2009年6月20日土曜日

中・高等教育無償化への日本政府の怠慢


上の記事(前の記事)で、日本の奨学金制度の不備を示唆する数字を引用しましたが、そもそも高校・大学(後期中等教育・高等教育)の無償化に対する国の努力は「国際人権規約」にて定められています(「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約)第13条)。


第十三条

1 この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は、教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。更に、締約国は、教育が、すべての者に対し、自由な社会に効果的に参加すること、諸国民の間及び人種的、種族的又は宗教的集団の間の理解、寛容及び友好を促進すること並びに平和の維持のための国際連合の活動を助長することを可能にすべきことに同意する。


2 この規約の締約国は、1の権利の完全な実現を達成するため、次のことを認める。

(a) 初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとすること。

(b) 種々の形態の中等教育(技術的及び職業的中等教育を含む。)は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものとすること。

(c) 高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。

(d) 基礎教育は、初等教育を受けなかった者又はその全課程を修了しなかった者のため、できる限り奨励され又は強化されること。

(e) すべての段階にわたる学校制度の発展を積極的に追求し、適当な奨学金制度を設立し及び教育職員の物質的条件を不断に改善すること。



日本は1979年にこの国際人権規約に批准していますが(http://www.mofa.go.jp/Mofaj/Gaiko/kiyaku/2b_001_1.html)、中・高等教育の無償化に関しては留保しています。外務省の説明は以下の通りです。

後期中等教育及び高等教育について私立学校の占める割合の大きい我が国においては、負担衡平の観点から、公立学校進学者についても相当程度の負担を求めることとしている。私学を含めた無償教育の導入は、私学制度の根本原則にも関わる問題であり、我が国としては、第13条2(b)及び(c)にある「特に、無償教育の漸進的な導入により」との規定に拘束されない旨留保したところである。

 しかしながら、教育を受ける機会の確保を図るため、経済的な理由により修学困難の者に対しては、日本育英会及び地方公共団体において奨学金の支給事業が行われるとともに、授業料減免措置が講じられているところである。

 なお、1995年の我が国における国と地方の歳出合計のうちの16.55パーセントが教育に費やされている。


中・高等教育の無償化へ向けて努力することを留保する外務省の論点は、(1)私学があること、(2)奨学金事業および授業料減免措置があること、(3)歳出合計の16.55%が教育費であることとまとめられるかと思います。

私なりに反論を試みますと、(1)に関しては税金に基づく教育バウチャーの導入などの制度改革で済む問題ですから、中・高等教育の無償化への努力に反対する原理的な理由ではありません。(2)の制度が不備なのは前の記事でも示したとおりです。(3)はその数字が何を意味しているかわかりませんので反論になっていません。むしろGDP支出との割合でいえば日本の教育予算は他国と比べて著しく低い(OECD調査では最下位)ことは周知の通りです。

したがいまして、私としては中・高等教育の無償化への努力を日本国政府は、国際人権規約に反して意図的に怠っていると判断せざるを得ません(注)。




グローバル資本主義社会・高度知識社会において質の高い教育を得ることは非常に重要な権利です。ですがその権利が日本では今次々にないがしろにされています。



「弱者」の権利の話をしても既得権益層にはなかなか通じないので(これは知性の欠如でしょうかそれとも品性の欠如でしょうか)、功利的な議論をします。

日本国全体をみた場合、一部の社会階層しか高等教育が受けられないようになることは、人材活用という点で国力を削ぎます。

そもそも、日本の国力は良質な中間階級にあると考えられてきました。「庶民」の教養や民度が高いので、日本の生産現場でもサービス産業でも良質な仕事が可能になり、また国全体の治安も保たれてきたと信じられています(私はこの信念を覆す強力な根拠や証拠を知りません)。

しかし現在起こっていることは基本的にはアメリカと同じで、トップ階層(いわゆる「勝ち組」)の庇護と中間階級の切り捨てです。中間階級が、経済の面でも健康の面でも知性の面でもますます不利な条件に追い込まれています。

この傾向がこれ以上続けば、もはや日本の生産現場やサービス現場の質は著しく低くなり日本の国力は損なわれるでしょう。また治安も悪くなり安寧な暮らしは消滅します。「観光立国」という政策も危うくなるでしょう。


まとめるなら、現在の日本国政府の教育への怠慢は、日本国民の個人の暮らしと国全体の力を損なう亡国の途です。私は日本国民の一人として、このような教育軽視に憤ります。

教育に関心をもつすべての皆さん、それぞれのやり方で声を上げてください。




追記: 「国際人権規約」の英語原文は以下のサイトで読むことができます。



「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約)第13条の英語原文は以下の通りです。

1. The States Parties to the present Covenant recognize the right of everyone to education. They agree that education shall be directed to the full development of the human personality and the sense of its dignity, and shall strengthen the respect for human rights and fundamental freedoms. They further agree that education shall enable all persons to participate effectively in a free society, promote understanding, tolerance and friendship among all nations and all racial, ethnic or religious groups, and further the activities of the United Nations for the maintenance of peace.


2. The States Parties to the present Covenant recognize that, with a view to achieving the full realization of this right:

(a) Primary education shall be compulsory and available free to all;

(b) Secondary education in its different forms, including technical and vocational secondary education, shall be made generally available and accessible to all by every appropriate means, and in particular by the progressive introduction of free education;

(c) Higher education shall be made equally accessible to all, on the basis of capacity, by every appropriate means, and in particular by the progressive introduction of free education;

(d) Fundamental education shall be encouraged or intensified as far as possible for those persons who have not received or completed the whole period of their primary education;

(e) The development of a system of schools at all levels shall be actively pursued, an adequate fellowship system shall be established, and the material conditions of teaching staff shall be continuously improved.




(注)
岩田康晴氏によりますと、「高校や大学の漸進的無償化をうたう国際人権規約A13条を留保する国は日本とマダガスカルだけ」だそうです。





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