私は縁あってキリスト教徒になりましたが、なる前は「平均的日本人」らしく(?)、「神なんて証明できないものを信じ込むなんて・・・」と、信仰に疑いを持っておりました。しかし諸般の事情で信仰を持つようになり、日頃からできるだけ信仰の観点から物事を考えるようにすると、信仰は、人生を生きやすくするたけでなく、存外に合理的というか、まあ少なくともpragmaticな態度かなと思えてきました。
キリスト教であれ、どんな信仰であれ、もしそれが世俗的価値追求を神秘化しただけのごまかしの「宗教」でなく、私たちが決して到達できないが、憧れざるをえないもの、否、求めるべきだと思わざるを得ないものを、日々の暮らしの中にごくごく僅かでも実現させようとする意味での「信仰」なら、それは多くの人に受け入れられ、また現代日本でも、本人達の自覚以上に、そのような「信仰」は、「宗教」の形を取らずに根ざしているのではないでしょうか。
以下は、白川静先生を追悼する内田樹先生の文章で、当時すでに忘れ去られようとした周公を祖述した孔子を、これまた祖述しようとする白川先生を、自らが到達できない先達として内田先生が祖述しようとする中で、「仁」について書かれた一説です。この祖述の連鎖に、「私たちが決して到達できないが、憧れざるをえないもの、否、求めるべきだと思わざるを得ないもの」が感じられます。そして実際、内田先生もこの「仁」と「神」をどこか通底するものとして考えています。
私たちにわかるのは、仁者は「仁が現にここに存在しない」という当の事実に基づいて、仁がかつて存在し、今後いつの日か存在しうることを確信するという、順逆の狂った信憑形式で思考する人間だ、ということである。「我仁を欲すれば、斯ち仁至る」とは、空間的に遠くにあるものを呼び寄せるという能動的なふるまいを指しているのではない。そうではなくて、「仁を欲するもの」が出現することによってはじめて「仁」という概念そのものが事後的に出現するという事況そのものを指しているのである。私はそのように理解した。それは「神を愛する」ということを責務として感じることのできる人間の出現と同時に「神」という概念が出現する構造に通じている。
http://blog.tatsuru.com/2007/06/12_1055.php
目に見えず耳にも聞こえない貴いものを信ずる人を私は敬愛します。逆にいいますと、目に見えるもの、耳に聞こえるものだけにこだわり、それだけに狂奔する人になかなか共感できずに私は困っています。
追伸
以下は、野口裕之先生の指導を受けるため身体教育研究所へいった甲野善紀先生が、野口の整体技術に自ら驚いた文章の一部です。上記の「目に見えず耳にも聞こえない貴いものを信ずる」につながるかと思いましたので、ここに引用します。
それにしても数十年というスパンで身体が記憶している身体の異常を呼び覚まし、本質的に体を整えるというこの技術は、科学という一対一対応の方法論では捉えようにも手がかりすら得ることは難しいだろう。しかし、どうやらある法則はあるらしい。ただ、それは同時にいくつもの要素が複雑に絡み合っている上、感覚をもって(といっても視覚や聴覚といった分かりやすい感覚ではない感覚)探究していくのだから、ますます科学の手には負えないだろう。しかし、すぐれた音楽や絵画が科学の手には負えないという理由で拒絶されることがないならば、身体という本来その存在が快・不快という感覚で成り立っているものに対して、感覚による調律調整法があって当然だと思う。それが非科学的という一見もっともらしい理由で軽視されるという理不尽さは、近代がもたらした人類の不幸の一つの象徴であると思う。
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