2011年2月25日金曜日

WebCTシステムを使った大学教員・学生の資質・能力開発

以下は、私が学内出版物のために書いた小文です。WebCTMoodleといったウェブ上に教育環境を創り出すコンテンツマネジメントシステム(CMS)に興味をもちながらもまだ実際にお使いになっていらっしゃらない方のために少しは参考になるかもしれないと思い、ここに掲載します。


WebCTシステムを使った大学教員・学生の資質・能力開発



柳瀬陽介


本項では、「メディアが文化を創成する」という基本認識(参考:メディア論と社会分化論から考える言語コミュニケーションの多元性と複合性)に基づき、広島大学を始めとして世界各地の多くの教育機関で用いられているWebCTシステムが、いかに大学教員および学生の資質と能力を開発したかを、自身の実践を振り返る形でまとめる。


(1) メディアが文化を創成する

メディアとは既定のメッセージを伝達するだけの手段ではなく、メッセージの量だけでなく質も変えるものである。ひいてはメッセージの交換つまりコミュニケーションの量と質を大きく変える。新しいメディアの導入は必然的に文化のあり方を変えるし、逆に言うなら新しい文化が創成されないような新メディア導入は、小手先だけの予算消化にすぎないとすら言えるかもしれない。WebCTシステムは教員としての筆者の教育文化を変えたし、なにより学生の学生文化を変えた。

もちろんWebCTだけが新しいメディア、有効なメディアというわけでもない。WebCTが可能にしている機能のほとんどは、通常のインターネット媒体で可能であり、実際、筆者も自らのブログとオンラインストレージサイトで、学生とのやりとり、ファイル共有を行っていた。特に2010(平成22)年度前期からは、授業で使うパワーポイントスライドを予めブログからダウンロード可能にしておくだけでなく、授業の音声もすべてICレコーダーで録音しその音声ファイルを授業後にダウンロード可能にしていた。これで予習・復習および欠席者へのケアがより十全になった。(注1)

だが同年度後期からのWebCT導入はさらに授業のあり方を変えた。技術上の変化は、

(a)授業ごとに画面されているので管理が楽になる、

(b)学生がお互いの発言を見ることができるようになる、

の2つが主であるが、これらは大きな変化をもたらした。以下、教員の変化と学生の変化を順に述べる。


(2) WebCTが開発する大学教員の資質・能力

資質を生まれついての特性と考えると、その変化はあまり期待できないが、筆者は「地位が人をつくる」という言葉のように、資質も開発できるものだと考える。実際、WebCT導入により、筆者の教師としての姿勢は鍛えられ変わった。
これまでの筆者にとって授業準備とは開始直前までにその次の授業ができるようにしておけばよいものであったが、WebCTにより授業準備とは、

(i)予習教材を必ず授業前夜までに掲載し(さもないと学生がダウンロード教材を授業ノートとして持ってくることができない)、

(ii)学生に書かせたその前の授業の振り返りをまとめておき(さもないと学生は書く動機づけを失いがちになる)、

(iii)欠席者が授業の録音音声だけを聞いても理解できるように自らの語りを整えておくことにする(さもないと欠席者は授業を理解できない)、


ものとなった。これはメディアが引き起こした変化だと考える。同年度の前期と後期で筆者に道徳的変化をもたらすような出来事は何もなかった。しかしWebCTというメディア環境の変化が筆者に教師としての責任感を引き出した。スローガンや通達では教師はなかなか変わらないが、生きた学生が参画しているメディアの存在は、具体物として筆者の教師としての資質向上を促したと考えられる。

能力開発については、WebCTの便利さにより節約できた時間・心労(アップロードの手間やメール管理など)により、筆者がより創造的な仕事(特に授業準備や関連事項の調査)に時間と心的エネルギーを注ぐことができた(注2)。コピーが容易なデジタル媒体ということもあり、今後もより創造的に仕事ができるのではないかと楽観している。


