2013年8月2日金曜日

想像力と論理力の統合としての思考力について



先日「実践者として現場で考えるための方法論」で話をした内容に基づき、「思考力」を自分なりに定義してみました。思考力、つまりは考える力をそれなりに概念理解していないと、学生さんらに「考えろ!」と言っても、ことばが空回りして説得力が出て来なかったりするからです。

といいましても、この定義は私のオリジナルということではなく、基本的な枠組は、栗田哲也  (2012)  『数学による思考のレッスン』ちくま新書に基づき、想像力・構想力  (imagination, Einbildung) についてはマーク・ジョンソンカントの論を参考にしたものです。

また思考力などといった大きなトピックについて私が決定的な定義を出したとも思っていません(笑)。しかし、今のところ、このように思考力を定義すると便利なように思えますので、私の作業仮説としてこのように思考力を定義している次第です。


さて、その私の仮説的定義としての思考力は以下のようなものです。


1 思考力は、想像力と論理力の統合である。 
2 想像力は、想起力と構想力からなる。 
2.1 想起力とは、これまでに存在した物事の中から、直面している課題と関連のありそうな物事を想い起こす力である。 
2.2 構想力とは、これまでに存在しなかった物事を、心像として整合的に想い描く力である。
3 論理力は、分析力と展開力からなる。
3.1 分析力とは、これまでに存在した物事を、直面している課題の解決のために、過不足や矛盾なく要素分解する力である。
3.2 展開力とは、これまでに存在しなかった物事を、要素を新たに組み合わせて演繹的に導出したり、要素の内部条件を少し変えた上で組み合わせて拡張的に導出したりする力である。



図示すると次のようになります。




追記:書き忘れていましたが、想起力を育むには実生活体験、構想力を育むには芸術体験(音楽や美術などの狭義の「芸術」だけでなく文芸や武芸も含む広義の「芸術」 --江戸時代の言い方--)、分析力を育むには自然科学の学び、展開力を学ぶには数学の学びなどが典型的に有効かと私は考えています。


この話を大学院の授業中に少しだけしたら、ゼミ生のSS君が面白がってくれて、以下の文章を書いてくれました。本人の許可を得た上で、ここに彼の文章を掲載します。

彼の「想起力」は、当該課題(バトミントン)のことだけのことであり、比喩・類比的な想起を含んでいませんが、それ以外では私が定義した形でバトミントンにおける思考についてまとめてくれたので、私としては大変面白く読みました。

読者の皆様におかれましても、次の文章を読んでくださることによって、もしかすると「日常の暮らしの中で考える」ことについてのいくらかの洞察を得ることができる方もいらっしゃるかもしれないと思い、掲載する次第です。


(補記:ちなみに授業では、私のとりあえずの考えとして上の「展開力」を「演繹力」としていましたが、やはり「演繹」と「拡張」は異なり、「演繹」だけを取り上げるのは不十分ですので、「演繹力」と「拡張力」の両方を意味する語として「展開力」という用語を使います。下のSS君の文章に使われていた「演繹」はすべて「展開」に変換しましたが、それ以外は私は手を加えていません)。




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バトミントンにおける思考力


S.S.

わたしは広島大学バドミントン部に約4年間所属しています。今まで出会った先輩・同僚・後輩の中に尊敬できる選手は何人かいますが、わたしが最も尊敬するのは、1つ上のTさんです。Tさんの言葉の中でも強く印象に残っているのは、「練習でも試合でも常に“考える”ことを忘れるな」という言葉です。大学生になりたての頃のわたしは、ただがむしゃらにシャトルを追っているだけの選手でしたが、その言葉を聞いてから考えることを意識してきました。今でもその言葉を常に胸に秘めながら部活に臨んでいます。今回、授業で「思考力=想像力+論理力」という先生の考案された式を見て、このTさんの「考えろ」という意味を自分なりに考え直してみようと思いました。以下は、先生の「思考力=想像力+論理力」を前提とした、わたしの考察です。

 Tさんの言う「考える」力ということを「思考力」とします。思考力は想像力と論理力で構成されますので、まず想像力について考え、その後論理力について考察します。


■ 想像力(=想起力+構想力) について

想像力は想起力と構想力で成り立ちます。以下、想起力について。

○想起力のwhat

想起力とは何か。想起力を「思い出す力」と置き換えてみました。想起力のある選手は、

・練習において、新しい動きの練習をした時に、以前練習した動きを思い出せる。
・練習において、見たことのあるプロ選手のプレーや、先輩のプレーを真似ようと努力する。
・練習において、以前にもらった先輩からのアドバイスを思い出し、実行できる。
・試合において、練習でやったことを思い出せる。

