沖縄のいわゆる「集団自決」(以前の言い方なら「玉砕」。ある人々の主張では「強制集団死」)に関しては、今年、教科書検定での教科調査官による記述削除の検定意見、それに抗議しての沖縄での県民大会、その大会参加人数に関する論争、検定意見の再修正、それに関する論争などと激しい動きがありました。私の邪推に過ぎませんが、この揺れ動きの背後には、参議院選挙での自民党の敗退、安倍首相の急失速的退陣などの要因があったのかもしれません。
しかしこれらの動きや論争で、どのような立場をとろうと、どのような意見を持とうと、戦争によって、無実の人がむごたらしい生き地獄に落とされ、多くの人が命を失い、生き残った人々も深い傷を身体と心に負い続けなければならないことに反対することでは一致するはずです。
我々が生身の人間である限り、戦争というのがどれほど言語に絶する悲劇をもたらすのかということは、戦争の事実を知る限り否定のしようがありません。
戦争は起こしてはいけない。一度起こしてしまった戦争を止めることは、恐ろしく困難であることは、ベトナム戦争時の国務長官であったロバート・マクナマラもドキュメンタリー映画 “Fog of War”で証言している通りです。
歴史の事実に学ぶ限り、戦争がいかに人間を蹂躙するか、そして戦争は一度起こるとどれほど止めがたいかということは、イデオロギーや考えの違いを超えて、私たちは共通に合意できることではないでしょうか。
しかし、私たちは(私も含めて)おそろしく歴史の事実を知らない。というより知ろうとしない。目の前の仕事あるいは快楽に自分を埋没させてしまう。しかし長期的に考えれば、私たちが戦争をできうる限り引き起こさないこと、一度起きてしまった戦争はできうる限り速やかに集結させ、外交的・政治的手段での解決にもってゆくことを学ぶことほど大切なこともないのかもしれません。
このDVD付きの小冊子は、広島経済大学の岡本貞雄先生のゼミ生が沖縄戦跡を三日間歩き通し、戦争の悲劇を少しずつ学び、そして元白梅学徒退院の中山きくさんの証言を得るまでを記録したものです。メインはDVD映像と言えるかもしれません。ぜひ中山きくさんの事実だけを語る、凛とした証言と、ゼミ生の静かな変化の様子を見てください。
多くの中高生が修学旅行で沖縄を訪れます。その中で、沖縄の史実に学び、戦争と平和といった大きなレベルだけでなく、日常生活のいじめを防ぐなどの身近なレベルでも成長する中高生もいれば、戦跡の前でにやけたピースサインで「イェー」と言いながら写真に写る中高生もいます。沖縄に修学旅行に生徒を連れて行く先生方は、ぜひこの1000円あまりの小冊子つきDVDを買ってご覧ください。
もちろん教師だけでなく、私たちが沖縄を含む日本国に住む限り、いや、私たちが同じ生身の身体を持ち、むごたらしく殺されることを拒む人間である限り、ぜひぜひ機会を見つけてこのような歴史の事実に学びましょう。
私自身歴史を知らない人間として、このような小文を書く次第です。
→オンライン購入は、たとえばこちらで。
2007年12月29日土曜日
2007年12月21日金曜日
松井孝志先生のブログ 大学入試、および「教育学博士」について
敬愛する松井孝志先生のブログ「英語教育の明日はどっちだ!」を私は愛読していますが、2007/12/20の記事Anniversaryは特によかったと思いますので、このブログでも紹介させていただきます。
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20071220
(進学校での)高校教育の最終目的を大学入試問題への対策とするのではなく、
ことするように取り組む、というのは至言だと思います。
また「教育学博士」について、スタイナーを引用した上で、
と述べておられます。「実践」と「学問」の安直な同一化を図って両者を駄目にしてしまうのではなく、両者の矛盾と緊張関係を我が身に引き受けながら、「実践」を行い、「学問」を行い、両者をそれぞれに進化させることが必要ということを、松井先生は師匠の(反語)表現に読み取っている、と私は解釈しました(間違っていたらごめんなさい)。
もちろん「(英語)教育学」といった分野では、この「実践」と「学問」の間の矛盾と緊張を忘れたままに、ひたすら片方だけに安住することは目指すことではないといえるでしょう。分断化でもなく、同一化でもなく、他方の存在を痛みとして感じながら一方に従事し、また次の時にはその役割を交換して、両者の間を往復し続けることが必要なのかもしれません。
