2010年6月29日火曜日

文法・機能構造に関する日英語比較のための基礎的ノート ― 「は」の文法的・機能的転移を中心に ―



以下は私がこの冬に書いたノートです。本来ならウェブ公開する前に、専門家にチェックしていただきたかったのですが、私が依頼した方がとても多忙で、私も催促するわけにもいきませんので、思い切ってここに後悔じゃなかった公開します。

このブログ記事には「概要」と「緒言」だけを掲載します。もしご興味があれば、下をクリックしてダウンロードしてください。
このノートに存在するかもしれない誤りを私は怖れます。もし誤りがあれば、ご指摘いただければ幸いです。

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文法・機能構造に関する日英語比較のための基礎的ノート

「は」の文法的・機能的転移を中心に

英語文化教育学講座 柳瀬陽介

概要

 第二言語を産出する場合の第一言語からの影響 (転移) には看過し難いものがある。本稿では英語産出の場合に特に重大と考えられる日本語の「は」の認識と語順について日英語を適宜比較しながら考察する。「は」に関しては、学習指導要領などは「主語」提示の助詞として扱うものの、その認識は英語の主語概念と異なることも多いため、英語産出において負の転移を与えかねない。本稿では三上 (1960) などに依拠し、「は」を「主題」提示の助詞と認識することにより負の転移を避けることを提言する。また、語順に関しては、従来英語の語順については語っても日本語の語順について語られることは少なかった。負の転移を避けるには日英両語についての自覚が必要であるため、本稿では日本語の語順と英語の語順の両方について統合的な整理を試みる。最後に、このような「ことばへの気づき」が義務教育段階において格段の教育的意義を有することを短く論ずる。

1 緒言

1.1 背景

 いわゆる「英会話」的な発話を推奨する英語教育の風潮が強くなって久しいが、現在の学習者の英語発話は必ずしも機能的でも文法的でもない。中学生はしばしば “Today is/was test.” “Today is/was interesting.”と言う。高校生が、“Matsusaka is Red Sox.” “Tokyo is many people”といった英文を書く例も珍しくない。あるいは実話か笑い話かは不明だが、何を飲みたいか聞かれたビジネスマンが “I’m coffee.”と言ったとか、自らの専攻を聞かれた英文学者が “I’m Shakespeare.”と答えたなどのエピソードすら聞かれる。英語を専攻する大学生においても、“In this study, some techniques to develop students’ motivation are proposed.”などのように書いて、 “This study proposes some techniques to develop students’ motivation.” とはなかなか書けないような例が多く観察される。これらのぎこちない文あるいは非文の発話には、後に論証するように日本語の「は」からの転移が関与していると思われる。

1.2 問題

 学習者はしばしば「は」を “is” (be動詞) と等価と考えている。実際、”This is my pencil” とった英文において、< “is” = 「は (~です)>として説明する教師も教育現場では少なくない。しかしこの等価は、「は」を常にbe動詞に変換したり、 be動詞を常に「は」に変換したりするという非言語学的な直訳習慣を学習者に植え付ける危険がある。言うまでもなくこの直訳習慣 (あるいは「転移」(transfer)) は日英両語で非文や非機能的な表現を多産する。仮に教育の初期段階で教師あるいは学習者が「は」とbe動詞を便宜的に等価と考えたとしても、その認識は誤解である以上、より深い理解でいつか解消されなければならない。

だが、「は」の適切な理解なしにはこの誤解は解きがたい。ここで問題を複雑にしているのが、中学校で教えられる日本語文法(「学校文法」)である。中学校国語の学習指導要領では日本語も「文の主語になる語句、述語になる語句、修飾する語句」から構成されるとして、一般に日本語でも「主語」が不可欠 (だがしばしば省略される) 要素とみなされている。さらにこの「主語」は、「は」 (または「が」) によって表現されるとしばしば理解されている。しかし三上 (1960) らの一連の言語学者が指摘するように、この「『は』が主語を表す」という認識、ひいては「日本語には主語がある」という認識は、時として日本語文法の適切な理解への重大な障害となる。加えてこの認識が「『は』 = 主語の標識 = be動詞」と拡張されるなら、上記のような非文あるいはぎこちない文を英語学習者が産出することにいたると考えられる。

日本語による思考は、学習者が生まれて以来親しみ、さらに日本語での学校教育で発達させている習慣である。この長年にわたり強化されてきた思考習慣が、たかだか週数時間の、そのうちでもせいぜい数十%に過ぎない英語発話訓練によって、見事に英語発話時の日本語話者から根絶されると考えることは楽観的すぎるであろう。生活で英語を使用しない社会状況であるという「外国語としての英語」 (English as a Foreign Language) の特性を、諸国の中でも特に強くもつ日本においては、英語授業での英語訓練だけで日本語からの 転移を消失させようとすることは現実的ではない。むしろ思春期およびそれ以降の学習者がもつ思考力・理解力・言語に対する意識的理解を活用し、日本語と英語の文法と機能の特徴を比較考察することが効果的であると考えられる。こういった分析的認識は、日英語の言語産出において役立つだけでなく、それ自身が言語への洞察を深めるという教育的価値を有すると考えられる。

1.3 目的

そこで本稿では、「は」の転移が日本人英語学習者に影響を与えているという仮説(1)の上に立ち、以下の三つを大きな柱として論考を進める。第一に、三上 (1960) 以降の「非学習指導要領」的文法 (=橋本文法以来の学校文法の伝統的束縛から自由な文法) による整理に基づき、「は」の文法的役割をまとめる(2)。第二に、Gopen & Swan (1990) に基づき、英語の文法・機能的特徴に基づいた機能的でわかりやすい英文の条件をまとめる (3)。第三に、英語産出における日本語からの転移の可能性について言及する(4) なお、本稿が対象とする文章は事実や意見を的確に伝える機能的な文章・科学的文章であり、過度に文芸的・創造的な文章は考察の対象とはしない。

1.4 意義

本稿の整理により教師と学習者が日本語と英語の文法・機能に対する理解を深めることができるなら、中学・高校・大学の英語ライティングにおいて、非文およびぎこちない英文の産出を少なくできることが期待できる。また、学習指導要領の「学校文法」にとらわれない日本語文法に基づいて日本語と英語を比較考察することにより、英語のみならず日本語に対する言語意識・言語分析能力も高められると期待できる。

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