2009年6月15日月曜日

周辺部キーの打指固定とショートカットキー

キーボード入力をする時は、「ホームポジション」にきちんと両手を置き、キーは定められた指で必ず打つようにすることはタイピングの基本ですが -- そしてこの基本が日本の学校ではあまりきちんと教えられていないことは驚くべき事ですが -- キーボード周辺部のキー ( [Ctrl] [Shift] [Tab] [Alt] など) も決まった指で打つ習慣をつけると、ショートカットキーの扱いが容易になり、キーボード入力がさらに迅速かつ快適になることをこのブログ記事で学びました (言うまでもなく、入力の際はできるだけキーボードから手を離さずに、マウスも極力使わないことが高速入力のためには重要です。あ、それからマウスはぜひトラックボールマウスをごひいきに ←愛好者を増やしたい 笑)。



その記事によると周辺部キーを押す場合は次の打指原則を徹底するべきです。



■左親指は[Alt]を押すために使う

■左人差し指は[X][C][V]などを押すために使う

■左薬指は[Tab]もしくは[SHIFT]を押すために使う

■左小指は[Ctrl]を押すために使う


■右人差し指は左矢印(←)を押すために使う

■右中指は上下矢印(↑↓)を押すために使う

■右薬指は右矢印(→)を押すために使う




ショートカットキーに関しては、以前にまとめたものが基本的なものですが、周辺部キーを押す指も固定すると、次のようなショートカットキーも常用したくなります。



■[Alt]+[Tab] アプリケーション間の移動

■ [Alt] + [Esc] 項目を開いた順に切り替える

■[Alt]+[スペース] メニューを出し、ウィンドウの終了・最大化・最小化など。ちなみに[スペース]の打指は右親指で固定



また、以下はMicrosoft WORD専用のショートカットキーですが、これらも覚えておくと確かに便利ですね。作業ファイルが大部で、締切が近いときなどは本当に少しでも処理速度を上げたいものですからね。(この情報はこのブログから入手しました)



■[Ctrl] + B 文字を太字に

■[Ctrl] + I 文字を斜体に

■[Ctrl] + U 文字に下線を

■[Ctrl] + [Shift] + < フォント サイズを縮小
■[Ctrl] + [Shift] + > フォント サイズを拡大

■[Ctrl] + [Space] 段落または文字の書式を解除

■[Ctrl]+[Home] 一番上にジャンプ

■[Ctrl]+[End] 一番下にジャンプ

■[Shift]+[Ctrl]+[Home] カーソルより上を全て選択

■[Shift]+[Ctrl]+[End] カーソルより下を全て選択




現代の知的労働ではかなりの時間をコンピュータ操作に費やさなければなりません。少しでもコンピュータ操作に習熟したいと思います。







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勝間和代氏の教育に関する二提言

勝間和代氏は現在、毎日新聞で「勝間和代のクロストーク」というコラムを書いています。勝間氏の率直かつ具体的な言論姿勢には私は共感しています(すべての著作を好きだとは言いませんが)。


勝間氏は最新コラムで



を取り上げ、少し前のコラムでは



を取り上げています。


私は前者の提案に関しては、地域そのものに格差がある以上、勝間氏のような策では教育格差は解消しないと考えますが、いずれにせよこのような形で公論が興っていることは注目に値するかと思います。


学校教育界において文部官僚は大きな力をもっております。文部官僚を動かすには財務官僚を動かさなければなりません。財務官僚を動かすには、相当に政治を動かさなければなりません。

しかし官僚も政治家も自分からは改革はしません。また、古今東西の歴史が証明するように、権力者はしばしば自己保身・自己利益のために権力を濫用します(これは人間が人間である限り避けがたいことなのかもしれません)。


そうなりますと、世の中を変えることなど不可能なのでしょうか。



いえ、私たちには人類的な遺産があります。


開かれた公正な議論により権力(power)を決定する民主主義という遺産です。



幸いウェブにより開かれた公正な議論をする環境は整えられました(無論、この環境も心ない狼藉者に荒らされたり、狡猾なテクノクラートにより秘かにコントロールされることもありますが)。


いかに固陋な官僚や政治家とて、開かれた公正な議論の理性的な蓄積には抵抗しがたいはずです。なぜならば民主主義という建前を否定することは官僚や政治家には(少なくともあからさまには)できないからです。


教師の皆さん、官僚や政治家がいつかあなたのために教育改革をしてくれることはありません。彼/彼女らは現状を知りません。知っているとしても自分の利益にならなければ身体をはっては動いてくれません(少数の例外の存在を信じたく思いますが、多くの官僚や政治家はそんなものでしょう)。


そもそも官僚や政治家は公僕(public servant)です。「公」の「僕(しもべ)」たる「公務員」は、日本国憲法が定める「主権」を有する私たち「国民」(日本国憲法前文および第1章第1条)「全体の奉仕者」(第3章第15条)であり、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利」(同)です。

国民「全体」という表現には私は強い違和感を覚えますが、それはそれとして、国民は自らの意思を明確にしなければなりません。(「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。(第3章第12条))。


困難な現場にいる方、あるいはそんな方をご存知のご友人の方は、どうぞできるだけ効果的なやり方で声を上げてください。事実に基づいた論理的な議論は理解を招くはずです。

どうぞ「私一人が声を上げたって世の中は変わらない」などとおっしゃらないでください。言葉尻をとらえますと、「私一人の声で世の中が変わってほしい。しかも今すぐに。」などというのは傲岸不遜で危険な考え方です。

複数の人間が、それぞれに理性的に考えた末の声を出し合えば、私たちはどんな一人の人間にも到達できない知恵に達することができるはずです。それが民主主義の遺産かと思います。



すみません、また熱くなりました (←レトロな単純熱血バカ 笑)。






2009年6月10日水曜日

宇江裕明先生(尾道市立吉和小学校)による「ことばへの気づきを育む外国語活動の在り方」

広島県尾道市立吉和小学校の宇江裕明先生による研究「ことばへの気づきを育む外国語活動の在り方」のパワーポイントスライドをここでご紹介させていただきます。

宇江先生は広島県のエキスパート教員制度で一年間研修され、その一環として毎月一度私と話し合って、研究をまとめました。

現場の優秀な先生というのは非常に頭がよいというのは、同じくエキスパート教員であった道面和枝先生の時にも感じましたし、また日頃もしばしば痛感することですが、宇江先生も、最初に「研究とは」「論文とは」といったことを一、二冊の本で学んだ後は、急速に自身の問題意識を研究実践に形成してゆきました。私がやったことといえば、適切な本を紹介することと、宇江先生の語りをよく聞いて、それを整理したり、問い直したりするだけでした。

今回ここでご紹介するのは、先日の成果発表会で使われたスライドです。発表時間が10分なので、分析の詳細などについては触れられていませんが、研究の内容、およびプレゼンテーションの仕方など、現職の小・中・高の先生方に参考になるかと思い、ここに宇江先生の承諾を得て、公開します。

宇江裕明先生(尾道市立吉和小学校)による「ことばへの気づきを育む外国語活動の在り方」のパワーポイントスライドをダウンロードするためにはここをクリックしてください。



なお、スライドはぜひ「スライドショー」モードでご覧になることをお薦めします。小学校教員の細やかな配慮がわかるかと思います。