2009年10月13日火曜日

小野義正『ポイントで学ぶ英語口頭発表の心得』(2003年、丸善)『ポイントで学ぶ国際会議のための英語』(2004年、丸善)

[この記事は『英語教育ニュース』に掲載したものです。『英語教育ニュース』編集部との合意のもとに、私のこのブログでもこの記事は公開します。]


東京大学大学院工学系研究科・工学教育推進機構国際化推進機構特任教授によって書かれたこの2冊は、内容が非常に具体的で有益、説明が簡潔でわかりやすく、書物としては薄く廉価である。表紙は地味だが、非常に有用な本であり、およそ学術的に英語を使用する機関にはレファレンスとして備えておきたい本だ。

『ポイントで学ぶ英語口頭発表の心得』は、欧米での "public speaking"の文化伝統の奥深さを痛感する著者が口頭でのプレゼンテーションの原則とノウハウをわかりやすく説明し整理する。原則とノウハウはもちろん英語のプレゼンテーションを前提としたものだが、これらは日本語でのプレゼンテーションでも通用する。

プレゼンテーションの原理は簡単である。「IntroductionとBodyとSummaryの順で聴衆に3度同じ事を話す。つまりTell them what you will tell them. Tell them. Tell them what you told them.」である (ivページ)。

あるいは「プレゼンテーションは自分が言いたいことを一方的に言うことではない。すべては相手のためであり、相手の身になって話さなければならない」ことを徹底することだ。したがって「 (1) 結論を先に言え。 (2) 技術内容よりも、コンセプトを重視せよ。 (3) ロジックを明確に話せ。 (4) 内容は高く、表現はやさしく」ことを貫けばよい (1ページ)。

そのため口頭発表では、(a) 内容設計 (聴衆分析・目標設定・筋書き作り)、(b) 素材作成 (視覚素材・文章素材)、(c) 呈示技術の訓練 (体の動き・アイコンタクト・スクリーンの使いこなし・口調・ジェスチャー) の準備が重要となる (7ページ)。


学生に上のようなプレゼンテーションの原理を説明すると、馬鹿にするような顔をする者も少なくない。「そんなこと当然だ。言われなくてもわかっている」と彼/彼女らは言う。だが私の経験では、こういった原理をきちんと体現したプレゼンテーションを学生はできない。「わかっている」と口では言っても骨身に染みて理解していない。「当然」のことも、自分の発表内容に気を取られると、おろそかになり、一人勝手な振る舞いしかできない。上のまとめを読んで「それはその通りでしょう」と思った方々も、ぜひ本書を読んでこれらの原則を深く理解していただきたい。そしてレファレンスとして手元に置き、折に触れて参照して自分のプレゼンテーションのチェックリストとして使って欲しい。

さらに英語でプレゼンテーションをするとなると、日本語での習慣が邪魔になることがある。著者は『日本物理学会誌』 に掲載されたA.J. Leggett氏の一節を紹介する。


日本語では、いくつかのことを書きならべるとき、その内容や相互の関係がパラグラフ全体を読んだあとではじめてわかる ― 極端な場合には文章全部を読み終わってはじめてわかる ― ような書き方をすることが許されているらしい。
英語ではこれは許されない。一つ一つの文は、読者がそこまでに読んだことだけによって理解できるように書かなければならないのである。また英語では、一つの文に書いてあることとその次の文に書いてあることの関係が、読めば即座にわかるように書く必要がある。たとえば、論述の主流から外れて脇道に入るときには、脇道に入るところでそのことを明示しなくてはならない。(脇道の話を読み終わってから、その話と主流との関係がわかるのではいけない)。 (18ページ)


こういった思考パターンといった抽象的レベルに加えて、もっと具体的なレベルで英語表現に気をつける必要ももちろんある。著者はこれらのノウハウも、例えば「聞いてすぐわかる英語表現」の10の特徴 (17ページ)、「不必要な単語・句は省く」 (22-25ページ)などで具体的に示す。さらに口頭発表で質問者の英語が言い直してもらってもわからない場合はどうすればよいか (73ページ) などの助言も親切である。

プレゼンテーションについて説明する本書は、この本自体がプレゼンテーションの素晴らしい例となっており、第1章で要点を明確に述べ、第2-10章で具体的内容を語り、第11章の「チェックリスト」でまとめを行なう。大学院生だけでなく大学生にも読ませたい。いや、英語で発表をする機会があるのなら高校生にもぜひ読ませたい。わかりやすくて、いつまでも手元に置いておきたい深さをもった良書だ。






もう1冊の『ポイントで学ぶ国際会議のための英語』は、国際会議 ― 最近は日本国内でも国際会議は頻繁に開催される ― で発表することに関する、会議出席の手続き、英文手紙の書き方、論文投稿の手続き、国際会議後の大学研究室・研究所訪問、Eメールや電話での英語について具体的に指南する。

私の知る限り、こういった英語使用に関しての日本人の評判は概して悪い。書かれた手紙は証拠になり、人を招待する時などには契約書を書くつもりで条件を明示するべき (13ページ) なのに、ビジネスレターの5C原則 (Clear, Complete, Concise, Correct, Courteous) を守らず、後々のトラブルを招く。レターヘッドのないただの白い紙に書かれた手紙は私信とみなされるのが普通 (15ページ) なのに平気でコピー用紙で手紙を書く。大学研究室・研究所訪問は、研究上の有益な情報の "fair exchange"が原則 (57ページ) なのに、空港で買った安物の日本趣味みやげを渡して、30分要領を得ない話をして記念写真を撮って帰る。そして「彼/彼女らは何をしに来たのか。観光旅行のついでにここに来たのか?」 といぶかしがられる。こういった悪評を払拭するためにも本書はきちんと読まれなければならない。

また、ますます国際誌での業績が求められるようになっている昨今、本書が解説している論文投稿の手続きは、研究者にとって貴重な助言である。大学院生や若い研究者には必携の本だと言えるだろう。

私の極めて限られた経験の範囲での臆断に過ぎないが、理系の中でも特に工学関係者の書く本にはわかりやすいものが多い。内容を標準化し、それを誰にでもわかり、誤解されないようにまとめることに慣れているからだろうか。ともあれ、これら2冊は良書として広くお薦めしたい。




⇒『ポイントで学ぶ英語口頭発表の心得』


⇒『ポイントで学ぶ国際会議のための英語』






0 件のコメント: