2010年9月20日月曜日

「翻訳通信」100号記念関西 セミナーに参加して

「翻訳通信」の100号記念関西 セミナー(9月18日(土)西宮市大学交流センター)に参加しました。期待以上に高い内容で大変に勉強になりました。

山岡洋一先生のお話は、これまた翻訳家の岩坂彰先生(注)がインタビュー記事にまとめられている内容((上) (下)もまじえたものでしたが、広い視野に基づいた高い見識のお話を、妙に高尚ぶることなく、ひたすら具体的な現実に基づきながら語る様子が非常に印象的でした。

私もお話を伺っていろいろと考えさせられたのですが、そのことをまだ私はうまくまとめられませんので、ここでは山岡先生のお話の一つだけ書いておきます。出版についてです。

山岡先生は ―個人的にお話させていただくと「私は『先生』なんかじゃありませんよ」と苦笑されておりましたが、ここでは私からの敬意を示すためこの敬称を使います― 、本というのは、考えたこともないこと、経験したこともないことを伝える媒体であるべきだといった趣旨のことをおっしゃっていました。現状の出版市場はどんどん新刊出版点数は増えているが、市場全体の売上は落ちている状況だといいます。そういった状況で多くの出版社は、「読みやすくわかりやすい」本の出版を目指そうとしていますが、山岡先生は「読者は本物を求めている。もっと本格的な本を出版するべき」と訴えます。

私もこれには賛成です。これだけウェブで大量の文章が無料で読めるようになると、わざわざお金を出して本棚のスペースを占める書籍を買うにはそれなりの理由が必要です。

私自身にしても、情報はできるだけ電子で貯蔵するようにしています。電子書籍に関しては、機器としてのiPadやKindleはまだ買っていませんが ―私はChrome OSの機器の発売を待っています!― 通常のパソコンで使えるKindle for PCは使っています。本棚のことを考えると本はできるだけ電子で買いたいと思ってもいます。

しかし一部の本は、Kindle for PC(電子書籍)と紙媒体の選択肢が与えられても紙媒体で購入します。紙媒体の方が少々高くても、また本の置き場に困ってもです。

紙媒体で買う本は、内容が充実しており何度も読み直し、何度も参照する本です。現在のKindle機器は読みやすさではずいぶん優れていると聞きますが、まだまだ紙媒体の読みやすさにはかなわないのではないでしょうか。さらに私は本にどんどん線を引く読者ですが、線を引いた箇所を一気にパラパラと通覧するのは本の方が圧倒的に早いです。つまり自分の思考の糧になってくれるような優れた内容については、電子媒体よりも紙媒体の書籍を私は選んでいます。

それでは優れた内容の本をどう選ぶか。私はしばしばそれを翻訳に求めています。翻訳される本というのは、古典でしたら時の試練に、近年の英語圏ベストセラーでしたら日本語書籍よりもはるかに大きな市場での過酷な競争の試練に勝ち残ってきた本ですから、内容のハズレが少ないです(もっとも日本語翻訳の質が低ければ困りものですが・・・)

また翻訳書はとにかく速く読めることがありがたい限りです。私は例えば『銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎』が優れた本であることを複数の敬愛する方から聞いたので、せっかくならば原著で読もうと"Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies"を購入しました。読んでみると優れた本の常としてきわめて平明に書いてあるので、楽に読めるのですが、いかんせん私の英語力は限られているので、読みきってしまおうと思っているのになかなか読み進めません。もうこれなら「お金で時間を買おう」と翻訳書を買ってみると、まあもう笑ってしまうぐらいに速く読めました。自分の教養の裾野を広げるためには翻訳書というのは本当にありがたい限りです。

山岡先生は、「『私はこの本を翻訳するために生まれてきた』と思える本を探してきて翻訳しよう」ともおっしゃっていました。この言葉が山岡先生の口から発せられると本当に重みがあります。山岡先生は、「翻訳通信」第一期の頃からの地道な努力で、産業翻訳だけでなく出版翻訳にも取り組めるように自らの発信力を高め、各種の名著を出版翻訳されるようになった翻訳家だからです。さらには、古典中の古典とも言えるアダム・スミスの『国富論』の新訳までもご自身の提案で新訳を出版し、しかもそれが自分自身や出版社の予想を越えた売上をしているわけですから、これは本当に重みのある言葉です。

セミナーおよび懇親会でいろいろな方々とお話させていただきましたが、それらの方々が口々におっしゃっていたのが、山岡先生が常に翻訳業界ひいては日本の翻訳文化・出版文化のことを考え発言し、行動していることの偉大さでした。翻訳家というのは時に舞台裏の仕事、黒子の仕事とすら思われてしまいますが、日本の文化の重要な一翼を担う仕事です。今回はその第一人者の方のお話を聞くことができて大変勉強になりました。翻訳家の方々の発言にはこれからも耳を傾けてゆきたいと思います。





(注)懇親会で楽しくお話をさせていただいたお一人が翻訳家の岩坂彰先生です。岩坂先生の見識の一貫はWEBマガジン翻訳出版:岩坂彰の部屋で読むことができます。また、お話を聞いているうちにわかったことは岩坂先生は、あの伝説的なユングの『赤の書』の翻訳者のお一人であることでした。私も前から気になりながら、高額なので買いそびれていたこの稀代の名著(それとも奇書?)ですが、今回これを機縁に思い切って注文しました(大学生協の店員さん、驚かないでねw)。










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