2017年12月4日月曜日

Akira Tajino (ed.) (2017) A new approach to English pedagogical grammar: The order of meaning. Routledge


日本ではたとえば "I if become soccer player is play hard" といった英文といった英文を書く学習者は珍しくありません。日本語話者にとって英語の語順の体得は容易なことではないからです。そういった状況下で田地野彰先生が提唱した「意味順」という考え方そして教育実践は、多くの教師・学習者にその有効性を認められているのではないでしょうか。この意味順を数々の著作(たとえば『意味順英語学習法』など)を通じて体系化して多くの人々に普及させた田地野先生の長年の努力の意義は大きいと思います。

今回その田地野先生が上梓したのは、この「意味順」という日本産の考えを、Routledgeという国際的な出版社を通じて世界各地のより広い層に訴え、英語教育・外国語教育の知的財産を豊かにする英文著作です。

私見にすぎませんが、応用言語学の世界ではESL(第二言語としての英語)とEFL(外国語としての英語)という概念区分はされているものの、後者の「目標とする言語が日常的に周りで使われていない状況」での英語学習について、英語圏での出版物はまだまだ理解が足りないようにも思えます。そういった状況の中でEFLの中で生み出された考え方が、英語圏でも読まれるということの意義は大きいと思います。

「意味順」に基づく文法を、田地野先生はこの本ではしばしば MAP Grammarと呼んでいます。"Meaning-order Approach to Pedagogical Grammar"  を略した言い方ですが、この用語の背後には、英語の初学者が文法書の中の多くの概念の中でコミュニケーションにとってもっとも重要な文法概念を見失うことがないように、あえて簡略化した文法図式(意味順)を一種の「地図」 (map) として提示するという教育学的配慮があります。学習者の負担と受益のバランスを考えて文法を提示するこのMAP Grammarは、一般の文法書を水で薄めて「学習者用」と称するよりも文法書よりも、いっそう「教育文法」 (pedagogical grammar) という名称にふさわしいのではないでしょうか。

田地野先生の「序論」 (p.1) 冒頭を翻訳してみます。

文法と言語使用について問題を抱えている学習者を私は多く見てきた。・・・そういった学習者は、どこから始めたらいいのかわからないと言う。・・・学習すべき専門用語がありすぎるし、おまけに規則は例外だらけのように思えるのだ。 (Sinclair, 2010, p.2; 強調は田地野)

教師・教師教育者として第二言語・外国語として英語に関わっている私たちはおそらく上の引用に同意するだろう。私たちの経験からは次のことが言える。1) 学習者は文法のどこから始めたらいいのかがわからないでいるが、これは文法のロードマップ (road map) が学習者に与えられていないからである。2) 教えて学ばれるべき専門用語(例、主語、目的語、補語)が多くあるのだが、これを教師は文法を説明するために使わなければならないと思い込んでおり、文法を利用することを促すために使うべきだとは思っていない。3) 教えて学ばれるべき文法項目も多くあるがこれらは体系的に整理されておらず、多くの場合、学習者にとっては恣意的でしかないリストの形で提示されている。これらの要因で英文法を教え学ぶことが困難になっているのだろう。

こういった問題意識から構築されたのが意味順による教育文法、MAP Grammarです。それを世界各地の英語圏の読者にも伝わるような問題意識と理論構成でもってまとめたのが本書です。

田地野先生はこの本の企画を日頃から意味順を使って教育実践を行っている中高教師やこの意味順が外国語教育のさまざまな論点に及ぼす意味合いを深く理解している研究者などに広く呼びかけて、それらの人々を執筆者として加えることによってこの本を完成させました。私は、大津由紀雄先生が編集された『学習英文法を見直したい』の中に書いた論考(「コミュニケーション能力と学習英文法」(pp.52-65) に注目していただき、この本の企画に誘っていただきました。

本の内容については、Routledge社のホームページ を見ていただければわかるように、三部構成となっており、意味順文法の概要とその理論的位置づけを扱う第一部、意味順文法と外国語教育の諸論点との関連を扱う第二部、意味順文法の実践報告などを扱う第三部の順で、合計21の章が掲載されています。

私は第一部の第二章 (Pedagogical grammar: How should it be designed? pp.26-38) を原稿を書かせてもらいました。ただ田地野先生からは「普通の英語教師の人にもよくわかるように書いてください」と何度も釘を刺されていましたので(笑)、今回はとにかくわかりやすさを意識して、ダマシオの神経科学の概念やルーマンの意味理論の考え方といった、『学習英文法・・・』以後に得た知見を追加して意味順文法の理論的意義をわかりやすく解説したつもりです。

ここではその論考の冒頭2段落を日本語に翻訳してお示しします。


象に乗った少年を想像してほしい。少年は自分がどこに行きたいかがわかっているのだが、象は必ずしもそこへは行ってくれない。この少年は、第二言語学習者を喩えたものである。第二言語学習者は第二言語の文法を教えられたが、必ずしもその知識を実際のコミュニケーション行為に活かせない。言い換えるなら、意識的な知識が必ずしも行為につながらないのだ。第二言語学習者は象に乗った少年のように困惑している。

私たちは教育文法を通じて、第二言語学習者が第二言語でコミュニケーションをすることを支援したい。この章では、どうすればそのような支援をすることが可能なのかについて検討する。私の考えは、そのためには教育文法の概念を変えて、教育文法を分析者の視点ではなく使用者の視点を取る文法としなければならない、というものだ。使用者の視点からの教育文法は、言語使用のために意味を活用する。教育文法は、理論的圧縮数学的圧縮ではなく、意味的圧縮を使うということだ。だがこれらの新たな専門用語については後でゆっくり説明する。私たちの議論は、基本用語である文法を検討することから始めることにしよう。その検討により、非意識水準で身体化している文法は、意識水準で脱身体化している文法とは異なるということを明らかにしてゆきたい。


と、翻訳してみても、やっぱり用語が多いのでわかりにくそうですが(汗)、この章を読み終わる頃にはこれらの用語がわかるだけでなく、文法だけではなく意識や意味についてについても新たな理解が得られるように書いたつもりですので、よかったらお読みください。

とはいえ、この本は(少なくとも今は)ハードカバー版と電子書籍でしか出ておりません。ハードカバー版は高いので、教育機関にお勤めの方でもしご自身および学生さんが読む図書の予算をおもちの方があればご購入いただけたら幸いです。私の章はともあれ、このEFL的な意味順の考え方と実践についての研究書が英語で出版されたという意義は大きいと思いますので。







追記(2017/12/07)

この本は現在アマゾンでは在庫切れ状況ですが、下のRoutledgeのサイトからでしたら現在は割引価格・送料無料で購入できるそうです。

https://www.routledge.com/A-New-Approach-to-English-Pedagogical-Grammar-The-Order-of-Meanings/Tajino/p/book/9781138227118

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