2009年11月20日金曜日

George Gopen & Judith Swan "The Science of Scientific Writing"

[この記事は『英語教育ニュース』に掲載したものです。『英語教育ニュース』編集部との合意のもとに、私のこのブログでもこの記事は公開します。]


国立のある研究所で自ら生命科学の研究を進めながら、同僚・後輩の英語指導をする役割も担っているある科学者の方と先日、数時間にわたって理系の方々のための英語教育について語り合う機会をいただきました。私は自然科学(生命科学)での英語使用・学習についての情報を頂き、その代わりに日本の英語教育の現状をお伝えし、私がこれまで読んで面白かった本も紹介しました。この語り合いに結論めいたものがあるとすれば、それは残念ながら現在の日本の英語教育は科学者に対して十分に貢献していないということです。

しかし悲観論ばかり言っていても始まりませんから、少しずつ問題点を解明してゆきたいと思います。

以下は、その方からいただいたメールの一部です。皆さんにとっても貴重な情報かと思い、ここにその方の承諾を得て、掲載します。


柳瀬さん
先日はありがとうございました。

ご紹介いただいた本をいくつか読んでみました。もしかして参考になるかもしれませんので、一科学者からの感想を書きます。上の3つが良かった物で、特に『理科系のための英文作法』がよかったです。

杉原厚吉 『理科系のための英文作法』(中公新書)
とても面白かったです。最も科学者に役だつ本だと思いました。前にご紹介したGeorge Gopenの理論に匹敵するものがあると思います。物理系の研究者は、ちょっと不思議な特徴的な日本語を書く人が多いのですが、そういった人に人気が出そうな本です。

戸田山和久 『論文の教室』(NHKブックス)
面白かったです。論証のところは英語でも、理系でも役にたつと思います。しかも私の読んだことがある論理学の本よりはずいぶん読みやすいです。ただ文章の書き方の教えの部分は、日本語に特化しているので、残念ながら英語で論文を書かなければならない理系大学院生には使えないと思います。

開米・森川 『ITの専門知識を素人に教える技 』(翔泳社)
これは良かったです。個人的には、これまで聞いたことがない情報がいろいろあり、なるほどというのも多くて楽しめました。ドラマチックパターンなどは、特に、プレゼンテーションにも使えると思います。

佐藤健 『SEのための「構造化」文書作成の技術』(技術評論社)
上の3つには負けますが、けっこうおもしろかったです。ただ日本語に特化している部分がほとんどなので、英語論文が必須の理系大学院生には使えないと思いました。

これ以降はほぼ互角という感じです。

(中略)

いろいろ読んでみて、工学系の人がいう「技術文書」というのと、理学系の人が書きたい「科学論文」というのは、かなり違うものだと感じ始めました。誤りがない明解さというのはもちろんどちらにも必要ですが、理学系の科学論文では、それに加えて、読者を洗脳して納得させるストーリー展開というのが、より重要になってきます。そこが、最も学生たちに教えたい部分で、どの本でも見つからない部分のような気がします。

(後略)



このメールで印象的だったのは、理学系の科学論文ではストーリー展開が大切だということです。これはカーネギーメロン大学で20年以上研究生活を続けられ、ロボット工学の分野で最先端の研究を行なっている日本人科学者が強調していることでもありました。

金出武雄『素人のように考え、玄人として実行する』(PHP文庫)

理系の方々に資するため、文系の人間はもう少し自らの本丸である「語り」についてきちんと研究をするべきなのかもしれません。

語りの構造として有名な本としてはケネス・バーグの『動機の修辞学』がありますが、恥ずかしながら私は持っているだけで未読です。比較的新しいところではジェローム・ブルーナーの『ストーリーの心理学』でしょうか。これは一度読んだだけになっていますので、再読したいと思います。


その文系的課題はともかく、上記の生命科学研究者が何度も強調したのがGeorge Gopenの書き方指南です。幸いこの人の考えの概要はネット上で知ることができます。


The Science of Scientific Writing
http://www.americanscientist.org/issues/feature/the-science-of-scientific-writing/



