2018年11月16日金曜日

言語テスト問題の政治性に関する一連のツイート



私はネット・ユーザーの中でもおそらく古い世代に入るのか、SNSはあまり好きではありません。それでも以下のツイートには反応しました。私はSNSでの「ギロン」は嫌いで原則行わないのですが、今回は私が尊敬する研究者の方でしたので、例外的に疑問を呈しました。


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KIT Speakee Project @KITspeakee  Nov 14
CEFRができたそもそもの目的は,ヨーロッパ地域の労働力の流動性を高めること。人は「〜ができる」材に過ぎない。人生を深めたり楽しんだり,異文化を理解して助け合ったり,そういう目的のために外国語を学ぶことは視野に入っていない。
https://twitter.com/KITspeakee/status/1062689392093888513

Yosuke YANASE (柳瀬陽介) @yosukeyanase
Replying to @KITspeakee
先生の常日頃のツイート活動に心からの敬意を表します。しかし、CEFRについてのこのツイート(「CEFRができたそもそもの目的は,ヨーロッパ地域の労働力の流動性を高めること」)は断言が過ぎるのではないでしょうか。
 http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/plurilingualism.html#060616
https://yanaseyosuke.blogspot.com/2013/06/common-european-framework-of-reference.html
https://twitter.com/yosukeyanase/status/1062856193855504385


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この私の疑問に対して以下のようなお返事をいただきました。

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KIT Speakee Project @KITspeakee  Nov 15
Replying to @yosukeyanase
率直なご指摘に心から感謝します。色々な考え方があると思います。しかし,1970年代に動きが始まり,2001年にCEFRが発表されるまでの経緯を知る者にはそう見えます。既にオープンにものが言えなくなってしまっているのが残念ですが,同様の見方をしている研究者は少なくありません。
https://twitter.com/KITspeakee/status/1062863105233838080



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そのご教示を受けて出したのが以下の一連のツイートです。参照の便のためにこのブログにも掲載しておきます。ツイートの個別URL掲載は省略します。


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1/18 先生のご教示 https://goo.gl/y16Hh1 のおかげで、McNAMARA, T. (2011), Managing learning: Authority and language assessment. Language Teaching 4,4: 500-515の存在を知り、論文を読むことができました。感謝申し上げます。

2/18 この論文の趣旨はAbstract https://goo.gl/aA3tGx に書かれているとおりで、特にCEFR成立についての論文ではないものの、論証の過程 (p. 502) で、CEFRは、人権や民主的統治システムの推進よりも、labor mobilityの方に傾斜しているという主張 がされているということを確認しました。

3/18 私は現在 http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/plurilingualism.html#060616 などにまとめた以上の知識をもっていませんので、この主張に対して先生がこのツイート https://goo.gl/y16Hh1 でおっしゃったことは納得できました。ありがとうございます。

4/18 ついでながらこの  https://goo.gl/aA3tGx  の論文で面白いと思った箇所を何箇所か引用します。

5/18 引用1Cambridge itself is unclear about the correct calibration. ... So what is C1 on IELTS? 6? 6.5? 7? 8? (p. 505)  https://goo.gl/aA3tGx

6/18 引用2the limiting of the goals and meaning of language learning to functional, communicative objectives ignores the role of language learning in the subjective experience of the learner as an individual with a history, both personal and cultural. (p. 506)  https://goo.gl/aA3tGx

7/18 引用3 Managers love the CEFR and other standards-based frameworks all over the world because they make available a certain kind of quantitative accountability in a way that was not possible before. (続く)  https://goo.gl/aA3tGx

8/18 引用4But this all-too-ready surface translatability denies the untranslatable, the part of language and language learning which gives the enterprise value beyond labour force mobility. (p. 505)    https://goo.gl/aA3tGx

9/18 引用5The arguments of applied linguists are unlikely to be persuasive in themselves -- policy statements need policy action to alter them. (p. 512)  https://goo.gl/aA3tGx

10/18 引用6 what globalization itself demands is flexibility, and flexibility is precisely what is lacking in the universalizing outcome statements such as the CEFR, which are the lever of control of education systems and social policies involving language throughout the world. (p. 513)   https://goo.gl/aA3tGx

11/18 引用7 Applied linguists may not be at the forefront of this kind of work, but we can at least supply the arguments and the understanding to support the activity of those who are in a position to force the policy change that is clearly needed.  (p. 513)  https://goo.gl/aA3tGx

12/18 個人的感想1McNamara氏のようなテスティングの専門家の認識では、既に2011年時点ですらも国際的に、言語テストは政治的な問題になっている。言語テストについては、学術的な議論だけでは解決がつかない問題になっているのかもしれない。 https://goo.gl/aA3tGx

13/18 個人的感想2:政治的な問題になっているにせよ、応用言語学者や言語教育関係者、とりわけ(言語)テスティングの専門家は、その専門的知見をわかりやすくまとめて、政策決定に関係する人々および言語テストに影響を受ける人々に伝える責務をもつ。  https://goo.gl/aA3tGx

14/18 個人的感想3:言語テストが政治的な問題になってしまっているなら、民主主義政体の市民は、それぞれがそれぞれの立場でこの問題について発言し、互いの発言を聞きあって、世論を成熟させる責務をもつ。  https://goo.gl/aA3tGx

15/18 個人的感想4:私自身の自分勝手な願いを述べれば、言語テストの問題については、とりわけ、テスティングの専門家、および言語テストに直接影響を受ける生徒の代弁者となりうる現職教師(小中高大・民間)の方々のより多くの人数が意見表明をしてほしい(もちろん私もするべき)。  https://goo.gl/aA3tGx

16/18 個人的感想5:さまざまな方々が意見表明をするということが民主主義の成熟のためには重要であって、一部のオピニンオン・メーカーだけに頼ることなく、特に受験生をもつ高校の先生方には身近な実感を語ってほしい。RTをするだけでも沈黙を守るよりはいい。  https://goo.gl/aA3tGx

17/18 個人的感想6:社会的に重要な案件について発言することは勇気がいることだが、沈黙によって保身をしているだけなら、「間違いを恐れず(英語で)発言しよう!」などと教室で語るべきではない。 https://goo.gl/aA3tGx

18/18 個人的感想7:政治的な案件におけることばの怖さを私たちは理解しているが、それだからこそ、とりわけ言語教師は、そういった案件でことばを使い、自他のことばを成熟させることを自らの課題とするべきではないか。  https://goo.gl/aA3tGx

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私たちは今、まさに誰も正解を知らない時代に生きているのだなということを、私は最近毎日感じています。もちろん、そうでなかった時代などないわけですが、現代はまさにそのことを自覚して行動しなければと思っています。

そんな時の指針の一つは、以下のような書物に見られるのかもしれませんが、もちろん、これとて一つの見解に過ぎません。

伊藤穰一、ジェフ・ハウ著、山形浩生訳 (2017)
9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために』早川書房
http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/01/2017-9.html

数多くの試行錯誤を重ねて、それを省察することによって、日々学んでゆきたいと思います。



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