2018年7月18日水曜日

Diane Larsen-Freeman (2017) Complexity Theory: The lessons continueのまとめ



これは今年の8/20-22に京都府立大学で開催される下記のセミナーでの講演のための準備の一環として作成した「お勉強ノート」です。

The 1st JACET Summer (45th) and English Education (6th) Joint Seminar (Kyoto, 2018)
Theme: Classroom research revisited: Who are the ‘practitioners’?



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Diane Larsen-Freeman (2017) 
Complexity Theory: The lessons continue

In Lourdes Ortega and ZhaoHong Han (eds.) 
Complexity Theory and Langauge Development
(pp. 11-50). Amsterdan: John Benjamins Publishing Company


■ Complexity Theory (CT) は "a metatheory"

以前、 応用言語学の世界にComplexity Theory (CT) --複合性理論と訳します-- が導入された時、この理論は比喩 (metaphor) としてとらえるべきではないかという論もあったが、著者はこれをメタ理論 (metatheory) と見るべきという見解をこの章で打ち出している。

■ Overton (2007, p. 154) によるメタ理論の定義

Larsen-FreemanはOverton (2007, p. 154) を直接引用してメタ理論を定義しているが、その引用を読んでもどこか気持ち悪いので、原典を参照したところ、Larsen-Freemanが省略記号抜きに原典の一部を取り除いた引用をしていることが判明した。ここでは原典を正確に引用し、その翻訳を提示する。

原典: A metatheory is a coherent set of interlocking principles that both describes and prescribes what is meaningful and meaningless, acceptable and unacceptable, central and peripheral, as theory - the means of conceptual exploration - and as method - the means of observational exploration - in a scientific discipline. In other words, a metatheory entails standards of judgment and evaluation. Scientific metatheories transcend (i.e., "meta") theories and methods in the sense that they define the context in which theoretical and methodological concepts are constructed. Theories and methods refer directly to the empirical world, while metatheories refer to the theories and methods themselves. (Overton, 2007, p. 154)

翻訳:メタ理論とは、互いに組合い連動する原則の集合であり、これにより何に意味がある・ない、何が認められる・認められない・何が中心的・周縁的であるかが記述され規範化される。これは科学の分野における理論(概念的探究の方法)でもあり、方法(観察的探究の手段)でもある。別の言い方をするなら、メタ理論は判断と評価の基準を有するものである。科学的なメタ理論は理論や方法を超越し(ゆえに「メタ」と呼ばれる)、理論的概念と方法的概念が構築される文脈を定義する。理論と方法が直接に参照しているのは経験的に実証できる世界であるが、メタ理論が参照しているのは理論と方法自体である。

原典
A Coherent Metatheory for Dynamic Systems: Relational Organicism-Contextualism
Overton W.F.
Human Development 2007;50:154–159
https://doi.org/10.1159/000100944
関連文献
Overton (2015) Taking Conceptual Analyses Seriously
doi:10.1080/15427609.2015.1069158


■ 複合性理論が克服している考え方

(1) 還元主義、(2) 単純な因果 (simple-causal links)、(3) 決定論 (determinism) (pp. 22-23)


■ 複合性理論は、単一因果要因を特定しようとする脱文脈的実験を疑う

翻訳:実際のところ、複合性理論の研究者は、第二言語発達 (second language development: SLD) の決定的な因果要因 (the causal factor) を特定しようとした脱文脈的実験 (decontextualized experiment) そのものに疑いをかけた。そのような研究方法はしばしばガウス(分布)の統計学を利用し、母集団を一つの固まり (a whole) として扱い、ばらつき (variability) をノイズや測定誤差として片付けてしまうか「外れ値」 (outliers) してしまった。かくしてこういった研究法は、第二言語発達の過程における個々人の行為主体的な役割 (the individual's agentive role) を捉えそこねてしまった。 (pp. 18-19)

関連記事
ウィキペディア:正規分布(ガウス分布)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E8%A6%8F%E5%88%86%E5%B8%83


■ 応用言語学で複合性理論を取り入れている研究のリスト

このpp. 24-25のリストはとても便利


■ 30の格言 (aphorisms)

Larsen-Freemanは、複合性理論が含意するところを、言語、言語学習者・使用者、言語学習、言語教育について30の格言で表現しているが、ここでは私にとって印象的だったものだけを翻訳する。(番号は格言につけられた番号)

