2013年1月14日月曜日

大津由紀雄先生中締め講義(言語教育編)に参加して



大津由紀雄先生の「中締め講義」(世に言う「最終講義」)のシンポジウムに登壇させていただけたのは、私にとってこの上なく光栄なことでしたし、何より楽しいことでした。大津先生、大津研の皆さま、参加者の皆さま、懇親会でお話できた皆さま、そして他の登壇者である松井孝志先生と亘理陽一先生(お二人と一緒に登壇できて本当によかったです!)、それぞれに厚く感謝申し上げます。ここでは記憶が薄れないうちに、感じたこと・考えたことを書きます。




■言語の形式性と身体性

シンポジウムで私は、大津言語教育論、ひいては近代言語学の発想がどうしても身体性を十分に取り込んでいないことを強調しました。討論の終盤で、西山祐司先生がうまくまとめてくださったように、言語の形式性と身体性という論点は両方共にあるがそれらは決して相矛盾するものではないこと、が確認できただけでも私は収穫があったかと思います。

私が思いますに言語の形式性に関しては近代言語学という強力な理論基盤がありますからきちんと語られていますが、身体性に関しては直観的な理解はあれど理論的基盤はまだ近代言語学ほどには整っていないのでとかく軽視されがちです(特に学界言説において)。その身体性が、今後、学界言説などでも、きちんとした論点として認められるようになり、さまざまな知見が積み上げられてゆけば、言語教育の言説もより十全なものになるかと思います(といいますより、知識の「体得」を前提とする言語教育の言説から、身体性が欠落していることは認めがたい欠落だと私は考えています)。

こう書きながらも、このブログを読みつつ「身体性って何だよぉ」とお思いの方(特に私のこれまでの記事をお読みでない方)もいるだろうと私は懸念しています。私としても、これからますます言語・言語教育の身体性についてまとめてゆきたいですし、多くの人の関心が身体性に向けられればと思います(ご興味をお持ちの方は、取り急ぎhttp://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/12/112.htmlの末尾の関連記事一覧をお読みいただければと思います)。




■わかること・できること・つながること

このようにシンポでは言語の形式性(あるいは認知的側面)と身体性の両方がそれぞれに強調されましたが、言語の社会性(=個人を考えているだけでは決して解明されない側面)については、私は短く言及したものの、時間の関係できちんと議論することはできませんでした。

それでも討論の時間の中で、次のようにまとめることだけはしました。

言語について、「わかる」こと、「できる」こと、「つながる」こと、の三側面を認めるなら、大津言語教育論は「わかる」こと中心で、「できる」ことと「つながる」ことの考察が十分ではない。

言語について「わかる」とは、大津言語教育論が強調する「ことばへの気づき」も含めた認知的な理解のことです。「できる」とは、ある言語行動が実際に自分の身体でも可能になることで、「つながる」とは言語を通じて他者とコミュニケーションがとれることです。後二者が大津言語教育論では十分に捉えられていないのではというのが私の主張でした。

「できる」ことでは、言語以外でしたら鉄棒の逆上がりという例があります。逆上がりには現実社会で金銭換算できるような利益などほとんどありませんが、それでも子どもは逆上がりができるようになると嬉しいものです。自分の身体の可能性が広がり、あらたな体感を覚えることができることは、人間にとって根源的な喜びであると私は考えます。

外国語においても同じで、これまでは音の塊にしか聞こえなかったものが分節化された意味の連なりとして聞こえてくるようになるとか、とっかえつっかえしか言えなかったことがすらすらと自分の身体の奥から湧くように言えるようになるとか、活字の集合体でしかなかった視覚刺激から表情を伴った声が聞こえてくるようになるとか、脂汗を流して考えなければ書けなかったのが自分で気がつく前にある表現を書き留めていたというようになる、という身体の実感、あらたな可能性の体感は、私たちにとってかけがえのない喜びであるように思えます。実際、授業では「できなかったことができるようになる喜び」は大小様々なレベルで観察されます。大津言語教育論が今後、この側面でも発展すればと思います(というより、言語教育論は特定個人のものではありません。私たちが共に発展させなければなりません)。