上記ブログ、ぜひお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20071220
(進学校での)高校教育の最終目的を大学入試問題への対策とするのではなく、
もっと得体の知れない、出口がどこにあるのか、そもそもゴールを目指しているのかも怪しいような足取りの中で藻掻き苦しむ間に入試というハードルを既にクリアーしている
ことするように取り組む、というのは至言だと思います。
また「教育学博士」について、スタイナーを引用した上で、
私の師匠は「大学で学ぶことは須く机上の空論で良い」と喝破した。「その論が何故、現場で窒息するのかを身をもって体験する」ことを私(たち弟子)に求めていたのだと思う。では、「教育学博士」は教室に何をもたらしてくれるだろうか?紋切り型ではないとはいえ「答え」を求めている時点で、すでに泥沼に嵌っているのかもしれない。問い続けることにこそ意味があるのだろう。
と述べておられます。「実践」と「学問」の安直な同一化を図って両者を駄目にしてしまうのではなく、両者の矛盾と緊張関係を我が身に引き受けながら、「実践」を行い、「学問」を行い、両者をそれぞれに進化させることが必要ということを、松井先生は師匠の(反語)表現に読み取っている、と私は解釈しました(間違っていたらごめんなさい)。
もちろん「(英語)教育学」といった分野では、この「実践」と「学問」の間の矛盾と緊張を忘れたままに、ひたすら片方だけに安住することは目指すことではないといえるでしょう。分断化でもなく、同一化でもなく、他方の存在を痛みとして感じながら一方に従事し、また次の時にはその役割を交換して、両者の間を往復し続けることが必要なのかもしれません。
上記ブログ、ぜひお読みください。
2007年12月18日火曜日
田尻科研シンポに寄せられた感想(その7)
田尻科研シンポにさらに寄せられた感想をご紹介します。田尻科研メールアドレスのチェックを怠り、掲載が遅くなったことをお詫びします。もしまだご感想をお寄せになりたい方がありましたら、yosuke@hiroshima-u.ac.jp にお送りくだされば幸いです。
あ、それからF先生、満月の印象ありがとうございました。また、U先生、その通りです。私たちは「めちゃくちゃ,楽しかった」です。
*****
H県のF先生のご感想
遅くなりましたが、感想は絶対書こうと思っていたので今書いている次第です。
すでに柳瀬先生のHPで感想を数点見ているのですが、私なりの感想を脈絡なく挙げてみます。
個人的に、田尻先生の講演はこれで3年連続になります。時期も同じ11月です。最初の2回は広島国際大学人間環境学部主催のものでした。無料でしたので、交通費だけで受講できました。
2回目は1回目よりも時間が随分長くなっていましたが、それでもまだ聞きたかったです。
今回の田尻先生のレジュメの最後に、"The Long and Winding Road"がありましたが、時間切れでカットとなりました。1回目か2回目だったかよく覚えていませんが、"Happy Xmas (War Is Over)"がありました。このときも時間切れでしたが、質疑応答のときに思い切って「田尻先生ならこれを使ってどう授業するんですか」と聞いたところ、わざわざ時間を割いてやってくださいました。私も授業で英語の歌を鑑賞するのですが(自分の持っているCDからなのでどうしてもハード・ロック中心ですが)、たまたま前年にこの曲を扱ったので特に興味がありました。「王様」のCDまではできそうでしたが(今年もやっています)、その後のNew Yorkの"Yes. I Want It."の映像にはたまげました。今回も聞きたかったなあ。
ライフヒストリーでよくわかったのですが、ポプコンか何かのコンテストでグランプリを受賞するほどまで音楽を極めているのならば、あんな授業ができて当たり前です。私などは、ごく個人的にエレキギターを弾いてハード・ロックしているにすぎないので、恐れ入りましたという瞬間でした。電子ドラムも買ったので、田尻先生のごとく練習に励もうと思っています。
大津先生の小学校英語シリーズはもちろん、『英語学習7つの誤解』をちょうど読み終えた頃だったので、直接お会いできて、お話が聞けてよかったです。MITでChomskyじきじきにPh.Dを取得された話、変形生成文法を大学院でかじった私にとっては、まさにヒーローとなりました。
