2011年9月14日水曜日

ジョン・キム(2011)『ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来』ディスカヴァー携書

[ この記事は学部一年生向けの授業「英語教師のためのコンピュータ入門」のために書かれたものです。]


「風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る」
http://d.hatena.ne.jp/ta26/


は私が愛読しているブログの一つですが、このブログが本書についていい書評を書いているので、紹介します。


2011-05-22
日本でもパワーシフトの予感/ウィキリークス&フェイスブック革命
http://d.hatena.ne.jp/ta26/20110522



この書評でほとんど私が言いたいことは表現されていますので、ここでは蛇足を2つだけ加えるだけにします。


(1)日本のマスメディアの「アジェンダ設定機能」と「ゲートキーピング機能」に風穴は開いてきているのかもしれないが、まだマスメディアの力は強い。

この本の146-7ページが言うように、マスメディアは「アジェンダ設定機能」と「ゲートキーピング機能」を持っています。「アジェンダ設定機能」とは数ある出来事の何を最優先のニュースとして取り上げるか優先順位を決めること、「ゲートキーピング機能」とは何を報道に値しないものとして取り上げないかを決めること、です。これら2つの機能が世論形成に大きな力を有することは言うまでもないかと思います。

日本では今年の3.11以降、マスメディアが「ゲートキーピング機能」でニュースから閉めだした出来事も、Twitterなどで話題になることにより、マスメディアも少しずつ取り上げざるを得なくなったようにも思えます。また同じようにしてマスメディアが「アジェンダ設定機能」で決めたはずの報道の優先順位にも少しはTwitterなどが影響を与えているのかもしれません。

しかし、ここ数日の鉢呂経産大臣の「放射能失言」辞任騒動でも、国民の多くは一体何が起こったのかよくわからないままに、「大騒ぎ」がマスコミにより伝えられ、就任わずか数日で大臣が辞職することになりました。

東京新聞の長谷川幸洋氏は


当事者が初めて語った「放射能失言」の裏側!
鉢呂経産大臣は原発村を揺るがす「原発エネルギー政策見直し人事」の発表寸前だった


の記事で、この背後に何かがあったかもしれないことを示唆しています。


この話を聞いて、私は「これで鉢呂が虎の尾を踏んだ可能性がある」と思った。鉢呂は大臣レベルの会議が物事を決めると考えている。ところが、官僚にとって重要なのは法律に基づく設置根拠がある調査会のほうなのだ。

 なぜなら、法律に基づかない大臣レベルの会議など、政権が代わってしまえば消えてなくなるかもしれない。消してしまえば、それでおしまいである。ところが、法に基づく会議はそうはいかない。政権が代わっても、政府の正式な報告書が原発賛成と反対の両論を書いたとなれば、エネルギー政策の基本路線に大きな影響を及ぼすのは必至である。官僚が破って捨てるわけにはいかないのだ。
 
 以上の点を踏まえたうえで、フジの第一報に戻ろう。

 もし鉢呂の話が真実だとしたら、フジはなぜ自分が直接取材していないのに、伝聞情報として「放射能を分けてやる」などという話を報じられたのか。

 記者の性分として、自分が取材していない話を報じるのはリスクが高く、普通は二の足を踏む。万が一、事実が違っていた場合、誤報になって責任を問われるからだ。記者仲間で「こんな話があるよ」と聞いた程度では、とても危なくて記事にできないと考えるのが普通である。

 どこかの社が報じた話を後追いで報じるならともかく、自分が第一報となればなおさらだ。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/19475?page=4

 フジは鉢呂本人に確認したのだろうか。私はインタビューで鉢呂にその点を聞きそこなってしまった。終わった後で、あらためて議員会館に電話したが、だれも出なかった。

 もしも、フジが本人に確認したなら、当然、鉢呂は「そういう記憶はない」と言ったはずだ。それでも報じたなら、伝聞の話に絶対の自信があったということなのだろう。

 経産省は鉢呂が原発エネルギー政策を中立的な立場から見直す考えでいることを承知していた。具体的に調査会の人選もやり直して、発表寸前だった。そういう大臣が失言で失脚するなら当然、歓迎しただろう。

 そして「死の町」に続く決定的な"失言"をテレビが報じたのを機に、新聞と通信各社が後追いし既成事実が積み上がっていった。いまとなっては真実は闇の中である。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/19475?page=5  


