2009年12月15日火曜日

John Kirkman著、 畠山雄二・秋田カオリ訳 『完璧!と言われる科学論文の書き方』 (2007年、丸善)

[この記事は『英語教育ニュース』に掲載したものです。『英語教育ニュース』編集部との合意のもとに、私のこのブログでもこの記事は公開します。]

欧米各国・中東・香港などの、大学・大企業・研究所・政府機関などでコミュニケーション学を教えてきたJohn Kirkman氏が書いた"Good Style: Writing for science and technology. 2nd edition" (2005, Routledge)の翻訳書である。基本的に英語を母語とする科学者・技術者のために書かれた指南書だが、英語を第2言語とする私たちのためにも有益な情報を提供としている。もちろん第2言語としての英語使用者にとっての「入門書」「初級本」とはいえないが、別段に母語話者しかわからないようなことは書いていない。英語できちんとした文書を書こうとすれば、英語が母語であれ第2言語であれ、きちんと理解しておくべき文体論が豊富な例文で示された本だ。

英語の文体について書かれた本であるので、引用される例文自体は当然のことながら英語であるが、良い例として引用された例文には日本語翻訳が添えられている。引用以外の地の文はもちろん日本語翻訳であり、翻訳は「訳書であることを忘れてしまうぐらいにこなれた日本語になっている」ことを目指しただけあって読みやすい。私たちは英語の本を読めないわけではないのだが、このような翻訳書は、英語原著を読むより何倍も (あるいは何十倍以上も) 速く読了できるので、時間のない人間には本書のような翻訳書の刊行はありがたい。

本書は25の章から構成され、最初の15章が広義の文体 (style) を論じた章、残り10章が各論となっている。目次 (および内容の一部) は丸善のホームページで確認することができる。
http://pub.maruzen.co.jp/


「文体」といってももちろんこの本では個性や審美を表現するための文体を扱っているわけではない。ここでいう文体とは、「私たちが文をどう読んでいるかという認知的な側面と、どうやったら文を分りやすくすることができるのか」 (54ページ)という観点から文章を整理して書くことである。つまりは書き手が言いたいことを情報の正確性は犠牲にせず「読者が一度に処理できるだけの量」の情報 (5ページ)に減らして、読者にとっての情報「扱いやすさ」 (manageability) (11ページ) という観点から文章を自ら編集することだ。そのためには、 (i) 扱っているテーマ、 (ii) オーディエンス (聴衆)、 (iii) コンテクストの3つの要因を常に考えよと筆者は述べる (3ページ)。

だから文は単純に、長くては駄目というものではない。ぶつ切りのような短い文が羅列されると、話が細切れになり読んでいてイライラするからである (第2章) 。専門用語は必要に応じて使わなければならないが、「かっこいい」ように思えるからという理由だけで語彙選択をしていると思わぬ誤解を招くことがあることも気をつけなくてはならない (第5章)。「遠回し」な文体も何となく重厚な雰囲気を醸し出すと誤解されがちだが、実際は文を不必要に長くわかりにくいものにしているだけのことが多い。特に、抽象名詞にtake place, occur, perform, effect, achieve, accomplish, result, carry out, conduct, observe, find, be seenなどの「一般目的動詞」 (general-purpose verbs) (66ページ、86ページ)を組み合わせている時は要注意だ (第10、12章)。

注意深い読者は、上の「一般目的動詞」の英語がハイフン付の "general-purpose verbs" であることに気づかれたかもしれない。もちろんこれはハイフン無しの "general purpose verbs" でもOKなのだが、時にはハイフンの有無が、文理解の難易あるいは成立の決定的な要因になる。

例えば
"He observed that bacteria carrying dust particles decreased in concentration."
という例文 (107ページ) だが、このthat節の主語はbacteriaだろうか、それともparticlesだろうか。もしbacteriaではなく、particlesだったらどう書けばいいのだろう。 (答えはこのエッセイの末尾)。句読法は退屈な規則ではなく、文意を明確にするための有効な工夫なのである (第14章) 。

日本語を母語とする読者にとって特に興味深いのは、名詞の前に形容詞や形容詞的な働きをする名詞を置く「前位修飾」 (pre-modification) についての章 (第7-8章)。である。周知のように日本語では多くの修飾語を名詞の前に置いてもさほど問題ではないが、英語ではそのような過剰な前位修飾は文理解を妨げる。理解しにくいだけでなく、"is achieved by straightforward key operation"といった比較的簡単な構造でさえ、"straightforwad"なのは"key"なのか"operation"なのかが、背景知識のない読者には理解不能になる ("straightforwad"なのが"operation"なら"is achieved by straightforward operation of the key"と書くべきであろう)。

しかしながら、この本は「こうしなさい、ああしなさい」といった規則集ではない。むしろ著者は原則にすぎない傾向を「規則」として誤解して、さらにその規則を機械的に適用して悪文を作ってしまう例を再三指摘している。著者が勧めているのは、「多様性」と「柔軟性」 (4ページ) であり、「ドグマティック (教条主義的) にならない」(204ページ) ことである。

このような意味での「文体」という点から考えると、英語を書くということはただ「文法的」かどうかというのではない (2ページ) ことがよくわかる。この紹介記事では抽象的なことしか書いていないが、ぜひ本書を実際に手にとって、良い英文・良くない英文の実例を吟味しながら文体についての理解を深めていただければと思う。


本書の後半は具体的なテーマについての各論であるが、第16章ではコンピュータ業界の英語についてよくわかる。日本でもコンピュータ操作中に出てくるメッセージの不可解な言語表現がよく話題になり、しばしばそれは翻訳が悪いからだとされているが、本書を読んでいると、それはそもそもコンピュータ業界の人たちがずいぶん乱雑に英語を書いているからではないかと思えてくる。

第22-24章は、ノン・ネイティブを念頭に英語を書くことについての章である。私たちは自分自身がノン・ネイティブであるが、そんな私たちにとっても、自らの英語表現の到達目標を考える際に有益な章である。筆者は
"Production is to all intents and purposes static, tending if anything to decline."
という文を例にして、ノン・ネイティブ向けの文書ではこのような表現を使うのではなくあっさりと"Production is falling slightly."と書くべきではないかと示唆している。英語力自慢の読者なら小馬鹿にされたように思い憤然とするかもしれないが、私はこのような態度は一つの考えだと思う。少なくとも私たちノン・ネイティブは英語学習の目標設定をする場合、それは人文系のクリエイティブな表現なのかそれとも理工系のテクニカルな表現なのか、しかもそれぞれを理解できることだけを目指すのかそれとも自ら表現できることまで目指すのかを区分けして考えるべきだろう。


自ら英語論文を書く日本人読者にとっては、機能的な英語文体について速読で学べる良書かとも思います。





答え: bacteriaとcarryingの間にハイフンを入れて、He observed that bacteria-carrying dust particles decreased in concentration.とすればthat節内の主語はparticlesであることがすぐにわかる。


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