2019年2月4日月曜日

野口裕二 (2018) 『ナラティブと共同性 自助グループ・当事者研究・オープンダイアローグ』




この本はナラティブ・アプローチに関しての全体像を得るのに非常に役に立ちました。本書は四部から構成されています。特に、一般向けに書かれた第一章、現職教員向けに書かれた第二章、文学研究者向けに書かれた第三章から構成される第一部は、およそことばに興味を持つ人にとって非常に含蓄のあるものになっていると言えましょう。

個人的に今回私は、オープンダイアローグについて書かれた第三部を面白く読みました。以下の■は、その中でも特に勉強になったところを私なりに表にしてまとめた「お勉強ノート」です。日本では(臨床)社会学者などにより研究が進んでいるナラティブ・アプローチですが、正直、私はこの分野について不勉強です。そんな私がまとめたものですから、誤解などがまぎれていることを怖れます。ご興味をもった方は必ず原著をご参照ください。なお▲は私の蛇足です。



■ ナラティブ・アプローチの三つの代表的方法の特徴

第七章 (pp. 109-122)
「ナラティブとオープンダイアローグ --
アディクションへの示唆」より


代表的著作
特徴


Narrative Therapy
White, M. & Epston, D. (1990). Narrative Means to Therapeutic Ends, New York, W. W. Norton. (小森康永(訳) (1992) 『物語としての家族』 金剛出版)

・「外在化」
・「問題が問題なのであって、人が問題なのではない」


Collaborative Approach
Anderson, H. & Goolishian, H. A. (1988). Human System as Linguistic Systems: Preliminary and Evolving Ideas about the Implications for Clinical Theory. Family Process 27 (4), 371-393. (野村直樹(訳) (2013) 『協働するナラティブ』 遠見書房)

・「治療的会話」
・「無知の姿勢」


Reflecting Team
Andersen, T. (1991). The Reflecting Team: Dialogues and Dialogues about Dialogues. New York, W. W. Norton.(鈴木浩二(監訳) (2001) 『リフレクティング・プロセス』 金剛出版)

・「リフレクティング・プロセス」
・対話の外部からの視点を参照しながら対話を深める。


■ オープンダイアローグとナラティブアプローチの三つの違い

第八章 (pp. 123-133)
「ソーシャルネットワークの復権」より

(1) ソーシャルネットワークの再生を直接目指す (Seikkula & Olson, 2003)
▲ オープンダイアローグの詩学 (THE POETICS OF OPEN DIALOGUE)について

(2) これまで語られたことのない経験にことばを与えることの重視 (ditto)

(3) 情動の重視 (Seikkula & Timble, 2005)
▲ オープンダイアローグにおける情動共鳴 (emotional attunement)
▲ オープンダイアローグにおける「愛」 (love) の概念


■ 家族療法・ナラティブアプローチ・オープンダイアローグの比較

第八章 (pp. 123-133)
「ソーシャルネットワークの復権」より


発見
問題認識

家族療法

・「悪循環するシステム」としての家族
・問題は個人というより家族システムで発生

ナラティブアプローチ
・「言説に支配されるシステム」としてのヒューマンシステム

・問題は家族システムというより言説システムで発生
・「外在化」などで問題を解決せずに解消させることが可能

オープンダイアローグ
・「独話に支配され対話のないシステム」
・問題の発生場所を特定することより、問題をめぐって対話を行うネットワークを作り上げる方が大切


▲ オープンダイアローグと当事者研究、そして関係性文化理論

上の二つの第八章のまとめから考える限り、オープンダイアローグと当事者研究には大きな違いはないように私には思えます。

そうなりますと野口先生がオープンダイアローグについて述べられている「個人の変化ではなく、個人が取り結ぶ関係の変化」、「個人の能力や資質ではなく、個人が生きる場や関係を豊かにすること」、「ひとりでも頑張れる能力ではなく、みんなで生きていく関係を作ること」 (p. 133) を目指すことは、当事者研究についても当てはまることかと思います。

これらの関係性の重視に関しては、共同研究者の中川篤さんが関係性文化理論 (Relational Cultural Theory) に注目して、その視点から当事者研究などのコミュニケーションのあり方について解明を加えようとしています。その研究の途中経過は以下で口頭発表します。


中川篤・柳瀬陽介・樫葉みつ子

弱さを力に変えるコミュニケーション:
関係性レジリエンスの観点から検討する当事者研究

言語文化教育研究学会第5回年次大会
201939日(土) 13:15-13:45
早稲田大学早稲田キャンパス3号館709教室
大会情報
プログラム



しかし、もちろんオープンダイアローグと当事者研究がまったく同じというわけではありません。オープンダイアローグが治療方針などを決める話し合いを専門家だけの場から専門家だけでなく患者や関係者も含めた共同体の場に移したという意味で「開かれた対話」をしたのに対して、当事者研究は話し合いを当事者研究の共同体を超えて広く社会に公開するというより積極的な意味で「開かれた対話」をしているという点で大きく異なります(第15回当事者研究全国交流集会名古屋大会での熊谷晋一郎先生の発言)。

15回当事者研究全国交流集会名古屋大会に参加して

この意味では、当事者研究の方が、より社会性の高い方法と言えるかもしれません。もちろん、これは当事者研究の方がオープンダイアローグよりも優れているなどといったことを含意するものではありません。情報公開の輪をどこまで広げるかは、当事者の置かれた状況などから判断すべきことは言うまでもありません。

 ナラティブ(あるいは物語)というのは、人文系の中核にある概念だと思います。人文系でしかありえない私としてはこの概念について以下のようにいろいろと考え続けていました。幸い、もうすぐブルーナーの物語論を基にした論文を公開することができ、それは私にとっての一つの到達点となりますが、もちろんそれはまだまだ物語論の表面をひっかいたぐらいのものです。これからもこの概念について勉強を続けなければと思います。


 



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