅力的なものでした。





橋本麻里さんの、赤字に白抜きで大きく"H"と書かれた印象的なtwitter(@hashimoto_tokyo)マークは、以前から私のところにもRTでよく回ってきましたが、今回の震災で橋本さんのtweetの質の高さを強く感じたので、私もfollowさせていただきました。以来、私の貴重な情報源の一つになっています。信頼できる「目利き」を一人でも持つことの重要さは言うまでもないでしょう。

その橋本さんの本業は日本美術に関するものですが(ブログ「東雲堂日乗」はhttp://shinonome-do.cocolog-nifty.com/blog/)、彼女の著書『日本の国宝100』彼女自身の表現を借りるなら、「空前絶後の間の悪さで絶賛発売ちう」となりました。私はもともと日本美術のことはもう少し勉強したいと思っていましたので、橋本さんのtweetに感謝する意味も込めてこの本を買いました。

読んで面白かった。この緊張するた一ヶ月あまりの中で、わずかでも「今・ここ」の危機から心を解放する時間は大切になりましたが、この本の読書はそんな貴重な時間を与えてくれました(また、今この文章を書いているのは久しぶりに睡眠をしっかりとった休日の朝です。やらなければならない仕事は山ほどあるのですが、私はこのように「不要不急」あるいは「無用」の文章を書くことで、精神の均衡を得ようとしています ― 義理を欠いている方々申し訳ございません!)。

一読してすぐに気づくのが、橋本さんの文体の巧みさ。これは彼女のtweetでもわかることですが、現代語・俗語を巧みに取り入れながら、文章に軽妙な勢いをつけて、論考を軽々と進めてゆきます。

例えば福岡市博物館にある金印についての解説では橋本さんは次のような表現を使います。


こうして狩猟・採集生活が基本のピースフルな「縄文式ユル共同体」は、水田稲作によって生きるも死ぬも一蓮托生、中央集権的な「弥生式ガチ共同体」へと変わっていった。「国家」への歩みは水田稲作から始まったのだ。(24ページ)


上記の記述からも示されているように、この本では日本史の流れを重視しながら国宝を紹介しています(紹介は、ジャンル別ではなく、時代順です)。ですから次のような総括もしばしば見られ、日本史のいい勉強・再確認になります。


日本列島には大きく分けて3回、国際化の大波が押し寄せている。最初は陸海のシルクロードを通じてペルシア、ローマ、インドにいたるユーラシア諸国と交流があった飛鳥~奈良時代、2回目は大航海のヨーロッパと交易を行い、宣教師たちによってキリスト教がもたらされた安土桃山時代、そして現代、である。(30ページ)


このような日本史総括記述には、もちろんのこと文化史や国際交流的視点も含まれています。


「漢流ブーム」は平安時代中期まで続き、男性社会の公用語である漢字に対して、ひらがなは女性が使うサブカルチャーの地位に甘んじていた。それが907年、東アジアの超大国だった唐王朝の滅亡と軌を一にして、契丹文字西夏文字女真文字などが作られ始める。唐=漢字の影響下から離れ、ナショナルな文化を立ち上げようという動きが東アジア全域に広がっていくまさにその時、日本では天皇の勅命によって、かな文字で編まれた初めての歌集『古今和歌集』が出現する。(76ページ)


もちろん日本美術の鑑賞についても橋本さんは見解を述べています(ついでながら次の見解は私も日本民藝館を訪れた時に感じました)。


日本美術を「美術館」で「鑑賞する」ものだと思ったら、大間違いである。それはたいていの場合、寺だの城だのに「置いてある」「室内調度品」だからだ。障壁画も、屏風も、文具も一切合切、建物や部屋の用途、そこで過ごす人間の地位や立場や信仰や趣味と一体になって成立している環境の中で体験するのが、もっとも適切な鑑賞法のはずだ。(172ページ)


このように魅力的な同書ですが、惜しむらくは図版・写真が少ないこと。しかしそれを廉価な新書で求めるのは酷というもの、というよりネットがこれだけ発達しているのですから、私たちは興味をもった美術品に対してネットサーチをかけ、その画像イメージを得てその所在地を知り、時間がある時にそこに訪れるべきでしょう。

震災やら原発問題で、疲労困憊した今こそ、わずかな時間に本書のような本を読むことこそが、冒頭に紹介したキーン氏の厚情に応えることになり、長期的には日本再生の大きな力になると思います。

日本はこれまでもひどい天災や飢饉に苦しんできました。その中で数々の美術作品を作り上げ、その一部を私たちは「国宝」として定めています。私たちはこれらの古の美術作品に接することにより、今回の地震津波という天災を乗り越える力を得ることができるでしょう。そしてこの古の美術作品に触発され、新しい芸術的表現を創り続けることにより、原子力災害という新しい人災に立ち向かう力を深いところで得ることができると思います。

一読をお薦めします。


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