2008年9月25日木曜日

ドン・タプスコット、アンソニー・D・ウィリアムズ著、井口耕二訳『ウィキノミックス』日経BP社

「ウィキノミックス」(Wikinomics)とは、従来の階層構造と支配による生産モデルに代わる、コミュニティとコラボレーション、自発的秩序形成による新しいモデルのことです(5ページ)。もちろんこの造語には「ウィキ」の意味が込められています。

ウィキノミックスには四本の柱があります。(1)オープン性、(2)ピアリング、(3)共有、(4)グローバルな行動です。以下、同書の第一章からその要旨をまとめます。

(1)オープン性とは、人材やアイデアを外部から導入する企業のほうが優れた業績を上げるようになったこと、ITでもオープンシステムオープンソースが大きな流れになってきたこと、教育でもMITのオープンコースウェア(あるいはiTunes U)がますます隆盛になっていることなどに代表される現象のことです。
(2)ピアリングとは水平型の組織構造で協働作業を行うことで、この好例としてはリナックスの開発があります。
(3)共有に関しては、医薬品企業でさえ、高度な開発のためには、特許権は放棄するつもりはないにせよ基本となる知的財産は共有する方針に転換したことや、スカイプがピアとして集まったコンピュータの処理能力を活用し、電話を無料化していることなどが例としてあげられています。
(4)グローバルな行動については、フリードマンの『フラット化する世界』を参照することを勧め、「グローバルな労働力、世界的に統一されたプロセスとITプラットホームなどをもち、社内の部門間コラボレーションを推進するとともに、社外パートナーとのコラボレーションも推進することが大事」と著者は述べます。

以下、印象的だった箇所を三カ所引用し、それらに蛇足をつけ加えます。


今はモジュール性やオープンアーキテクチャーがキーワードとなり、瞬時にコミュニケーションがとれ、能力・機能が世界に分散された時代であり、このような時代においては、だれが何をするのか、どこで価値が作られるのかという問いに対する普遍的な答えなど存在しない。各企業は、中核となる能力がどこに存在するのかを観じながら、社外のエコシステムに存在する知識と能力の海との関係を示す海図を書き換え続けなければならない。(344ページ)


これは、私がA critical introcduction to Critical Applied Linguisticsを読み解くためのリンク集を現在作成しながら、強く感じることです。少なくとも英語のウェブ空間には高度な知識が様々にモジュール化されて、公開されています。これらを駆使しながら、自分ができるベストな仕事は何だろうと私は考えざるを得ませんでした。


どうしたら、ウィキノミックスという新しい原理を実際の事業に適用できるのだろうか。知識管理理論の専門家、デイヴィッド・スノーデンは、細かい計画を立てても意味がないと考えている。幼稚園の先生が子ども達を管理するように、混沌を管理すべきというのだ。「ベテランの先生は、最初、子どもたちを自由に振る舞わせ、その後、いい行動パターンは定着するように、また良くないパターンは定着しないように、少しずつ介入するものです。すぐれた先生なら、定着させたいパターンが生まれやすいように、上手にタネをまいてもおきます」。


私も一度小学一年生の体育の授業参観をして仰天したことがありました。てんでバラバラに動く多くの子ども達をうまく指導する先生に私が「どうやってご指導なさっているんですか」と聞くと、その先生は涼しげに「いや、ツボを押さえておけば、なんとかなるものですよ」と答えました。情報が爆発的に増大し続ける現在においては「大局観」が今まで以上に大切になると上の引用を読み替えることはできないでしょうか。


何年もの前のことだが、大手ホテルが連携し、共通の予約ネットワークを構築したことがある。ハイアット・ホテルズの経営情報システム担当副社長、ゴードン・カーは、当時、「これがお客さまにとって最善のやり方であり、それはとりも直さず、我々にとっても最善のやり方なのだということを理解するのに」一年ほどもかかったと改装する。各ホテルチェーンは、自分たちに有利なシステムにしたいという誘惑に耐える必要があった。「公益性を実現するため、我々はみな『競争至上主義』の部分を頭から追いだす必要がありました」。


英語教育についても数々の有益なホームページやブログがあります。しかしそれらの多くは(私のものも含めて)まだまだ個人ベースで動いています。個人というのは判断や行為の単位としては非常に便利ですから、今後共に個人ベースのウェブ活動として続くでしょうし続くべきでしょうが、日本の英語教育界のウェブ活動ももっとsocialになることはできませんでしょうか。
とりあえず考えられるのはWikipedia日本語版の英語教育エントリーの充実です。もし10人ぐらいの人たちだけでも、個人的利害関心ではなく、学術的で公平公正な記述でエントリーを充実し始めましたら、日本の英語教育界も少しは変わるかもしれません。それはネットをほとんど使わないような世代に、学界・学会改革を訴えるよりも、よほど簡単で効果的な方法かもしれません。

ともあれ、ウェブが私たちの思考や行動にどれだけ大きなインパクトを与えているのか、これから私たちは自らの思考や行動をどう価値づけ、方向づければいいのかを考えるのにはいい本かと思います。

この本の英語のホームページは http://www.wikinomics.com/book/ です。

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