2010年8月14日土曜日

ジェレミー・マンディ著、鳥飼久美子監訳(2009)『翻訳学入門』みすず書房

翻訳についての研究(translation studies)の幅広さを知るためには格好の本かと思います。私自身、自分の無知がよくわかりました。反省。

恣意的にこの本をまとめますなら、第二章では20世紀以前の翻訳論(「逐語訳」(word-for-word)か「意味対応訳(sense-for-sense)かの二項対立、あるいは「直訳」(literal)、「自由訳」(free)、「忠実な訳」(faithful)の三つ巴)(28ページ)などが取り上げられます。

第三章では20世紀翻訳論の代表として主にナイダ(Nida)の「形式的等価」(formal equivalence)と「動的等価」(dynamic equivalence)などの考えが取り上げられます。この新しい対立により、従来の「逐語訳/直訳」対「意味対応訳/自由訳」の対立からは見えにくかった、「翻訳作品の読者への効果」あるいは翻訳作品の担う「機能」という観点が現れてきます。従来「意味対応訳/自由訳」と捉えられてきて翻訳が、読者への効果・機能をうまく再現する翻訳として捉えられ始めます。


(1)形式的等価:形式的等価は形式と内容両面においてメッセージ自体に注意を集中する[・・・]。受容言語におけるメッセージができるだけぴったりと起点言語の様々な要素に一致するよう注意する。(Nida 1964a: 159) (65ページ)
(1) Formal equivalence: Formal equivalence focuses attention on the message itself, in both form and content... One is concerned that the message in the receptor language should match as closely as possible the different elements in the source language. (Nida 1964a: 159) (Locations 1,462-1,562 in Amazon Kindle version)

(2) 動的等価:動的等価あるいは機能的等価は無いだのいわゆる「等価効果の原理」に基づくものである。ここでは「翻訳の受容者とメッセージの関係が原文の受容者とメッセージの間に存在した関係と実質的に同一でなければならない」(Nida 1964a: 159)。メッセージは受容者の言語的ニーズと文化的期待に合わせなければならない。そのようにして「表現の完全な自然さを狙う」のである。(65-66ページ)
(2) Dynamic equivalence: Dynamic, or functional, equivalence is based on what Nida calls 'the principle of equivalent effect', where 'the relationship between receptor and message should be substantially the same as that which existed between the original receptors and the message' (Nida 1964a: 159). The message has to be tailored to the receptor's linguistic needs and cultural expectation and 'aims at complete naturalness of expression'. (Locations 1,545-1,562 in Amazon Kindle version)


ちなみに、ニューマーク(Newmark)はこのナイダの用語を不服とし、「意味重視の翻訳」(semantic translation)と「コミュニケーション重視の翻訳」(communicative translation)という用語を提唱します(68-69ページ)が、私は正直これらの用語は同じようにしか思えませんでした。

第五章では、翻訳を機能の観点からとらえる翻訳論の発展として、単語や文ではなくテクストをコミュニケーションが達成されるレベルとしたライス(Reiss)(111ページ)、翻訳を「翻訳行為」(translational action)と考えるホルツ=メンテリ(Holz-Maenttaeri [ごめんなさい本当はウムラウト表記です])(119ページ)、翻訳をあくまでもその目的(ギリシャ語で「スコポス」(skopos))から考えるべきだとしたフェルメール(Vermeer)のスコポス理論(skoposo theory)(122ページ)などが取り上げられます。

第七章では、(文芸)翻訳作品を文学システムの中で捉え、文学システムを「他の秩序と絶えざる相互関係にある文学的秩序の諸機能からなるシステム」(a system of functions of the literary order which are in continual interrelationship with other orders)(Tynjanov 1927/71:72)とするイーヴン=ゾウハー(Even-Zohar)の多元システム理論(polysystem theory)などが取り上げられます(167ページ)。

さらに第八章ではカルチュラル・スタディーズやポストコロニアル翻訳理論などに触発された翻訳論の「文化的・イデオロギー的転回」(cultural and ideological turns)、第九章では翻訳者の役割についての倫理的および社会学的考察、第十章ではスタイナー、ベンヤミン、デリダなどの哲学的翻訳論が概説されます。

第十一章では新メディアからの新たな方向性がまとめられていますが、残念ながら昨今の急速な機械翻訳などについては触れられていません(原著の発刊は2008年)。

翻訳論の広がりを理解するには格好の一冊かとも思います。



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