「つながる」ことについては、言語以外の例をあげますと、武術での投げ技などがあります。武術では最初に自分の身体がバラバラに動かないように、自分の身体のつながりが失われないように、感覚を頼りに自分の動きを洗練させてゆきますが、それに上達すると、やがて自分の身体が相手の身体に接触した時も、二つの身体がつながり、自分だけの力でも相手だけの力でもないいわば不思議な力(=二つであり一つであるつながった身体の重力や慣性力などの統合)で投げ技などが成立します。これはうまくゆくと、かけた方もかけられた方も驚くぐらいの動きとなり、同時に両者はそれぞれに身体的な快感さえ覚えるものですが、元々は別々であったものが「つながる」と、バラバラでは決して到達できない境地に至ることができます。

言語も同じで、「ことばが通じた」という現象は、本来ものすごいことで、人間にとっての根源的な喜びです。私たちはこのことを日常的な惰性で忘れがちですが、異国で初めて外国語が通じた時や、これまで振り向いてくれなかった人が初めて振り向いてくれた時、あるいは昏睡していた病人がようやくことばに反応してくれた時などで、鮮烈に感じることができます。本来、私が決してアクセスすることができない排他的な意識をもつ他者と、私という人間が連動することができるということは、奇跡とも思えることです(この意味で私は言語コミュニケーションの一つの簡単な定義として「言語を通じてある心身と別の心身が連動すること」をよくあげます)。簡単にいえば言語の社会性となりましょうし、また言語の社会性にはこれ以外の側面もあるのですが、言語を通じて「つながる」ことについても私たちの理解が深まることを私は願っています。

ただここで気をつけておきたいのは、この言語(教育)の認知的側面、行動的側面、社会的側面をバラバラに捉えてはいけないということです。言語についてわかること・できること・つながること、という認知的・行動的・社会的側面は、その統合がからだの実感を通じて感じられるものでなければならないということを私としては強調しておきたいと思います。

言語の認知的理解が、個人での言語行動から乖離し、ましてや複数の人間の間での言語協働につながっていないことは、しばしば「頭でっかち」で「机の上だけ」の勉強として批判されてきましたから多言を要しないと思います。

言語行動が、認知的理解や社会的言語使用から切り離されていることは、「機械的なドリル」としてしばしば批判されています。もっとも外国語を使うというのはかなり精妙で難しい運動ですから、私は機械的なドリルや練習を全面否定するつもりはありません。意味も考えずに、ただ外国語の発音を正しく行う練習などは、むしろ外国語学習上欠くべからざる過程だと思っています。ただ、そのように自分の心の動きや周りの人間の心の動きから独立した練習ばかりしているだけでは、外国語能力は十全に発達しないというのは、私が『学習英文法を見直したい』や『危機に立つ日本の英語教育』の中の章で解説した「言語コミュニケーション力の三次元的理解」でも主張した通りです。

言語の社会的使用が、言語の認知的理解や言語の個人的身体運動が不十分なままになされることは、日本における英語学習といった「外国語環境」では珍しいかもしれませんが、移民などが経験する(狭義の)「第二言語環境」では珍しくないように思えます。そういった場合では、「通じている」ように思えるのだけど、今ひとつ自分でも「わかった」とか「できた」とかいう実感がないので、移民が改めて本格的な第二言語教育を求めるというのはよく聞く話です。

言語使用の実感は、認知的にも行動的にも社会的にも、「わかった」「できた」「つながった」と身体で同時に統合的に感じられるべきで、それを言語教育の目標の一つとして規定することは可能だと思います。でもこう言いますと、すぐに「そんな目標は、数値化できません。他人から観察できません」と批判する人がいますが、いい音楽にしても、いい運動にしても、数式の展開にしても、私たちが「わかり」「でき」「つながる」ことは本源的にからだで実感することです。

もちろんこの実感が理解・行動・連結の正体であるわけではありません。実感はいわば随伴現象であり、各個人がそれぞれにクオリアとして感じるものでしょう。ですが、私たちがこのタンパク質の身体をもっている限り、私たちはからだで実感を覚えるものです。仮に人間と見分けがつかないアンドロイドができたとして、そのアンドロイドと私たちが会話を楽しむ時、そのアンドロイドに私たちが感じているクオリアがあるかどうかはわかりません(というより違う媒体によって実現されているアンドロイドのクオリアは必然的に私たちが感じるクオリアと異なると言うべきでしょう)。ですから私たちが覚えるからだの実感が、アンドロイドも含めた一般的な言語使用を可能にしているメカニズムであるわけではありません。ですが、私たちはヒトという生物である限り、私たちが日常的に覚えているからだの実感を伴いながらさまざまな経験をします。私たちのからだの実感は、主観的かもしれないけれども、私たちに共通の現象です。これを私たちの思考と言説から無視し排除することは賢明なことだと私は思いません。

