2009年6月3日水曜日

やまだようこ編 『質的心理学の方法』 新曜社

質的研究法について最初に入手すべき概説的入門書としては最良のものの一つではないでしょうか。といいますのも、第一部で理論的背景を解説し、第二部での各種方法論を説明し、第三部で質的研究法の学び方を示しているからです。この本を通読することにより質的研究法について幅広く、そして奥行き深く学べるのではないかと思います。

目次は次のようになっています。


第1部 質的心理学の研究デザイン
1 質的心理学とは
2 研究デザインと倫理
3 論文の書き方

第2部 質的心理学の研究法
4 ナラティブ研究
5 参与観察とインタビュー
6 会話分析
7 半構造化インタビュー
8 グループインタビュー
9 ライフヒストリー・インタビュー
10 ライフレビュー
11 テクスト分析
12 アクションリサーチ

第3部 質的心理学の教育法
13 質的心理学の教え方と学び方
14 ナラティブ研究の基礎実習
15 フィールドワークの論文指導
16 協働の学びを活かした語りデータの分析合宿
17 教育における協働の学び
18 ゲーミングによる協働知の生成
19 ワークショップによる対話教育


第一部第一章ではやまだようこ先生が次のように端的に質的研究を総括します。


仮説演繹法をとる実験的研究では、「イエス・ノー」や「因果関係」で明快に答えられる問いを提示するほうが良い研究ができる。たとえば「人がA行動をしたのはBが原因か?」という問い方をする。そして、答えが明確に出る実験状況を設定して操作する。
それに対して質的研究では、自由記述のように開かれた問い (オープン・クエスチョン) を発する。「人はAの文脈でどのように出来事を意味づけるか?」など、現場 (フィールド) で複雑な相互作用によって生起する「出来事」「文脈」に関心を抱いて、問いを発するのである。 (4ページ)


質的研究では、研究者自身も場のなかに組み込まれているので、研究者がどのような位置に立ち、どのようなバイアスをもって出来事を認識しているのか、自分自身のものの見方や方法論をたえず省察 (リフレクション) する必要に迫られる。 (5ページ)


また第二章では、サトウタツヤ先生が、質的研究では、量的研究の確率的標本抽出法のように、抽出する標本に母集団からの代表性を確率的にもたせようとするのではく、非確率的標本抽出法によって「研究対象となる事象について豊かな情報を与えてくれるような個体を選ぶ」 (26ページ) ことを述べ、質的研究と量的研究の根本的な発想の違いを明確にします。

しかしながらやまだ先生は、同時に最近の質的研究には、「過剰な「私語り」、私小説的な「身辺語り」や「告白」が氾濫している」 (12ページ) ことに警鐘を鳴らしています。

独自の個人としての「わたし」と信じられていたものが、いかに深く「他者」や「文化・社会」とむすびついているかを発見したことが、ナラティブを中心とした質的心理学の世界観と方法論の変革だからである。
(中略)
質的研究では、「一人称のわたしの視点を重視する」「二人称的に当事者の視点を聞く」「研究者が一人称のわたしの視点で論文を書く」ことが試みられる。しかし、それには、自他の関係性についての鋭い方法論的なスタンスと、省察性 (reflexivity) を必要とする。個人の主観や意思によって、どのようにでも世界の「現実」が構成されるかのように考えるとしたら、それは過去の主観主義や内省報告に基づく古典的な心理学研究への無自覚的な回帰になってしまうだろう。 (13ページ)



第二部の「質的心理学の研究法」はおそらくこれから質的研究を始めようとする人が最も熱心に読む箇所でしょうが、そういった具体的な手続きを学ぶ中でも次のような認識 (やまだようこ 「ナラティブ研究」) を理解しておくことは必要でしょう。


ナラティヴ研究では、広義の言語で語られたものを研究対象とするが、その語りが、「客観的現実」や「個人の内的世界」をどれだけ正しく反映しているかという問い方をしない。語りを、事実 (fact) の母集団の一部としてのデータやサンプルとしてみなし、どこまでが虚でどこからが実かを明確にしようとする見方は、ナラティヴ的な見方とはいえない。たとえ嘘が語られたとしても、その語りには、語りの形式 (フォルム) とルールがあると考える。人はいかようにも自由に嘘を語れるわけでなく、フィクションによって「真実」が語られる場合もある。また個人的な経験を語っているようでも、社会文化的な物語を引用して、自分流のヴァージョンをつくっているとも考えられる。 (64ページ)


その他にも「アクションリサーチ」の論考にも深い認識があることは、このブログの以前の記事でもお知らせした通りです。

わかりやすく、広く、深い入門書といえるのではないでしょうか。





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