想起力があれば、こういったことができます。

○想起力のwhy

 想起力はなぜ必要か。それは、もし「想起」を行わなければ、「思考」が不可能になるからだと考えました。想起は、以前に見たもの・聞いたもの・読んだもの・書いたもの・感じたものなどを思い出すことだと思いますが、それは思考の土台になります。例えば「バドミントンがうまくなりたい」と思うなら、バドミントン上達にはどんな要素が含まれるのかを想起しなければなりません。その要素には、例えば精神力・技術・体力という分け方もできれば、動く速さ・ショットの精度・ショットの威力といった分け方もできますが、そういったものが想起できないのであれば、「バドミントンがうまくなりたい」と思った時にも思考が進まないでしょう。よって、思考するためには、まず想起力が必要です。
 
○想起力のhow

 ではどのように想起力をつけるか。わたしは、「学ぶこと」と「思い出す習慣をつけること」だと考えました。まず、想起する材料がなければ想起はできないので、その材料を得なければなりません。それが「学ぶこと」です。バドミントンで言えば、プロの選手のプレーを見ること・身近で上手な選手のプレーを見ること・自分より下手な選手のプレーを見ること・先輩のアドバイスを聞き、メモを取ること・理論書を読むことなどが「学ぶこと」に当たるでしょう。次に、「思い出す習慣をつけること」ですが、これは「学ぶこと」を通して得た材料を、練習中・試合中に思い出すように心掛けることです。材料を得ても、それらを練習の中で想起しなければ、その材料は無駄になってしまいます。例えば、先輩が後輩にアドバイスをしても、1ヶ月後にも依然として、後輩が同じようなミスを犯していることがあります。それは、後輩が先輩のアドバイスを思い出さずに忘れてしまったからです。「思い出す習慣をつけること」をしなければ、「学んだこと」は忘れてしまいます。


次に、想像力のうち構想力を考察します。

○構想力のwhat

 構成力とは何か。構成力を、想起したものを「新たなものと結び付ける力」、またはそこから「新たなものを生み出す力」と置き換えてみました。構成力のある選手は以下のようなことができます:
 
・練習において、過去の練習を今の練習と結びつけることができる。または、そこから自分にあった新たな動き方を創り出せる。
・練習において、自分のプレーと上級者のプレーを結びつけることができる。または、自分にあった動きに改変できる。
・先輩から頂いた数々のアドバイス同士を結びつけることができる。または、そこから新たな気づきが生まれる。
・試合において、練習でやったことを思い出し、ラリーの中で練習を活かせる。または、今までできなかった新たな動きを獲得する(プレーヤーズ・ハイと呼ばれる)。

○構想力のwhy

 なぜ構想力が必要か。それは、もし構想力を持っていなければ、想起したものを今と結びつけることができず、また、新たなものを生むこともできないからであると考えます。つまり、現状より一つ前に進むためには、構想力が必要です。上手い選手のプレーを見ても、先輩からのアドバイスを頂いても、それを自分のプレーに結び付けられなければそれらは無駄になってしまします。想起した材料を用いて、それらを今と結びつけることがまず大切であり、その過程を経て初めて新たな気づきが生まれます。わたしは、ふとある発想が浮かび、自分のプレーが改善できる経験を何度かしたことがあります。それは、理想像に自分のプレーを近づけたいという意志を持つ中で、あるいはあるアドバイスを念頭において練習する中で、そういった意識が練習中のふとした瞬間に自分のプレーと結びついて生まれた創造なのだと思います。
 
○構想力のhow

 では構想力はどのように培うのでしょうか。わたしは、この構想力こそが思考力を構成する要素の中でも特に重要で、養成が困難な部分ではないかと思います。柳瀬先生が普段からおっしゃっていることの一つ「何事も、日常と結び付けて考えること」も、構想と言えるのではないでしょうか。Tさんの「考えろ」も練習中・試合中において今と過去を結び付けるという意味では構想力が求められます。このように、一つ一つの物事をつなげて徐々に全体を一体にしていく作業が、思考する上でとても重要です。alignmentという概念について先週考えましたが、まさに全体を整えるという意味で、構想力は物事をいつもalignしようとする意識を持つことで養成されていくのではないでしょうか。



■ 論理力(=分析力+展開力) について

 ここまで、思考力を構成するもののうち、想像力(想起力+構成力)について考察してきました。ここから、論理力(分析力+展開力)を、バドミントンを用いて考えていきたいと思います。
 