他方、そのように陰謀めいたことはなく、ただ流れであのようになったに過ぎないと朝日新聞記者の神田大介氏はつぶやいています。


ついでに言うと、「鉢呂放射能発言」を最初に報じたフジテレビが伝聞調で発言を伝えたのは、鉢呂氏をよく思わない経産省の差し金だと言わんばかりの論考がありますが、そんなご大層な話ではないんじゃないの、と思いました
https://twitter.com/#!/kanda_daisuke/status/113789642385522688

ところで鉢呂氏が辞任せざるを得なかったのは、引き金は報道ですが、根本的な原因は「ねじれ国会」では。参院で野党が多数を取ってるから、攻撃材料を与えてしまうと審議が立ちいかなくなってしまう。事実、小泉純一郎氏なんてのはどれだけマスコミに批判されても動じなかったわけです。
https://twitter.com/#!/kanda_daisuke/status/113964912908312576

マスコミが政治家の「ニュースになる発言」を拾うのはいつものこと。それが辞任に結びつくか否かというのは、その時々の政権・政局に左右されるんじゃないでしょうか。マスコミに特定の政治家を失脚させようとする意思があるかのようにみるのは、私は陰謀論だと思いますね。
https://twitter.com/#!/kanda_daisuke/status/113965710522335232


東京新聞の長谷川氏の示唆が正しいのか、それとも朝日新聞の神田氏のつぶやきが真相なのか、私などには到底わかりません。もしかすると両方共にそれなりに真実をついているのかもしれません。

しかし、大切なことは、いずれにせよ、国民が知らないところで「大騒ぎ」がほとんどマスコミによって始められ、今後の原発政策に大きな影響をもつ経済産業大臣が辞職にいたったということです。マスコミだけが原因ではないにせよ、マスコミが重要な要因の一つとなって政治という言語ゲームが作られているということです。

私はTwitterなどが報道の透明化、社会の民主化を一気にもたらすなどという楽観論にはくみしません。しかし同時に悲観的な無力感にも陥りません。一人ひとりがそれぞれの立場から公共性ということを考え、発言するだけだと思っています。



(2)「逆パノプティコン」と言いつつも、国家権力が本気でICTを行使する時の力を過小評価してはならない。

この論点はひょっとしたら(1)と重なっているのかもしれません。この本でも「逆パノプティコン」と言えば、国民一人ひとりが政府を注視するというイメージになりますが、国民の多くはそれほど政治の動きに注目していません。それよりも政治権力の中枢にいる人々の方が、国民の動きによほど注目しているはずだと私は考えます。

こういったネットに関する非-楽観論を、私は


Evgeny Morozov氏

から多く学んでいます。


(1)と全く同じ結論になりますが、楽観論にも悲観論にも傾かずにあくまでも現実的に物事を見つめたいと自戒しています。


ともあれ、本書を読んで、これからの政治・報道のあり方とネット社会の関係について考えることは重要だと思います。



⇒『ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来 』


追記

ちなみに私は福島東電原発人災以降、マスメディアに振り回されるのが嫌になったので、5月から日本のテレビ番組は基本的に一切見ていません。特にニュースや報道の番組でキャスターや解説者、あるいはカメラワークやBGMに私の考え方を誘導されるのが嫌になりましたので見る気もしません。

新聞はまだ今のところ購読し続けていますが、できるだけ私が信頼する複数(というより多数)のブログやツイッターで新聞報道も相対化するようにしています。

ついでながら言っておきますと、私が全面的に信頼する報道組織・報道人はいません。このように複雑な社会について常に真実を告げることができる組織・人間がいるとは私には思えません。面倒でも毎回自分なりに考え、仮説を立て、その仮説を吟味し、学ぶように心がけています。


追追記

書いていて思い出しましたが、ルーマン的な考え方からすれば、単純な陰謀論にはくみしないでしょうし、同時にマスコミが無謬だとか中立だとかも言わないでしょう。社会は複雑に絡み合って、だれも全体像を眺望できないままに私たちは生きていると考えるわけですから。

ちなみにこの解説書は非常にわかりやすかったです。

Luhmann Explained: From Souls to Systems (Ideas Explained)


追追追記

鈴木耕氏の記事が面白かったのでここに紹介しておきます。


自壊する国家 自壊するマスメディア

http://www.magazine9.jp/osanpo/110914/




追追追追記(2011/09/16)

東京新聞の長谷川幸洋氏が続報を出しました。しかし何だか話がどんどん瑣末な方向に向かっているように思います。上記の「自壊するマスメディア」という言葉がよぎります。

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