(3) WebCTが開発する学生の資質・能力

学生も資質と能力を向上させた。WebCTにより過去の自分の文章、および過去・現在の友人の文章を閲覧できるということが、学生の学習者意識(資質)を高め、実際に事象をまとめ表現するという能力を向上させたと考えられる。
1年生のA.Y.は後期の終わりにこう述懐する。

先日、以前の自分が書いた振り返りを見てみたのですが、あまりの文章の短さと稚拙さに驚きました。あれが当時の自分の精一杯だったのか、とショックすら覚えました。しかし毎週継続的にやっていくことで今ではどちらの課題に対しても全く苦痛を感じなくなったし、以前より読む力、書く力が付いたのではないかなと感じました。「継続は力なり」を身をもって実感した瞬間でした。


2年生のO.Y.は、WebCTで他人を意識して書くようになったと述べる。

毎週の授業の振り返りと記事等の紹介文を書くというタスクを通して「他人に読んでもらうことを意識して書くこと」ができるようになったと感じる。決して自分の文章がいつも素晴らしいという訳ではないが、時に先生から個人的に印象に残ったというフィードバックを頂けたり、友達から自分の紹介した記事はおもしろかったとか、「たくさん書いて頑張っていたな、自分も頑張るわ!」といった日常的な会話をしたりということも今となっては印象に残っている。また、「他人に読んでもらうために」と意識して書き続けることで、文を書くことに特に抵抗を感じることがなくなったというのも事実であり、他の授業の振り返りカードに対する取り組み方も大きく変わった。


同じく2年生のM.K.は次のように総括する。

この授業を受けて一番よかったと思うことは、この振り返りの欄である。振り返りを書くスペースではあったものの、わたしはここで普段自分が日常で考えていること、問題意識をクラスに発信できたことが嬉しかった。そして、同じように書かれたみんなの考えを受け取ることができたこと、それはこれまで教英で過ごしてきた中でほぼ全くといっていいほどなかった経験であり、ここで終わるものでなく、残りの大学生活にも必ず活きてくるものであると感じる。


このように学生はWebCTという具体的な手立てを通じ、学習者としての自覚を高め、「書く」という文化を体験させ、学習共同体意識を構築していった。こういった文化変容こそがWebCTの成果だと考える。

本項はWebCT導入について述べたが、今後iPadやAndroidといったタブレットが普及するにつれ、授業中のウェブ検索、資料閲覧などがより容易になり、授業文化も変わると思われる。本研究の主題であるケース・メソッド教授法についても、大切なのは何かの導入でなく、その導入により教師と学生の文化がそれぞれに(あるいは共に)どう変容するかであろう。メディアや方法の導入という外に現れやすい現象にばかり眼を向けるのではなく、大学という学習共同体の文化の息遣いの変容をこれからも丁寧に観察してゆきたい。



(注1)オンラインストレージでもWebCTなどでも容易に実現できる、受講者への講義音声録音提供は、最も単純だが、非常に学生にとって有益なサービスといえるかもしれない。以下はWebCTに寄せられた学部1年生の感想である。


もう一つ、先生が授業の音声をweb上で公開していることについてです。このことはとても素晴らしいことだと感じました。先週、インフルエンザで授業に出れなかった時も音声を聞くことによって内容理解ができ、遅れをとらずに済みました。また、授業中よくわからなかった話を何回も繰り返し聞くことができるので便利です。これからも授業をupし続けてほしいです。(I.S.)

私もI君と同意見で、今まで受けた授業のうちweb上で音声を公開してくださるのは、この講義だけなのですが、とても有難かったです。(N.Y.)



(注2)とはいえ、私も最初に自力でWebCTを使いこなそうとした時には、10分程度操作をして今ひとつ簡単に操作ができなかったのですぐに使用を諦めていた。私が操作を学ぶことができたのは、広島大学情報メディア教育研究センター「出前講座」によるものである。センター員の親切な説明を聞いていたら20分程度でWebCTの基本的な使い方を習得することができた。情報メディア教育研究センターの丁寧な仕事には心から感謝したい。










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