これらが応用言語学における「新しい普通」 ("the new normal) (p. 28) となるとLarsen-Freemanは考えている(私もそうなるべきだと思う)。

8 言語学習者・使用者は特定の文脈で相互作用を行い、共に適応する過程 (a process of co-adaptation) 、つまりは対話者 (each interlocutor) が何度も相手に合わせる (adjust) 反復的で対話的な過程 (an iterative and dialogic process) の中で、頻度が高く、偶発的だが信頼のおける「形式-意味-使用」の構文 (frequent and reliably contingent form-meaning-use constructions) に出会う。 (p. 26)
※ ここでは "constructions" を「構文」と理解したが、この理解でいいのか今ひとつ自信がないので、識者の方のご教示をお待ちします。

9 学習者・使用者が文脈に適応するにつれ、文脈も変化する。うまくいく適応行動 (successful adaptive behavior) には、学習者・使用者が意味を伝え自分が意図していたように自らを位置づける (position themselves) 能力が必然的に含まれる (entail)。 (p. 26)

11 学習者は、他の言語の知識も含めて自分が知っていることの上に知識を形成 (build on) する。しかしこれは転移 (transfer) としてではなく、変容 (transformation) として考えられるべきだ。転移とは決して正確な表現ではない。「転移される」ものは、新しい文脈に叶う (suit) よう、再び働きかけれれる (reworked) のだ。 (p. 26)

13 学習者・使用者の言語的資源 (language resources) は、単なる過去の経験の記録ではない。言語の学習者・使用者は、自分自身のパターンを創り上げて (create their own patterns) 所与の言語記号論的可能性を拡張する (expand the semiotic potential) 活用力 (capacity) をもっており、ただ単に既成の体系 (a ready-made system) に合わせる (conform) のではない。 (p. 27)

14 発達には学習者の個人内と個人間でかなりのばらつきがある (intra- and inter-learner variability) 。それぞれの発達の軌跡 (developmental trajectory) は唯一 (unique) のものである。ゆえに、私たちは集団 (a group) の水準で主張をすることができたとしても、その主張が個々人に当てはまることを仮定することはできない。(しかしながら、個々の学習者から距離を置くことによって、さまざまな学習者特性 (learner profiles) を作り上げることは可能なのかもしれない)。  (p. 27)

15 さらに言うなら、いわゆる個人差 (individual differences) は固定的で一枚板の特性 (stable and monolithic traits) ではない。 (p. 27)

 21 さまざまな対話者との相互作用の歴史が経験の集積 (collections of experiences) となり、それが言語的・認知的・情感的・イデオロギー的な資源 (language, cognitive, affective, and ideological resources) になり、人はその資源を使用する。 (p. 27)

22 これらの資源の中には、身体的 (physical) (例えば身振りの使用)な資源もあれば、象徴的で複数の様態に関わる (symbolic and multimodal) 資源もある。 (p. 27)

 23 複合的なシステムにおいて重要なのは、そのシステムを構成する要素の相互依存的な関係 (interdependent relationship) である。そのような関係に注目することにより、効率的な因果性という単一存在的概念 (single-entity notions of efficient causality) は必然的に拒否される。 (p. 27)





追記 (2018/07/18)
上記のOverton  (2007) について若干の情報を補足しておきます。

■ メタ理論の特徴[要旨]
メタ理論はどの理論や方法に対しても存在する (ubiquitous) ものであり、モデル (models) やパラダイム (paradigms) とも呼ばれる。メタ理論にはいくつかの階層があるが、そのもっとも高次なものは世界観 (world view) と通常呼ばれる。 (p. 154)

■ メタ理論[翻訳]
いかなる分野においても、論理的一貫性と概念的連動性は体系化された実証的知識(すなわち科学的知識)の本体の根本的な特徴である。メタ理論はこの一貫性と連動性の源となるが、それはメタ理論が分野のもっとも基礎的なカテゴリーや構成概念を制定するからである。したがって、作動しているメタ理論を正確に解明することが、いかなる分野においても重要である。
In any field, logical consistency and conceptual coherence are fundamental features of the body of systematized empirical knowledge that is scientific knowledge. Metatheories are the source [of] this consistency and coherence because they establish the field's most basic categories and constructs. Consequently, a precise clarification of the metatheories operating within any field is critical.  (p. 155)



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