以下は、統合情報理論
(Integrated Information Theory) の公理の説明、および公理と公準を簡潔に要約した図の私なりの翻訳です。誤解・誤読・誤訳を恐れますので、何かお気付きの方はぜひお知らせください。
論文は以下からダウンロードできます(この論文は Open Accessです)。
Giulio Tononi, Christof Koch (2015)
Consciousness: here, there and everywhere?
(Phil. Tran. R. Soc. B. May 2015, Volume: 370 Issue: 1668)
DOI: 10.1098/rstb.2014.0167
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pp. 5-6.
(a) 公理: 意識の本質的な現象学的特性
統合情報理論は、意識を原初的なものとして捉え、経験の公理 (図3左) を最初に同定し、次に公理に対応する公準 (図3右) を物理的基盤
[77, 80] について導き出す。統合情報理論の公理は、私たち自身の経験に関する想定であり、それが理論の出発点となる。理想的には、公理は本質的
(すべての経験にあてはまる) であり、完全
(どの経験にも共有されているすべての本質的特性を含む) であり、一貫しており (矛盾がなく) 、独立している
(他の公理から導き出すことができない)。 現在の五つの公理が真に妥当で、完全で、独立しているかはまだわからない。5 五つの公理は、内的存在、構成、情報、統合、排除である。
(i) 内的存在
意識は存在する。私の経験は端的に存在している。まさにデカルトが4世紀前に実感的に理解したように、今ここでの私の経験が存在しているということ -- それが実在的であり現実的であるということ – こそは、私が直接的かつ絶対的に確信をもてる唯一の事実である。さらに、私の経験は、それ自身の内的視点から存在するものであり、外的な観察者とは独立している。
(ii)
構成
意識は構造化されている。どの経験もたくさんの現象学的区別から構成されている。これらの区別には基礎的なものもあれば高次のものもあるが、これらも存在しているといえる。例えば、私はある一つの経験の中で、本、青色、青色の本などといった区別をすることができる。
(iii)
情報
意識は特定的である。どの経験もそれ固有のあり方、つまり、特定の現象的区別の特定の集合によって構成されており、それゆえに他の可能な経験とは異なっている
(分化)。
したがって、真っ暗で無音であるの経験がそのようなものとして経験されるのは、とりわけ、その経験に光も音も、色も形もなく、本も青色の本もないからである。経験の性質上、その経験は私が持ちうる他の無数の経験とも必然的に異なっている。可能なすべての映画のすべてのシーンを考えてみるだけでもいい。そこにある視覚的知覚対象は、あらゆる可能な経験のほんの一部の部分集合であるにすぎない。
(iv)
統合
意識は統一されている。どの経験も、現象的区別からなる互いに独立した部分集合に還元できない。したがって、私が経験するのは目に見える景色の全体であり、視界の右側とは独立した視界の左側
(またはその逆) ではない。例えば、白紙の真ん中に
‘HONEYMOON’ と書かれているのを見るという経験を、左側に
‘HONEY’ を見る経験と右側に ‘MOON’ を見る経験との合算に還元することはできない。同様に、青色の本を見ることを、無色の本を見ることと形のない青色を見ることの合算に還元することはできない。
(v) 排除
意識は、内容と時空サイズにおいて確定的である。どの経験にも、それ固有の現象的区別の集合があるが、それはそれ以下のもの(部分集合)でもそれ以上のもの(上位集合)でもない。また、どの経験もそれ固有の速度で経験されるが、その速度はそれよりも速くも遅くもないものである。したがって、今、私が有している経験は、寝室のベッドの上にある自分の身体、本箱にある何冊かの本、その中の一冊の青色の本を見ていることであるが、私はそれ以下の内容をもつ経験を有してはいない
-- 例えば、青色/青色以外や有色/無色といった現象的区別を欠く経験をしているわけでなない。また、私はそれ以上の内容をもつ経験を有しているわけでもない
-- 例えば、高血圧/低血圧という現象的区別が加わった経験をしてはいない。同様に、私の経験は固有の速度で経験される。今の私のどの経験も百ミリ秒程度のものであり、私は数ミリ秒しかない経験をしているわけでも、数分や数時間にわたる経験をしているわけでもない。
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p. 7
公理: どの経験にも当てはまる本質的特性
公準: 物理的システム
(ある状態にある複数の要素)が経験を生み出すために有していなければならない特性
内的存在
公理: 意識は内的に存在する。どの経験も実在するが、その実在はそれ自身の内的視点からの実在であり、外的観察者とは独立している
(つまり内的に実在している)。
公準: 経験を生み出すためには、ある状態にあるメカニズムからなるシステムが内的に存在していなければならない。内的に存在するためには、そのシステムは因果の力を有していなければならず、それ自身の内的視点から存在するためには、システムは自分自身に対しての因果の力を有していなければならない。システムの現在のメカニズムと状態は、自分自身の一部の過去と未来の状態の確率に対して「差異を生み出す」ことができなければならない。
構成
公理:意識は構造化されている。どの経験も現象学的な区別により構成されている。その区別には基礎的なものもあれば高次のものもあるが、どの区別も意識の中に存在している。
公準: システムは構造化されていなければならない。システム要素の(さまざまな組み合わせで構成された)部分集合は、システムに対して因果の力を有していなければならない。
情報
公理: 意識は特定のものである。どの経験もそれ固有のあり方を有する (特定の現象学的区別を有する特定の集合から構成されている)。ゆえに、どの経験も他の可能な経験とは異なっている (分化)。
公準: システムは、それぞれの経験にとっての固有のあり方である因果の構造を特定できなくてはならない。かくして、システムはそのシステム特定のあり方であるということによって、その他の可能な構造と異なっていなければならない
(分化)。
因果レパートリーは、ある状態下のあるメカニズムが有するすべての可能な因果についての確率を特定する。因果の構造とは、システムの要素からなるすべての部分集合によって特定される因果のレパートリーの集合であり、そのシステムが可能空間においてどのように現実の形態をとりうるかを表現する。
統合
公理: 意識は統一されている。どの経験も、現象的区別から構成される互いに独立した部分集合には還元できない。
公準: システムにより特定される因果の構造は統一されていなければならない。システムは、最も弱い
(一本の) 分割線 -- MIP (最小情報分割) -- で分割された、互いに独立した下位システム
(Φ > 0)
により特定されるシステムには還元できない。
排除
公理: 意識は、内容および時空サイズにおいて確定的なものである。どの経験も現象学的区別の集合からなるが、その集合はそれ以上でも以下でもない。どの経験もある速度で経験されるが、その速度はそれ以上でも以下でもない。
公準: システムによって特定される因果の構造は確定的なものでなければならない。要素の数がそれ以上でも以下でもない数からなる要素から構成され、時空サイズがそれよりも速くも遅くもない時空サイズを有する唯一の集合によって特定されていなければならない。これは、内的に最大の還元不可能な
(Φmax) 因果の構造であり、これは概念構造と呼ばれる。概念構造は、最大の還元不可能な最大の因果レパートリー (概念) から構成されている。
図3 統合情報理論 (IIT) の公理と公準。挿絵は Ernst
Machの「左目からの視界」 [84] に色をつけたものである。図4のメカニズムも参照のこと。
このFigure 3は、下のURLから直接見ることもできます。
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