柳瀬先生は英語教員ブラッシュアップ研修の初年度に講義を受けて以来のファンです。達人セミナー、H県英語部会などことあるごとにお目にかかっています。達セミではペアワークの相手もさせていただきました。先生の集中入出力訓練は5年前から授業改革の中心になっています。今回のルーマンの理論を用いて田尻先生を切る手法、いかにも柳瀬先生らしかったです。HPで原稿をゆっくり読むつもりです。
田尻先生がものすごいのはよくわかるのですが、私はいろんな先生の話や実践がミックスして、自分なりの解釈を加えて試行錯誤している感じです。情熱という意味では、どの先生もすばらしいので、講演を聴くたびに気合が入ります。「教育は愛だ」なんて昔はこれぽっちも思いませんでしたが、今はまさに愛だと思います。
最後に、すばらしい教師は生徒の「心に火をつける」はドアーズですよね。昨日プロコル・ハルムの「青い影」の特集を見ていて(やっと)気づきました。
最後まで行こうかどうしようか迷ったのですが、行ってよかったです。こんなに全国から集まっていたことを知ると貴重な一日だったんだと改めて思います。帰りに見上げた空の満月が印象的でした。
*****
H県のU先生のご感想
柳瀬先生はじめ,科研シンポジウムに関わった皆々様
まず,広島という場所で,あのようにすてきなシンポジウムを開いてくださったこと本当に感謝します。ありがとうございました。
科研シンポジウムからはや3週間が経ちました。シンポジウム当日は,とにかく「楽しかった~」。いろんな話が聞けたことはもちろんですが,あの場にいただけでパワーをもらえたように思います。それは,発表された先生方が本当に楽しそうだったことも関係があるんだろうなあと思います。めちゃくちゃ,楽しそうでした。
その後3週間,折に触れてあのときの話,実践を思い出し,最近は自分の現場にあわせてどう参考にできるか,具体的に考えているように思います。私は日本語を教えていますが,田尻先生の実践で紹介してくださったことの根底にあるものは,言語や教科を超えていると思います。田尻先生の話を思い出すたび,「学習者」ではなく教師(自分)・学校・教える内容などに起因する様々な問題点が浮かび上がり,反省しまくっております。
が,そこはシンポジウムを聞いた者ですから,田尻先生になろうとはしていません。どこまでいっても,要は「自分」。できない猿真似をしても仕方がない。自分なりに,今の状況や今の自分の力(ちっぽけです)で何ができるか考え,その中で最大の努力をする。それしか方法はないんだろうなと思います。(「しか」と書きましたが,それ「すら」大変なことです)誰でも初めからできる人はいないし,誰でも初めから優れた教師であったわけではない。その言葉を胸に,少しずつ前に進めたらいいなあと思います。
語学でも,教科でも,なんでもいいから,それに触れた人が少しでも「楽しい」「幸せ」と思えるような時間を作れるといいなあと思いました。田尻先生の実践をみても,シンポジウムを見ても。
またいつかどこかで,あのような楽しい時間が持てますように。来年6月の沖縄でも田尻先生のセミナーがあるとか。行きたいです。本当にありがとうございました。
あ、それからF先生、満月の印象ありがとうございました。また、U先生、その通りです。私たちは「めちゃくちゃ,楽しかった」です。
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H県のF先生のご感想
遅くなりましたが、感想は絶対書こうと思っていたので今書いている次第です。
すでに柳瀬先生のHPで感想を数点見ているのですが、私なりの感想を脈絡なく挙げてみます。
個人的に、田尻先生の講演はこれで3年連続になります。時期も同じ11月です。最初の2回は広島国際大学人間環境学部主催のものでした。無料でしたので、交通費だけで受講できました。
2回目は1回目よりも時間が随分長くなっていましたが、それでもまだ聞きたかったです。
今回の田尻先生のレジュメの最後に、"The Long and Winding Road"がありましたが、時間切れでカットとなりました。1回目か2回目だったかよく覚えていませんが、"Happy Xmas (War Is Over)"がありました。このときも時間切れでしたが、質疑応答のときに思い切って「田尻先生ならこれを使ってどう授業するんですか」と聞いたところ、わざわざ時間を割いてやってくださいました。私も授業で英語の歌を鑑賞するのですが(自分の持っているCDからなのでどうしてもハード・ロック中心ですが)、たまたま前年にこの曲を扱ったので特に興味がありました。「王様」のCDまではできそうでしたが(今年もやっています)、その後のNew Yorkの"Yes. I Want It."の映像にはたまげました。今回も聞きたかったなあ。
