このブログの主目的は、(1)英語教育について根本的に考え直すこと、(2)英語教育現場の豊かな知恵をできるだけ言語化すること、(3)英語教育に関する良質のコミュニケーションを促進すること、です。柳瀬陽介が個人の資格で運営しています。

2008年12月5日

イマニュエル・ウォーラーステイン著、山下範久訳(2008)『ヨーロッパ的普遍主義』明石書店

「ヨーロッパ的普遍主義」(European universalism)とは明らかに矛盾した用語です。この撞着語法でウォーラーステインが語ろうとしているのは、「権力の普遍主義がつねに、部分的で、歪められた普遍主義であったこと」(14ページ)です。

そのヨーロッパ普遍主義の代表例としてあげられているのが、(1)「野蛮」に対する干渉の権利(the right to intervene against barbarians)、(2)「オリエンタリズム」における本質主義的個別主義(essentialist particularism)、そして(3)科学的普遍主義(scientific universalism)です。

(1)の「野蛮」に対する干渉の権利は例えば16世紀のスペインによるアメリカ大陸の征服時でのラス・カサスとセプルベダの間の議論に見られます。

(2)の「オリエンタリズム」における本質主義的個別主義は、ヨーロッパが、単に「未開」として片付けることができない「高度文明」をもつ地域に出会った時に生み出した言説で、オリエンタルを「他者」として実体化・本質主義化し、それらの「文明」には「近代」に進むことができないなにかがあるとした言説です(「原理主義」とは、この論理を逆用した「転倒されたオリエンタリズム」です(149ページ))。

(3)の科学的普遍主義についてウォーラーステインは次のように言っています。

科学主義は、権力をイデオロギー的に正当化する様式のなかでも、もっとも洗練されたものである。というのも、科学主義は、普遍主義をイデオロギー的に中立なもの--「文化」とは無関係なもの、さらにいえば政治の領域とも無関係なもの--として提示して、科学者が獲得する理論的知識の応用を通じて、人類にもたらしうる善を主たる源泉として、その正当性を引き出しているからである。(151ページ)


しかし、もっとも重要なことは、科学が、道徳的批判の説得力と客観性を低く評価することで、権力を道徳的批判から守る盾となったということである。人文学者は--批判的人文学者は特に--無視しうる存在となった。彼らの分析は科学的ではないからである。これは、近代世界システムの自己正当化過程の最後の仕上げであった。(154ページ)



このように歪められた「ヨーロッパ的普遍主義」に代わるものとして、ウォーラーステインは「普遍主義の多元性」、あるいは「いくつもの普遍的普遍主義のネットワークのようなもの」(163ページ)をあげます。ですがその概念についてはこの本ではこれ以上詳しくは論考されず、またその道筋に対しても彼は必ずしも楽観的な見通しは示していません。


この本を私は少し前に読んでいましたが、今回、Pennycook (2001) Critical Applied Linguistics第三章の授業準備をしている時に、この本を併せて読めば面白いかと思い、ここにまとめました。以下は私が英語ブログに掲載した関連部分です。


*****
Immanuel Wallerstein (2006 ) European Universalism: The Rhetoric of Power (The New Press) may give you a good understanding of "central categories of Western thought (Pennycook 2001, p. 67)". What Wallerstein terms as "European universalism" (a case of oxymoron -- how can 'universalism' be a regional notion?) consists of three types:the right to intervene against barbarians; essentialist particularism and scientific universalism.


The publisher gives a brief synopsis.
http://www.thenewpress.com/index.php?option=com_title&task=view_title&metaproductid=1365

In a short interview, Wallerstein himself summarizes the book as follows:

European universalism is used to justify imperialism, Western expansionism. Obviously, variants exist in sophisticated arguments. The first, the most brutal (as in Iraq today), consists in saying that the others are barbarians, whom we must tame. A second variant, a little more subtle, studied by Edward Said under the name of "Orientalism," claims that the others are different beings, fixed in their differences, to whom we must bring true civilization -- an argument that one finds in Samuel Huntington in particular. Lastly, a third type of argument is that of scientific truth to which one appeals to impose the Western point of view. And, as it so happens, this alleged scientific truth is held by the most powerful countries in the world!
http://www.monthlyreview.org/mrzine/doubre260308.html


There are some reviews, both positive and negative, of this book on the web.
http://www.complete-review.com/reviews/ghistory/wallersi.htm
http://www.culturewars.org.uk/2006-01/wallerstein.htm


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