2011年9月6日火曜日

9.10学習英文法シンポジウム当日用の配布資料と投影資料の公開



9月10日の慶應義塾大学英語教育/言語教育シンポジウムの当日に、私が配布する印刷資料(A4で2ページ)と投影するスライド資料(Powerpointで25枚)を、ここでダウンロードできるようにしました。


当日はスライドを中心にした発表をしますが、印刷資料を見ると私の発表の全体構造がわかりやすくなるようにしたつもりです。なお当日の私の発表部分だけは音声録音し、後日、この記事の下の部分からMP3ファイルをダウンロードできるようにするつもりです。(なお先日の学会発表「言語教師志望者による自己観察・記述の二次的観察・記述」の録音音声もダウンロードできるようにしております。ご興味があれば聞いてみてください)。

 今回公開しました、当日配布資料・投影スライドは、このブログの8月13日記事に掲載した、「9.10学習英文法シンポジウムの要点をまとめたスライド 」と「学習英文法の歴史的分析および理論的分析」を踏まえた上で、その後の私の考えを加えて、新たに書き起こしたものです。 私としては8月13日以降、「ルーマンによる「観察」「記述」「主体」の概念」の検討を経て、学会口頭発表:「言語教師志望者による自己観察・記述の二次的観察・記述」をしました。それらの経験から自己言及 (self-reference)と二次的観察 (second-oder observation)の理論的重要性を私なりに理解した上で、DamasioのSelf Comes to Mindを読みましたら、Damasioの立論を自己言及や二次的観察の観点から理解することができました(と少なくとも自分では考えています)。

 そうしてそれなりに理論的理解を深めた上で、改めて8月13日の記事や、その後に掲載された松井孝志先生の8月31日記事を読んでみると、学習文法に関する論点がより明確に見えてきたように思えましたので、今回の当日資料・スライドを作りました。 なお8月13日時点での私のまとめでは

2 理論的分析:学習英文法は英文法を体得(embody)させるための道具であり、英語コミュニケーション力育成のための必要条件ではあるが十分条件ではない。
2.2 英文法の体得とは英語コミュニケーション力の必要条件である。
2.3 英語コミュニケーション力の育成は、英文法の体得だけでなく、体得された英文法を状況に即して活用するコミュニケーションを必要とする。

といった命題を掲げていましたが、今回の資料ではそれらの命題は割愛しました。 

割愛の理由は、これらの命題は、(1)言語コミュニケーションの理解には、syntaxとsemanticsだけでなく、pragmaticsも必要であること、(2)Bachmanらの議論でも、organizational knowledge (文レベル・ディスコースレベル)に加えて、pragmatic knowledge(機能的側面・社会言語学的側面)が必須の要素として加えられてあること、などから、改めて議論するまでもない自明の命題であると考えたからです。(なおこのあたりの詳しい議論に関しては『第二言語コミュニケーション力に関する理論的考察』、簡単なまとめに関しては『危機に立つ日本の英語教育』(の中の拙論)をご参照くだされば幸いです)。


 今回のシンポジウムは、これまでの慶応大学シンポの中でも特に事前の盛り上がりというか熱気を感じます。私自身も、登壇者や指定討論者の方々のこれまでの立論でずいぶん思考が刺激されました。私はこのように集団で相互作用的に考えることは好きです。当日もいいシンポジウムになるように努力します。ご参加予定の方々も質問などでどうぞ盛り上げてやってください。

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