優秀な成績で大学を卒業しながら、現実生活に対応できずに、不本意な人生を送っている卒業生を、残念ながら私は複数知っている。
彼/彼女は、教師の気持ちを読むことに敏で、教師の狙いを直接・間接に調べて(試験対策というやつだ)、教師が言ったとおりのことをテストに書いて優秀な成績を取る。
また、私からすればとんでもないことだと思うのだが、自説を学生に覚えさせてそれを答案に書かせることがいい授業であり試験だと思い込んでいる教師も大学にはいるようだ(しかしおそらくそのような教師は、最近の授業アンケートでは「授業の狙いが明確」「採点基準がはっきりしている」などと高評価を受けるのだろう)。
しかし、大学で身につけるべきなのは、現実社会でも何とか対応できる知的能力なのではないか。
それは複雑な関係性の中から、鍵となるものを何とか探索的に見つけ出して、それを基に考えて、そうして何とか現実に対応することではないのか。さらには次々に展開する新しい局面ででも何とか考え抜いて対応してゆく力ではないのか。
そのような力をつけるには「考える」ことが一番重要だと私は判断している。既成の解法がない状況で想像力を働かせて、自分の知的枠組み・分析枠組みをぐいぐい変えながら、事実と論理に忠実に行動することの根幹を私たちは「考える」ことと呼んでいるからだ。
きちんと考える(thinking)には、過去に考えられたこと(thought)、定説となったことをきちんと知る必要がある。また、過去に考えられたことや定説を通じて「改めて自分の頭で考え直す」ことはとても重要な訓練だ。だから「考えること」と並んで「精読すること」は大切なことだ。
だが「考えること」や「精読すること」は現在、多くの大学で軽視されているのではないか(乞、反論)。
私は私なりに学生に考えさせる授業を大切にしているつもりだ。
考えるために、きちんとテキスト読ませる授業も同時に大切しているつもりだ。
だからある授業では
http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/pragmatics.html
のような質問集を予め用意している。
でもこれらの質問は基本的に考えるためのものだ。だから私はこれらの問いをグループで討議させ、さらには私と討議する授業スタイルを取っている。
だが今日の講義で接した学生さんにしても、私からすれば驚くぐらいに「答え」を求める。
「答え」をしっかりノートに書いて暗記し、いい成績を取りたいのだろう。
だからこれらの問いの答えを「はい、答えを言いますから、ノートを用意してください」などといった形で提供しない私は、学生さんからすれば悪い教師なのだろう。
きっと授業アンケートにも
「問いの答えをきちんと教えてくれない」(ノートが取りにくい)
「用意されていた問いを授業で扱わないことがある」(シラバスと授業が一致していない)
「予め知らされていない問いを急に問うことがあって困る」(授業計画がきちんと立てられていない)
などと文句を書かれるのだろう。
はいはい。
しかしね、現実社会では既成の問いの答えを覚えておくことと、適切な問いを見つけ出し、それを取りあえずの仮説として思考しながら現実を探索的に探究する能力のどちらの方が重要なのだろう。
現実社会で、準備していたことが使われないままに終わることはそれほどに珍しいことなのだろうか(というより考えたことは、誰かに成績として評価されないと無駄になってしまうことなのだろうか)。
現実社会で、問いは予め予告されてから現れるのだろうか、それともどのように問いを定式化すればわからないような「問題」として現れるのだろうか。
(それにしても、ほとんどの学生がopen question/closed questionという言葉すら知らなかったのには驚いた。さすがに説明したらその概念の違いはすぐにわかってくれたけど)
一生学生のままでいられて、複雑な現実社会に出ないですむなら幸せなんだろうけどね。
でも人はやがてが複雑な現実社会に出て行かなければならない。
複雑な世界では、あまりに多くの要因が存在し、しかもそれらが相互作用を起こすから、あなたは単純な因果法則で、あなたの行動に一対一で結びついている結果を期待することができない。
現実世界では、あなたの、いやどんな者の知的枠組み・分析枠組みも部分的で暫定的でしかなく、あなたはあなたが知悉も支配もできない外部世界(ルーマン流にいうなら「環境」(Umwelt)からの影響を受けている。
あなたはどうにかこうにか仮説を立てながら、そして立て替えながら現実に対応してゆかなければならない。
そこでは「オールA」(あ、最近は「オールS」か)だとか「全て優(あるいは秀)」とかいう記録は、あなたにそれに見合った考え抜く知的能力が備わっていない限り、何の役にも立たないと思うのだけれど・・・
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