 まず論理力を構成するものの一つである分析力ですが、「自らを分析する力」と「他者を分析する力」という観点があります。その2点を含めて考察します。
 
○分析力のwhat

 分析力とは何か。分析する対象としては以下のものが考えられますが、こういったものを正確に把握する力が分析力だと考えます。
 
・技術
自分のプレー:例えば、スマッシュの角度・コース、足の運び方、腰の入れ方など
他者のプレー:例えば、プロのプレー、試合中の相手の癖
・心と体
体力/筋力/精神力/けが/疲労具合/食生活など
・環境
練習の仕方/体育館/部員/コーチ/試合環境など

 以上のようなものを分析対象とし、「自分には何が欠けているか」あるいは「他者のどの点がどう優れているか・劣っているか」、「自分の練習環境はどういうものか」を明確に把握できる選手ほど、プレーを向上したり試合で良いパフォーマンスができます。

○分析力のwhy

 バドミントンにおいて、分析力はなぜ必要なのでしょうか。それは、自分や他者の特性を明らかにする力を持っていると、プレーを効率よく向上させることができるから、また、試合でより柔軟に相手に対応できるからだと考えます。例えば、スマッシュの速度は大きいが、コースの精度が極端に低い選手がいたとします。当然、その選手はスマッシュの精度を高めることが課題になるが、その現状に気づかずにスマッシュの速度をさらに求めては、効率が悪い練習になってしまいます。効率よく上達するためには、分析する力は必須でしょう。
 
○分析力のhow

 ではどのように分析力を養うのか。言うまでもなく、分析しようとする姿勢や意志が不可欠だと考えられますが、ここでは具体的な方法の一例を示したいと思います。わたしは、(バドミントンに関しては)自分の試合を映像に残し、自分と対戦相手を客観的に観察するのが良い訓練になるのではないかと思います。そこで自分のプレーの課題が明確になることは多々あります。また、相手も冷静に分析できるので、「この場面であそこに打てば…」とか「この場面でインターバルを取るべきだった…」などと反省できます。分析力を養う方法は他にもあるでしょうが、自分で何らかの分析の手段を模索し、確立していくことが大切ではないかと思います。
 
 
次に展開力について考えていきます。

○展開力のwhat

  バドミントン上達における展開力とは、一般的に正しいと言われるフットワークやショットなどを、自分の体にあったものに変容していく力ではないかと思います。ここで、ある先輩の例を紹介します。その先輩は、中四国で最も上手な選手で、単複ともにインカレにも出場するような選手です。しかし、彼のスイングやフットワークのフォームはあまりきれいではありません。「きれいでない」とは、つまり「上手い人の典型的なフォームではない」ということです。彼のフォームだけ見ると、正直下手くそな選手だと見られるのが通常と言えるくらいです。その先輩にこれまでどのように練習されてきたのかを問うたところ、先輩は「“普通”のフォームだと俺にあわないし動きにくいから、“普通”のフォームを教わりながらも自分勝手にやってきた」とおっしゃったのを覚えています。ここからはわたしの勝手な憶測ですが、その先輩はみんなと同じ練習をしていても、自分にあった動きを常に探りながら自分のフォームを完成させていったのだと思います。つまり、“理想のフォーム”というものに思慮なく流されることなく、自分にあったフォームを明確にもち、“良い”と言われるものを展開する際に自分にあった形に落としていったのでしょう(わたしにはこの力が特に足りないと感じます)。

○展開力のwhy

 なぜ展開力が必要かというと、一般論を自分にあった形に変化させる力がなければ、いつまでも“お利口さん”な選手でしかいられないからではないでしょうか。バドミントン・マガジンなどに掲載されている技術を体得しようとするのは大切ですが、それが自分の身体に適したものでないと身につきません。ただ“お利口”に良しと言われていることだけをそのままやっても、本当の上達ではないのだと思います。自ら考えて自分にあったものに一般論を変容させていくことが、上達には求められます。
 
○展開力のhow

  展開力をどのようにつけるか。分析力にも関わってきますが、自分の身体やプレーを見直して自分の特性を知ることがその基礎となるのではないかと思いました。例えば、コート中央からネット前まで最短で動く時、自分だったらどのような足の運び方が一番動きやすいかを考えます。それを考える過程で自分の特性を知ることができ、自分の体でどう動きたいかを知ることができます。それは子どもと大人、男性と女性などでももちろん違い、個人個人で全く同じということはありません。一般論は必要な時にもってきて、参考になる部分は摂取して、独自性の部分を残しておくのが本当の上達ではないでしょうか。

  以上、思考力=想像力+論理力についてバドミントンの上達を例にして考察してきました。新たな気づきがたくさんあったので、明日の部活から早速実践していきたいと思います。その実践をもって初めてTさんの「練習でも試合でも常に“考える”ことを忘れるな」が体現できることになるのかなと思います。英語教師として“考え続けること”もここまでの考察と似た要領なのだと思いますので、思考力については現場に出てからまた考え直すべきかと思います。













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