著者(George Gopen & Judith Swan)自身は彼らの主張を7つの原則に凝縮しています。ここではそれらを私なりにわかりやすいように意訳して掲載します。原文は下のURLでご確認下さい。
http://www.americanscientist.org/issues/feature/the-science-of-scientific-writing/9



1. 英語では主語を提示したら、できるだけすみやかにそれを受ける動詞を提示せよ。
2. 書き手が強調したい「新情報」は文頭でなく文末の「強調箇所」 (the stress position) に置け。
3. 文の話題である人・物は文頭の「トピック箇所」 (the topic position) に置け。
4. トピック箇所に「旧情報」(既に述べられた情報)を置き、前とのつながりを明示し、旧情報に続く新情報に関する状況を明確にせよ。
5. 英語では可能な限り、文の主語が行なう行為・行動・作用 (action) は名詞でなく動詞で表現せよ。
6. 読者に何か新しいことを考えさせる前には、そのための状況を明示することを原則とせよ。
7. 情報量と構文を対応させ、簡単なことは簡単な構文で、複雑なことは複雑な構文で表すことを原則とせよ。



さらに私がこの論文を読む中で重要と思った点を以下に箇条書きします。



A 情報提示に関する読者の期待には一定のパターン(「旧情報→新情報」)がある。そのパターンを守って情報を提示せよ。
B 書き手はしばしば次から次に頭に浮かぶ新情報をとりあえず文頭に書き留めてそれを読者にそのまま提示するが、そういった文章はしばしば「旧情報→新情報」のパターンに沿っていないものである。書き手の都合でパターンを崩すことは避けよ。
C 「旧情報→新情報」の提示パターンが崩れると、たとえ文の統語や単語が簡単でも読者は書き手の強調したいことがわからなくなり混乱する。
D 多くの科学的書き物は「旧情報→新情報」の提示パターンの乱れにより不必要に難しいものになっている。たとえ専門用語が多く出現しても、書き方の原則に適っていればわかりやすい文章になる。
E 文頭に新しい情報を満載しながら、それを受ける文末でたいしたことを言わなければ読者は読む気を失う。
F 文頭ではトピックが提示されるが、それはしばしば読者に文を読むための視点 (a perspective)や状況 (context) を示すものである。
G 文であろうが段落であろうが、一つのユニットには一つの機能しかない。それはポイントを一つだけ提示することである。ポイントの提示箇所は末尾の強調箇所である。
H 文全体の長さ、特に文頭部分と中間部分の長さを決めるには読者の思考の負担に配慮せよ。読者の「思考の呼吸」 (mental breath) の長さに合わせて文頭でトピックを提示し中間部分で説明を補え。
I 読者が丁度「息」を吐きたくなる頃に文末 (強調箇所) を作り新情報を提示せよ。そうすれば読者は報われた気持ちになるだろう。
J 強調箇所は文末で形式的に明確にで示される。文末を示すにはピリオドだけでなくセミコロンやリスト形式もある。思考の流れが続きながらも一文で表現することが難しい場合はセミコロンやリスト形式を使え。
K 一つの文の中に強調箇所が複数あるように読者に思われたら、それはその文が長すぎるということである。
L 書き手の考えは必ずしも書き手の期待通りには伝達されない。書き手は注意深く書いて、多くの読者を書き手の意図に沿った解釈に導くことができるだけである。「うまく書くこと」抜きに科学という文化は成立しない。科学者の仕事はデータの発見と報告だけではない。
M 「うまく書くこと」に規則はないが、原則はある。機械的に考えず柔軟に対応せよ。



多くのポイントは上記の7つの原則から導き出せるものかもしれませんが、BやCは十分頭に入れておくべきでしょう。またEやFも、文頭文を書く際に覚えておくべきことです。さらに「読者の呼吸」を考えたHとIそしてJは具体的な助言かと思います。

このThe Science of Scientific Writingは長いものではありませんので、どうぞ読者の皆さんもご自分でお読み下さい。





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