2018年4月4日水曜日

自分をごまかさないでください(学部新入生への挨拶)




以下は、本日午前中に行われた教英の講座入学式で私が行った挨拶の元原稿です。実際には以下の趣旨のことを、思いっきり口語口調で婉曲表現も使いながら語りました。新入生が深く広く学ぶことを切に願っています。



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自分をごまかさないでください


私が皆さんに申し上げたいことを一言でまとめるなら、それは自分をごまかすなということです。皆さんはこの春ずっと「おめでとう」と言われ続けていると思います。実際、大学で学ぶ機会を得るということは本当に喜ばしいことです。

しかしその浮かれた雰囲気の中で、皆さんが自分をごまかすようになることを私は恐れています。これから多くの先輩方が、楽しい教英の歓迎行事をたくさんしてくれるでしょう。Facebook などをやればどんどん「友達」ができて、「いいね」を押し合うことで毎日忙しくなるでしょう。「楽な単位の取り方」というものがどこからか流れてきて、それでみんな「大学ってこんなもんだよね」と思うようになるかもしれません。皆さんが自分をごまかしはじめるのはそういう時です。

皆さんが大学に進学した理由は何でしょう。皆さんがなすべきことは何でしょう。皆さんが自分に足りないと思っていることはなんでしょうか。皆さんが知らないことは何でしょう。皆さんが知らないことすら知らないことは何でしょう。

これから人工知能がどんどん発展していく中、学校教育はどう変わればいいのでしょうか。日本ではこれからどんどん人口が減っていきます。世界史上誰も経験しなかったようなこの事態に私たちは対応できるのでしょうか。

そういった懸念、あるいはまったく別の懸念を皆さんも自分なりに持っているかもしれません(それは、「自分は今まで言われたこと・周りから期待されたことをやるだけだったので、こういった懸念をまったくもっていない」という懸念かもしれません)。

どうぞそういった懸念に真正面から向き合ってください。大学時代はそれができる時代ですし、そうすべき時代です。

きわめて残念ながら、自分をごまかす学生さんもいます。そういった学生さんは、本当に自分がしたいことがわからなくなります。仮に卒業ができたとしても社会になかなか適応できません。あるいは仕事についたとしても、言われたことをやるだけで、自分が望む人生が送れないままの人もいます。さらには、自分の人生が不幸であるということを、他人を蔑視したり攻撃することでごまかしてしまう人もいます。

皆さんはどうぞ自分をごまかさないでください。

そして自分をごまかしている人たち同士で集って、「実は、自分は自分をごまかしている」という自己認識にすらももたないように自分をごまかすようにならないでください。これこそがジョージ・オーウェルが『1984』で描いた doublethink”(「二重思考」)の怖さです。

ここ最近、内閣、財務省、防衛省、厚生労働省さらには文部科学省といった日本の権力構造の最上部にいる人々が、なすべきでないことをやりながら、それをごまかしていることが次々に明らかになってきました。近代国家としての危機です。民間企業でも、日本を代表するような大企業がごまかしをやっていることも明らかになってきました。世界における日本の信頼が損なわれかねない事態です。しかしさらに怖いのは私たちの多くが「でもまあ、こんなもんでしょう」、「たいしたことはありませんよ」とこの事実をごまかそうとしているのかもしれないことです。

かつての日本は、自分をごまかして、さらにはそのごまかしをもごまかして「正しいこと」にしてしまった指導者層・エリート層によって、自滅的な戦争を行ってしまいました。今現在、戦争の可能性は少ないかもしれません。しかし、社会全体が、自分をごまかす人間ばかりになれば、別の形で災厄はやってくるでしょう。最初は弱者や「はみ出し者」に。最後は社会全体に。

皆さん、どうぞ大学では、人間にとって何が大切なことなのか、社会にとって何が大切なことなのかといった根源的な問いを大切にしてください。自分をごまかさず、自分にとって大切な問いを大切にしてください。

こう述べた上で、私は申し上げます。入学おめでとうございます。



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追記
ことさらに真面目で誠実な人のために、念のための補足をしておきます。「自分をごまかさない」ことを徹底すると、「なすべきことを欲しながらなしえない自分」という事実に直面します。そんな時に役に立つのが古代からの宗教的知恵ですが、選択肢はそれだけではありません。学問もあります。この事実を認めた上で形成される学問です(それは複合性 (complexity) という概念からも要請される学問のあり方です)。どうぞ皆さん、共に学問に励みましょう。



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