2007年9月29日土曜日

質的研究のあり方に関する報告4/10

4 質的研究の特徴

 このように解釈的(そして場合によっては批判的)な色彩を帯びた質的研究をさらに具体的に特徴付けるとしたら、以下の波平・道信(2005: 2-3)のまとめが有益であろう。彼女らはA:研究方法の複数性、B:研究方法の選択性、C:研究対象の日常性、D:研究対象の文脈性を「質的研究についての多様な定義」の「共通点」として捉える。

A:人間の生き方は多様である。したがって、人間の生き方の具体性と多様性を明らかにするための研究方法は、多様にならざるをえない。

B:質的研究は既存の理論や方法論の有効性を確認したり検証することを目的としない。あくまでも研究対象とすることを目的とする。したがって、研究対象の特性に応じて研究方法が選択される。

C:質的研究においては何よりもまず、対象となる人びとが自らを取り巻く世界を、また自分たちの生活をどのように見ているのかに注目する。すなわち、研究対象者(研究される人々)の視点を明らかにすることにつとめる。そして、研究対象になる人々が多様な立場にあること、その多様な立場から日常生活を見ていることを、研究調査の前提とする。

D:質的研究の特徴は、研究対象となる事象を、できるだけそれが生じている社会的、文化的、歴史的文脈においてとらえ、理解しようとすることである。(2-3ページ)


したがって私たちが質的な英語教育研究を行なう際も、A:その研究対象事象に対しての一つの解明を行なっているのであって、決して唯一絶対の解明を行なっているのではないこと、B:(海外からの輸入された)既存理論を証明するために研究を行なっているわけではないこと、C:現場の教師や学習者の日常的な物の見方・考え方を解明すること、D:英語教育現象が生じる社会的、文化的、歴史的背景を重視することを心がけなければならない。

 また平山(1997: 27)は、エスノグラフィー(エスノ法)を質的研究の典型例とした上で、上述のまとめよりもさらに詳しく、研究者と研究対象者の関係について、量的・行動科学的研究との対比の中でまとめている。

データ収集の対象者への扱いが異なる:量的研究法は対象者を仮説検証という見地に立って被験者に接し、彼らに研究者の意図を知らせないようにする。一方、エスノ法は対象者が情報提供者であるので、研究者の意図や重要と思っている内容を彼らに知らせるようにする。

インタビューでも両者の扱いは違ってくる:量的方法は、被験者を回答者としてみなし、質問紙やインタビューで扱う内容と表現を標準化して客観的なデータを採集しようとする。一方、エスノ法は、情報提供者が普段仲間内で使う日常語あるいは符丁を重視し、それらを使いながら、彼らの本音をとらえようとする。

観察場面と対象に対する見方も違ってくる
:量的・行動科学的方法は統制された場面で事象を変数としてとらえ、それを量的データに変換して相関、因果関係を説明する。したがって、ある現実を代表するサンプルサイズ、説明変数あるいは基準変数による事象の割当て、その変数間の関係を表現するための統計的処理方法の選択とその解釈が重要な意味をもってくる。

一方、エスノ法は、自然生態的見方あるいは質的現象的見方を重視する。自然生態的あるいは質的現象的見方とは、自然の場が人間行動に影響を与えるという立場から、社会組織の一部をなす伝統、価値観、役割、規範が人間の観念にどのように規定するかを解釈することをさしている。(29ページ)


こうしてみると質的研究では、研究者は量的研究とかなり違うことなる態度を取らなければならないことがわかる。研究対象者は「被験者」(subject=支配下に置かれている者)ではなく、相互協力者であり、彼/彼女らの日常言語は専門用語によって徒に否定されてはならず、自然な状況での観察と理解を重視しなければならない。このことは、質的研究を行なう場合は、量的研究を行なう場合以上に、研究倫理を重視することを意味する。ウィリグ(2003: 26)は質的研究の倫理について以下のように述べる。

まとめると、研究参加者を損害や喪失から守らなければならない。また、研究参加者の心理的な満足や尊厳をいつでも維持するよう目指すべきである。多くの質的研究者は、これらの基本的な倫理的ガイドライン以上に気を使っている。単に研究参加者を損害や喪失から守るだけではなく、研究参加者に肯定的な利益をもたらすことも目指す。たとえばアクションリサーチは、よりよい方向にプロセスやシステムを変化させることによって、そのプロセスやシステムに関する知識を生み出すようにデザインされている。ここではどのような行為も「研究に参加した人々にとって最大の利益になること」でなければならない。同様に、批判的な言説分析は社会的な不平等、偏見や力関係に挑戦することを目的としている。


要は質的研究においては、研究者は、量的研究以上に、研究対象者(英語教育研究でいえば、教師や学習者)の立場に立つことを鮮明にし、その努力を惜しまないということである。英語教育研究という実践性の高い研究においては、質的研究の重要性は強調されるべきであろう。

 それではこのような質的研究にはどのようなパターンがあるのだろうか。質的研究は上にも示唆されていたように多彩であり、簡単な要約はここでは困難であるので、その包括的な説明は他書に任せ、以下では、私たちの計画するモティベーション研究に関連するケース研究、インタビュー研究、ライフストーリー研究、フォーカス・グループ研究について概括しよう。

0 件のコメント: