2007年9月29日土曜日

質的研究のあり方に関する報告10/10

10 質的研究の記述と報告

 こうして分析を進めれば後は記述と報告となる。記述に関しては、鯨岡(2005)は(エピソード)記述の基本構造を、(1)背景の提示、(2)エピソードの本体の提示、(3)(第一次・第二次)メタ観察の提示、としている。

 (1)の背景の提示に関して、質的研究は、量的研究以上に、研究対象者の背景の記述を厚くしなければならない。背景文脈の重視こそが質的研究の条件だからである。(2)のエピソードの提示に関しては、エスノ(グラフィー)に重なるところが多い。志水は次のように述べる(秋田他 2005: 143)

エスノの基本的性格については、佐藤郁哉の「文学と科学にまたがる性格をもつ文章」(佐藤、1992: 45)という知られた定式化がある。これは私自身の実感に近い。エスノの作成には、みたものを的確に、かつ印象的に読者に伝えるための文学的センスがやはり不可欠である。しかしながら、他方、私たちは論文としてエスノを作成するかぎりにおいて、各種の科学的な基準や体裁と無縁ではありえない。いきおい私たちが書くエスノは、文学と科学の性質をあわせもつハイブリッドな書きものとならざるをえない。(志水宏吉:143ページ)


私たちも文学の細心性と科学の明晰性の両方を忘れない記述を目指さなければならない。

 (3)のメタ観察とは、エピソードの記述が終わってから、再度それを読んでの研究者の考察である。こここそは研究の「考える」部分であり、「深い洞察」が期待されるならここの思考こそが十全でなければならない。思考の結果は第一次メタ観察として他の研究者との討議にかかり、そうして私たちは第二次メタ観察へと至り、研究報告書の執筆へと至ることとなる。

 研究報告書執筆のプロセスは、(メリアム2004)のまとめによるなら、(1)読み手・聴衆の想起、(2)報告書の焦点を絞ること、(3)報告書のアウトラインを先に作ること、(4)実際の執筆を開始すること、である。私たちは、この研究報告により最も益するであろう英語教師(および英語教師をサポートする英語教育研究者)を常に想像しながら(1)、漫然とした報告にならないように記述の要点を明確にし(2)、予め十分に計画を立ててから(3)、十分な時間をとって執筆を行なう必要があるといえよう(4)。
 

参考文献

秋田喜代美、恒吉遼子、佐藤学(編)(2005)『教育研究のメソドロジー----学校参加型マインドへのいざない』 東京大学出版会
ウィリグ, C.著、上淵寿・大家まゆみ・小松孝至 共訳(2003)『心理学のための質的研究法入門』 培風館
鯨岡峻(2005)『エピソード記述入門  実践と質的研究のために』 東京大学出版会
ハーバマス, J (1968/2000)『イデオロギーとしての技術と科学』 平凡社ライブラリー
佐藤郁哉フィールド(1992)『フィールドワーク―書を持って街へ出よう』 新曜社
波平恵美子・道信良子(2005)『質的研究 Step by Step』 医学書院 
平山満義(編著)(1997)『質的研究法による授業研究 教育学・教育工学・心理学からのアプローチ』 北大路書房  
メリアム, S.B.著、堀薫夫、久保真人、成島美弥訳(2004)『質的調査法入門―教育における調査法とケース・スタディ』 ミネルヴァ書房
やまだようこ編著(2000)『人生を物語る --生成のライフストーリー』 ミネルヴァ書房
Bruner, J.S. (1986) Actual minds, possible worlds. Harvard University Press. 田中一郎(訳)(1998) 『可能世界の心理』 みすず書房

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