2009年6月17日水曜日

倉島保美 『理系のための英語ライティング上達法』 (2000年、講談社ブルーバックス)

[この記事は『英語教育ニュース』に掲載したものです。『英語教育ニュース』編集部との合意のもとに、私のこのブログでもこの記事は公開します。]

工学部卒で、エンジニアとしてのキャリアを経て、今では数々の大学や企業で英語および日本語のライティングや論理的思考法、ディベートなどを教える著者は、「はじめに」で次のように明言します。


日本人の多くは、英語は懸命に勉強するのに、コミュニケーション技術はまったく勉強しません。その結果、文法上の誤りのために意味の通じない文を書く人はほとんどいませんが、構成上の問題で伝えるべきことを伝えられない人はたくさんいます。また、礼儀に欠ける文章を書く人もたくさんいます。 (3ページ)


本冒頭のこの明言は、私の心を捉えました。たしかにその通り。学生の卒論英語執筆の指導でも私は、学生の文章構成 (パラグラフ間とパラグラフ内) や全体を通しての文体感覚の統一を十分に指導できずに困っています (もちろん自分自身のライティングを上達させることの方が先ですが、ここではそれは棚に上げて話をしております)。そのような私にとって、この本はまさに「ビンゴ!」であり、以来、学生には折に触れてこの本を薦めています。


第1章で著者は「英語学習常識のウソ」を明らかにします。

第1のウソは「ネイティブの指導こそが効果的」というものです。ネイティブ・スピーカーによる文章添削は、多くの場合、細部の文法だけを修正するものであり、文章構成全体に関する効果的なコミュニケーションに関する指導がほとんどないからというのが著者の主張です。

第2のウソは「ライティング=和文英訳」というもの。著者によればライティング (英文作成) は次の5段階から構成されます。


1. 読み手を特定する
2. 伝達すべき情報を特定し、整理する
3. その情報を最も効果的に伝達するための文章構成を考える
4. その構成について日本語の文章を考える
5. その日本語を英文に直す

いわゆる「和文英訳」は5番目のステップに過ぎず、最初の4つの段階について訓練を重ねていなければ、わかりやすい文章は書けないというわけです(注)。

英語教育界には近年でしたら大井恭子・田畑光義・松井孝志『パラグラフ・ライティング指導入門―中高での効果的なライティング指導のために 』(2008年、大修館書店)といった好著があり、一部ではしっかりとしたライティング指導がなされていますが、大半の指導は、上記でいう5だけであり、特に1、2、3に関する指導はほとんどないのではないでしょうか。

実際、和文英訳の問題集の中には、読み手の特定 (および読み手の特定から決定される文体の選択) がまったく定められないままに、とにかく単文の問題が、構文ごとに並べられているものがまだ見られますが、そういった問題集では、構文は定着するとしても、わかりやすい文章を書く訓練にはならないでしょう。文体感覚の育成に関しては有害無益とすら言えるでしょう。(実際私が高校時代に丸暗記した有名な構文集などは文体の混乱に関してはひどいものでしたが、そのことに気づいたのはずいぶん後でした)。

このような単文を集めた例文集を暗記さえしておけばよいという信念は、筆者の言う第3のウソにつながってゆきます。筆者は例文集が手元にあれば、英文作成はすぐにできるというのはウソだと考えます。例文の状況と、今自分が行なおうとしているライティング状況に関する判断ができないと、例文のとんでもない使い方をしてしまうことがあるからです。


かくして筆者は第2部 「英語がすらすら書けるコツ」 でコミュニケーションのためのライティングの原則を解説します。そのエッセンスは65ページの章扉に要約されています。



●文章の展開法を知る
・パラグラフ単位で考えれば論理的にすらすら書ける
・何を述べるかから始めれば伝わりやすい
・パラレリズムを使えば書く負担がずっと減る

●文をなめらかにつなぐ
・既知から未知へと流せば文がつながる
・接続語句を使えば読み手の負担が減る
・主従を明確にすれば言いたいことが強調できる

●好感を与えるよう表現する
・丁寧度を知ればあらゆる状況に対応できる
・ちょっとした工夫で穏やかな口調になる
・表現を工夫すれば印象が変わる


この第2部の説明も、他の部分と同様、きわめて明確で具体的です (考えてみればこれはライティング上達に関する本なのですから、著者のライティングが素晴らしいのは当たり前なのかもしれません。しかし、私はこの本のわかりやすさには非常に好印象を得ました)。


第3部では各種状況でのライティングの具体例が解説されます。付録Aには「英文の質を上げる10のTIPS」、Bでは「E-MAILでの10の注意点」、C「英文作成を助けてくれる電子ツール」があります。随所に入れられているコラムも著者の経験に基づく具体的なものでなるほどと思わされるものです。


タイトルには「理系のための・・・」とありますが、それほど理系の専門的なトピックを扱っているわけではなく、むしろ論理的な文章展開に慣れていない文系やビジネス (事務職や営業職)系 の方が読んだ方が益するところが多いと言えるかもしれません。もしあなたがこの本を本棚で見かけても「私は文系だから・・・」と敬遠していたのなら、ぜひぜひ次回はこの本を手に取ってみて下さい。というより、英語教育関係者はもっともっと理系の英語使用を学び、「文系 vs 理系」という不毛な対立図式を過去のものにしませんか? 現代社会は文系の発想だけでも、理系の発想だけでも十全に語れないのですから。



(注) ライティング (英文作成) の第4段階の「英文を書く前に一度日本語の文章を書く」ということに関しては「日本語を経ずに直接英文を書く」方がいいとお思いの方もいらっしゃるかと思います。たしかに最初に日本語を書いてしまうと、英文がその日本語につられてしまうという悪影響が出かねません。しかし、いきなり英文を書かせると思考が不如意な英語に拘束されてしまい、内容が稚拙になってしまうという弊害もありえます。

このあたりはライティングの状況・目的・関係者を具体的に検討して、ケース・バイ・ケースで適切な方法を選ぶべきではないでしょうか。日本の英語教育界には状況を具体的に検討することなく、「方法Aと方法Bは、どちらが優れた方法か」などといった議論に血道を上げる方も時にいらっしゃいますが、もういい加減そういった不毛な議論は止めませんか。「メスと斧はどちらが刃物として優れているか」という議論は、刃物が使われている状況を考えずになされるとしたら、愚かと言わざるをえないと思います。



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