2010年4月18日日曜日

Kathy Barker著、浜口道成訳 (2004) 『アト・ザ・ヘルム 自分のラボをもつ日のために』 メディカル・サイエンス・インターナショナル

[この記事は『英語教育ニュース』に掲載したものです。『英語教育ニュース』編集部との合意のもとに、私のこのブログでもこの記事は公開します。]



理系の研究者が必要としているのは、「英語力」である以上に英語を使った「コミュニケーション能力」だと言える。

本書は次の言葉を引用している。

科学者のコミュニケーション能力はとびぬけて優秀である。コミュニケーションは科学者の活力の源にも等しい。論文として発表する前だろうが後だろうがおかまいなしに、仲間に自分の研究内容をどんどん配る。実験について話しあうのに使う電話代は天文学的数字。たがいの研究費の申請書を熱心に吟味する。他の研究室をひっきりなしにたずね、講義をし、話をし、相手の装置を使って実験する。数え切れないほどの学会に出席し、仲間が自分のアイデアを盗むのではないか、実験を出し抜かれるのではないかと、大なり小なり心配する。総じていえば、率直さとという習慣と科学の土壌となる知識がこうしたあけっぴろげさをもたらすのだ。
Hoagland, M.B. (1990) Toward the Habit of Truth: A Life in Science. W W Norton & Co Inc. p. 79



「一人で黙々と宇宙の謎に取り組む科学者などというイメージは忘れることです」(286ページ)とも著者は力説する。科学とは協働作業であり、協働作業の中核にあるのがコミュニケーションだ。


本書の引用は続く。

うまくつくられ、うまく管理されているチームは、無制限に継続しうる生き物である。自分の力で絶えず新しく生まれ変わるのだ。
Pecetta and Gittines (2000) Don't Fire Them, Fire Them Up: Motivate Yourself and Your Team. Simon & Schuster, p. 103)


科学者は、一人だけで成功をつかむことができない。科学者は誰よりも他人と協力しなければいけない。そのためには、言語を正しく使うというレベルを越えて、心地よく生産的な人間関係を築き上げる言語コミュニケーション力が必要となる。

組織の力は、人間関係から生まれる力である。・・・ 職場の人間関係がどのように集大成されるのか、それには仕事の種類でも、機能でも、序列でもなく、人間関係の形態とそれを築くための器量が問題となる。
Wheatley, M. (1994) Leadership and the New Science: Discovering Order in a Chaotic World. pp. 38-39.



だがその人間関係こそが難しい。

人々が心ならずも専門職を辞任したケースの70%から92%は、技術的な能力の不足 (仕事を遂行するための能力や技術的知識の欠如) とは無関係な、純然たる社会的な能力の不足 (組織の文化に適応する能力の欠如) が原因である。
Beatty (1994) Interviewing and selecting high performers. John Wiley & Sons. p. 71.



かくして研究室を主催・統括・経営するPrincipal Investigator (PI, 主任研究員)となった研究者はしばしば嘆く。

"研究室の切り盛りなんて教わらなかったよ"という嘆きは、PIからよく耳にします。PIになって数週間も経たないうちに、この結論に行き着くのです。それまでの勉強、実験、論文に没頭した時間は、実際に研究室を運営していく仕事にはなんの役にも立ちやしない、人間関係や組織を扱う技術が科学と同じくらい重要なのに、自分達はその技術を知らないのだと。(34ページ)



しかし悲観するには及ばないと、著者である微生物学者のKathy Barkerはこの本をもって科学者を元気づける。"At the helm: A Laboratory Navigator"(舵を取る:研究室を操舵する)と名づけられたこの本は、研究室というチームを成功させるためのコミュニケーションのあり方に関する具体的な知恵がちりばめられた読みやすい本だ。


内容は、研究室のミッション決定、リーダーとしての自覚と自己分析、研究室文化の育て方、研究室内外でのコミュニケーションの仕方(さらには文化差・性差・権力関係の影響)、各種のトラブル対処法、科学と家庭の両立と多岐に及ぶ。

レイアウトも特筆すべきで、さまざまな工夫がなされ、読みやすく美しい。情報洪水の現代では、情報・知識はうまくデザインされていないとなかなか伝わらない。レイアウトを眺めているだけでも、よいコミュニケーションについていろいろと考えさせられる。


もし英語教師が、狭義の言語学的視点から捉えられた「英語」を越えて、英語を使ったコミュニケーションの教師であろうとするならば、こうした現場でのコミュニケーションの知恵に学ぶ必要がある。また、研究室運営の立場にある人ならともかくも読みふけってしまうだろう。

良質なコミュニケーションとは何かを考えるためには読んでおきたい本だ。



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