と、話は哲学的にもなりましたが、言語について「わかる」「できる」「つながる」ことが、からだで実感されることが言語教育について不可欠だということはここでご理解いただけたらと思います(願わくば、あなたなりの実感と共に)。




■「外国語のからだ」ができていなければ「外国語への気づき」は生じない

このからだの実感(あるいは「質感」と言うべきでしょうか)について、シンポジウムで十分に述べられなかったかもしれないことは、大津先生がおっしゃるように母語については私たちは気づきを実感することができるが ―ある子どもはその気づきの「質感」を「あ”~っ」と表現あるいは表出しました―、まだそれ用の身体ができていない外国語については、同じ程度に気づくことができないということです。

言い換えるなら、外国語でも気づきの質感を感じることができるようになるためには、理屈抜きにでもかなりの外国語体験をしておかなければいけないということです。外国語学習を、意識で把握できることだけに限ることなく、意識的把握をこえたことばの理解・行動・連帯も含めてゆかねば、言語教育は十全でないと私は考えます。

実際、私たちは、意識的把握をこえて外国語を体験していますから、それまではまったく意識していなかったことも、気がついてみればわかり・できることがあります。大津先生が挙げた例は、(1)~(4)で、"wave"が猫の行為で"he" = "the cat"として成立しないのはどれかを問うた時、ある程度の英語力がある者は、そのような束縛関係を意識的にまったく学んだことがなくても正確に指摘できるという例でした。

(1) The cat waved when he jumped.

(2) When the cat jumped, he waved.

(3) He waved when the cat jumped.

(4) When he jumped, the cat waved.


私が大学院生の時に行った実験では、phonotacticsの点から英語では起こり得ない音素配列の単語(nonword)と、英語では起こりうるが現在のところでは英語として通用していない単語(pseudoword)を弁別させると、中2、中3、高1、高2と学年が上がるにつれ、きれいに右上がりに弁別能力が高くなりました。こういった音素配列についても当然学校では教えられていませんから、私たちは意識に上らないことも体験の中で学び、それについて意識的な判断もできるようになっているわけです。これに限らず意識的に理解せずとも私たちがわかっていることはたくさんあるはずです(私たちは意識していないからそれに気づかないだけです)。

しかしこのような能力が身につくためには、たくさんの外国語使用を体験することが必要です。大津言語教育論では、母語での気づきを活かして、外国語学習を促進することが強調されます。たしかに母語での気づきから、これまではとかく無味乾燥だった外国語の文法も少しは実感(を予感)できるようになるという利点は私も大いに認めるところですが、外国語については、意識的な仕組みの提示と、意識を超えることもある体験の両方が必要であり、大津言語教育論は外国語の意識的な提示と、外国語の非意識的でもある体験の二つについてもっと展開する余地があるというのが私が言いたかったことです。



■科学と実践の関係について

他方、科学と実践の関係については、シンポの討議で、ある程度明確にできたのではないかと思っています。以下私なりに(ということは私に都合よく)シンポのやり取りを再構成します(ですからこれはフェアなまとめではありません。大津先生および大津先生と考えを共にする方々のご寛容を乞います)。

大津:柳瀬さんのいう身体性は、科学では扱い難い。その扱い難い領域を扱っていないと批判されても私としては困惑する。

柳瀬:私からすればなぜ科学にそれほど忠誠を誓わなければならないかがわからない。この意味で大津先生はやはり科学者だと思う。私は科学よりも実践の現場に忠誠を誓う仕事をしている。

大津:それならばなぜダマシオの神経科学を引用するのか。やはり言語教育論を科学にしたいという願望があるのではないか。

柳瀬:そうではない。実践の学である言語教育論において科学は部分でしかありえない。ただ部分として有効な場合は、人類知の最上のものの一つとしての科学知は当然導入する。ただ言語教育論の部分でなく全体が科学であるべきだとは決して思わない。そう考えると、実践が歪められてしまうからだ。