ライフヒストリーでよくわかったのですが、ポプコンか何かのコンテストでグランプリを受賞するほどまで音楽を極めているのならば、あんな授業ができて当たり前です。私などは、ごく個人的にエレキギターを弾いてハード・ロックしているにすぎないので、恐れ入りましたという瞬間でした。電子ドラムも買ったので、田尻先生のごとく練習に励もうと思っています。
大津先生の小学校英語シリーズはもちろん、『英語学習7つの誤解』をちょうど読み終えた頃だったので、直接お会いできて、お話が聞けてよかったです。MITでChomskyじきじきにPh.Dを取得された話、変形生成文法を大学院でかじった私にとっては、まさにヒーローとなりました。
柳瀬先生は英語教員ブラッシュアップ研修の初年度に講義を受けて以来のファンです。達人セミナー、H県英語部会などことあるごとにお目にかかっています。達セミではペアワークの相手もさせていただきました。先生の集中入出力訓練は5年前から授業改革の中心になっています。今回のルーマンの理論を用いて田尻先生を切る手法、いかにも柳瀬先生らしかったです。HPで原稿をゆっくり読むつもりです。
田尻先生がものすごいのはよくわかるのですが、私はいろんな先生の話や実践がミックスして、自分なりの解釈を加えて試行錯誤している感じです。情熱という意味では、どの先生もすばらしいので、講演を聴くたびに気合が入ります。「教育は愛だ」なんて昔はこれぽっちも思いませんでしたが、今はまさに愛だと思います。
最後に、すばらしい教師は生徒の「心に火をつける」はドアーズですよね。昨日プロコル・ハルムの「青い影」の特集を見ていて(やっと)気づきました。
最後まで行こうかどうしようか迷ったのですが、行ってよかったです。こんなに全国から集まっていたことを知ると貴重な一日だったんだと改めて思います。帰りに見上げた空の満月が印象的でした。
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H県のU先生のご感想
柳瀬先生はじめ,科研シンポジウムに関わった皆々様
まず,広島という場所で,あのようにすてきなシンポジウムを開いてくださったこと本当に感謝します。ありがとうございました。
科研シンポジウムからはや3週間が経ちました。シンポジウム当日は,とにかく「楽しかった~」。いろんな話が聞けたことはもちろんですが,あの場にいただけでパワーをもらえたように思います。それは,発表された先生方が本当に楽しそうだったことも関係があるんだろうなあと思います。めちゃくちゃ,楽しそうでした。
その後3週間,折に触れてあのときの話,実践を思い出し,最近は自分の現場にあわせてどう参考にできるか,具体的に考えているように思います。私は日本語を教えていますが,田尻先生の実践で紹介してくださったことの根底にあるものは,言語や教科を超えていると思います。田尻先生の話を思い出すたび,「学習者」ではなく教師(自分)・学校・教える内容などに起因する様々な問題点が浮かび上がり,反省しまくっております。
が,そこはシンポジウムを聞いた者ですから,田尻先生になろうとはしていません。どこまでいっても,要は「自分」。できない猿真似をしても仕方がない。自分なりに,今の状況や今の自分の力(ちっぽけです)で何ができるか考え,その中で最大の努力をする。それしか方法はないんだろうなと思います。(「しか」と書きましたが,それ「すら」大変なことです)誰でも初めからできる人はいないし,誰でも初めから優れた教師であったわけではない。その言葉を胸に,少しずつ前に進めたらいいなあと思います。
語学でも,教科でも,なんでもいいから,それに触れた人が少しでも「楽しい」「幸せ」と思えるような時間を作れるといいなあと思いました。田尻先生の実践をみても,シンポジウムを見ても。
またいつかどこかで,あのような楽しい時間が持てますように。来年6月の沖縄でも田尻先生のセミナーがあるとか。行きたいです。本当にありがとうございました。
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