2010年11月14日日曜日

桜井章一(2009)『負けない技術』講談社+α新書

ヒクソン・グレイシー氏の本を買ったのには、氏を桜井章一氏が高く評価しているということがありました。私は桜井先生を―以下私が私淑している方は先生と呼ばせていただきます―甲野善紀先生の著書から知りました(Twitterはここ)。私が内田樹先生を知ったのも甲野先生の書かれた文章からでした。私は甲野先生を除いて、これらの方々に直接お会いしたことはありませんが、この方々は私に自分の人生を律することを教えてくださる大切な方々です。



桜井先生のこの本もずいぶん前に読んでおいて気になっていたのですが、グレイシー先生の本を読んで気になり再読しましたら、やはり深さを感じましたので、ここでも若干紹介させていただきます。桜井先生の著書は、近代的な生活で歪んでしまった私たちの心身に回復力を与えてくれるものかと思います。自分に「生きる力」が不足していると感じる方(特に「ゆとり世代」の若い人―こんな言い方はあまり好きではありませんが、やはり多くの若者を見ているとこう言わざるを得ません―)はぜひお読みください。


「勝つこと」ではなく「負けないこと」

この本のタイトルは「負けない技術」ですが、「負けないこと」は「勝つこと」と大きく異なると桜井先生は説明します。「負けないこと」は、動物にとっては「食われないこと」(=捕食されないこと)、植物にとっては「枯れないこと」と言い換えられるかとも思いますが、生物の本能に根ざすことです。生物は生物である限り「負けないこと」を目指します。

しかし「勝つこと」は本能を超えた人間的な欲望です。生き残るためには「負けないこと」だけで十分だからです。それを「負けない」だけでなく、相手を叩きのめしてしまいたい、自分が優位であることを見せつけたい―「勝ちたい」―と思い始めると、その欲望に限度がなくなり、人間は汚いことやずるいことも平気でするようになります。必要のない能力や争いを求めるようにもなります。


この「勝ちたい」という欲望は、現代社会が持っている欲望にとてもよく似ている。
勝ったまま死んでいく人はこの世にひとりとしていない。ただ、負けないように死んでいくということはできるかもしれない。(13ページ)



それではどうすれば「負けない技術」を身につけられるのか。桜井先生は次のように説明します。


「勝ちたい」という思考は自然界の中には存在しない。
自然界の中にいる動植物たちには「本能で生きる」、つまり「負けない」という普遍のスタンスがあるだけであって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
人がこの「負けない」力をつけるには、自然界の中にいる動物たちのように変化に対する動きと完成を磨くことである。
世の中のあらゆることは動いている。さまざまなものごとが絶え間なく動き、変化することで世の中が成り立っている。流れが止まれば生き物はたちどころに死に絶え、この世はこの世でなくなる。
つまり「生きる」ことは動きや変化に対応し、順応するということ。そしてそれは、あらゆる世界に通じる真理でもある。(4ページ)


「負けない」人間を育てるには、「褒めて育てる」ことに疑いをもてとも桜井先生は言います。


そもそも、「褒めてもらおう」という人間関係は卑しいものだ。褒めてもらいたいがために、自分の好みではなくても無理に取り繕って、褒めてもらえそうな行動をしようというのだから。(95ページ)

今の社会で生きる人すべてにいえるのは、褒められることを求めている一方で、とめどなく人の悪口を言って生きている、ということだ。
褒められたい人間は、褒められなくなると文句ばかりつけるようになる。それで世の中はクレーマーだらけになっていく。だったら、褒めること、褒められることなどを求めず、人の悪口を言わないようにしていけばいい。(96ページ)


格別に褒めることや褒められることを求めることなく、日常生活の一瞬一瞬を大切にすることを桜井先生は「平常心」と呼びます。


「平常心とは、なにがあっても揺れない心」と多くの人が解釈していると思う。だが、私の平常心に対する解釈はちょっと違う。私の考える平常心とは、日常という「常」を大事にすること。日々の暮らしを大事にする、そんな当たり前の気持ちこそが平常心なのだ。(154ページ)



私たちが「教育」と呼んでいる試みの中でも、私たちは「勝ち組」になることばかり教えて、日々の暮らしをないがしろにし、他人に冷酷になり、現状の枠組みには順応できるけれども、新しい変化にはまったく対応できない人間を育てようとしているのではないかと思うと恐ろしくなります。

いや他人のことより、自分が「勝ちたい」という欲望にまみれた人間であるかどうかを心配する方が先でしょう。



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