大津:そこは私も同意見である。しかし柳瀬さんのいう身体性とは教えられるものなのか。

柳瀬:教える (teach) ということを、意識的な行為とするならば、教えられない。だが、Henry Widdowsonも言うように、teacherが働きかける対象はteacheeではない。それはlearnerである。Teachingとは、learnerが教えられた通りのことを実行することではない (別の言い方をすればteacher/learnerの関係は、trainer/traineeの関係でもない)。Learnerはteacherのteachingをきっかけとして自ら学ぶだけだ。だから身体性も、teachableではないが、learnableではある。それが言語教育と言語学習の成功例で観察できることである。

大津:しかしその際に教師は何ができるのだろうか。教師ができることを実践の学としての教育学はまとめることはできるのか。

柳瀬:教えることは、植物を育てることにたとえるべきなのかもしれない。植物が育つことに関して、人間は直接な手助けはできないが、植物が育つ条件・環境について学び、ある程度の原理原則を打ち立てることはできる。土が乾燥する時、葉の先が枯れ始めた時、寒い日が続く時、などにどうすればいいのかについて私たちはまとめることができる。しかし忘れてはならないことは、私たちはその植物を見守ることこそが大切なことである。植物を見守らないままに、教科書で学んだからといって原理原則をただ実行することは愚の骨頂である(植物はやがて枯れるかもしれない)。私たちが行うべきことは、育ちゆくものを愛情深く見守り、これまでに私たちが学んだ原理原則で注意深くその育成を謙虚に促そうとすることだ。



つまり、テクノロジーにおける科学の応用のように、科学は実践に直接的に適用されるべきではないと私は考えています。。実践における科学知とは部分的な参考意見に過ぎず、実践家が行うべきことは対象を愛情をもって見守り、よいと思われることを注意深く行い、その様子をさらに見守ることだと考えます(そしてこのことは大津先生も賛同してくださっていることだと思います)。実践の学があるとしたら、それは私たちがこういった経験を丁寧に記述し、それを共有することだと私は考えます。




■科学と民主主義の文化の導入

言いたいこと(というより感謝したいこと)はまだ他にもたくさんありますが、ここではとりあえず大津先生の言語教育界への貢献の最大のものの一つと私が考えていることを書いて、この記事を終えることとします。

大津先生がこれまでに言語教育界にもたらし、最終講義・シンポジウムでも体現したことは、科学と民主主義の文化を導入したことだと思います。懇親会などでも多くの人が、大津先生がいつも対等な関係で温かく接し、かつ理性的に話を進めてくれたことを感謝していました。私もまったく同意見です。人びとが真理あるいは正義の前では対等であり、人びとはお互いに理性的に真理あるいは正義に近づいてゆくべきだというのは、科学と民主主義の文化が私たちに教えてくれていることです。その意味で大津先生は常に科学的で民主的です(カラオケで都はるみを歌っている時は除きます 笑)。もちろんこの科学と民主主義の文化は大津先生だけが独占しているものではありません。しかし私は言語教育界を見渡しても大津先生以上にこの文化を体現している人を思い浮かべることは容易ではありません。だから私は言語教育界(特に英語教育界)に、科学と民主主義の文化を示してくださったことに対して大津先生に深く感謝しています。

懇親会に集ったさまざまな人びとを見ても、そこに共通しているのは大津先生を敬愛しているという一点だけで、あとは関心、職業、年齢、性別もさまざまでした。真理と正義といえば堅苦しく聞こえますが、実は真理と正義は万人を招きます。万人を愛し、万人に愛されます。真理と正義を常に目指していることが大津先生の人気の正体の一つだと私は思っています。

大津先生のこれからますますのご健康とご多幸を心からお祈りします。







以下は私がシンポで取り上げた大津先生の本です。お読みでない人があればぜひご一読を。















追記

大津先生の中締め講義(認知科学編)は1/26です。くわしくはこちらへ。






2013年1月10日木曜日

音や声の響きが伝えること ― 吉本隆明 (1996) 『宮沢賢治』(ちくま学芸文庫) を読んで





熊倉伸宏 (2012)『肯定の心理学 空海から芭蕉まで』のまとめで、私は思い切って次のように書いてみた。

声とは、身体・物体、すなわち自然の動きであり、その響きが物事の名前となる。自然の動きである声の響きこそが物事の名前であり、それはこの世界の実体を示している。

短く言うなら、声こそが私たちの世界の実体を表している。


もちろんここでの「声」とは響きを伴った音である。それが人から出されようとも、世界から出されようとも「声」の響き、あるいは音の質感こそが、世界のありようを示している、というのが上記の考え方だ。


とはいえ、音の質感についても私が目覚めるのは遅かった。父の死をきっかけに一気にクラッシック音楽にはまってずいぶんCDを買っても、私はラジカセしかもっていなかった。「オーディオにこだわるよりも、一枚でも多くCDを買って自分の音楽世界を広げたい」と私は思っていた。

音の質感にあまりこだわらなかった背景には私の音楽の好みがあるかもしれない。私は何より音楽の構造性が好きだった(今でも好きだけど)。だからバッハやブルックナーなどの対位法的表現に喜びを感じていた。逆に言うと、響きを主とする音楽 ― ここでドビュッシーをあげてもいいだろうか ― は得意でなかった。

バルトークにはそれなりに構造感があるから、響きだけの音楽というわけでは決してないのだけれど(何より彼の音楽には生命力がある)、バルトークの弦楽四重奏曲集のCDは私は当初楽しめなかった。「ほんとうに、これがベートーベンに並ぶぐらいの弦楽四重奏曲集なのかなぁ」といぶかしがっていた。でもある時、生演奏で聞いたら ― ラジカセとは比べ物にならない音の質感を体験したら ― いっきにこれらの曲の虜になった。バルトークが言いたかったことが一気に理解できたように思えた(もちろんその理解は非言語的なものだけど)。

音楽の構造でもハーモニーでもメロディーでもリズムでもない、音楽以前の音の質感というものはあることが私にもわかったのだろう。以来、私はオーディオ装置をきちんとしようとし、一時はマニアックになったが、今はまあそれなりに落ち着いている(それなりにw)。

ことばの音と意味については、ソシュール言語学を学ぶときに、私たちはそれらの関係は恣意的なものに過ぎないと習う。しかし最近の研究は、音と意味はまったくの無関係ではないことを明らかにしている。詳細を思い出せないのだが、有名な実験の一つは、言語の違いを超えて多くの人に鋭角的なイメージを与える音と、柔らかなイメージを与える音があることを実証した。

言われてみれば当たり前だ。そうでなければ擬態語など成立するわけはない。

いや、もちろん言語学だって擬態語の存在は認めていた。ただし例外として。でもそう考えるべきだろうか。擬態語でしか、つまりは音の響きでしか伝えられないことはあるのではないだろうか(羯諦羯諦)。

井上ひさしも言うように、宮沢賢治の文学には擬態語があふれている。音の響きがそれこそどっとこどっとこ意味の世界を作りあげている(その巧拙はともかく、私は今、なぜ、そしてどのように「どっとこどっとこ」ということばを思いついたのだろう。そして私はこのことばで何を意味しているのだろう。あなたは何を理解するのだろう ― 私のこの試みを鼻で笑わなければの話であるが ―)。

吉本隆明も賢治の擬態語(擬音語)に注目する。

宮沢賢治ほど擬音のつくり方を工夫し、たくさん詩や童話に使った表現者は、ほかにみあたらない。目にうつる事象のうごきを、さかんに音の変化や流れにうつしかえようとした。はんたいにぴったりした語音があると、すぐにかたちの像(イメージ)に転写できる資質も、なみはずれていたとおもえる。たとえば「オツペルと象」で稲こき機械のまわる音を「のんのんのんのんのん」とあらわす。わたしたちが回転音にふつう与えている「ぶんぶんぶん」といった擬音とどんなにへだたっていることか。のん、のんというのはたんに回転音をじっさいの音に近づけただけでなく、まわっている突起のある円筒のかたちがあざやかにうかぶ気がしてくる。だれもこんなふうに、語音とその物のイメージをむすびつけた擬音をつくったものはない。(331ページ)


吉本によれば、擬音とは、一方で、分節化して意味をもったことばを乳児や動物の声のように未分化的にとらえることであり、他方で、乳児や動物はおろか無生物や天然の現象を擬人化しそれに半ば意味を与えることでもある(335ページ)。擬音語は、近代言語学ではあくまでも周縁的・例外的存在であるが、賢治は擬音語を他の「ふつうの」ことばと区別していなかったと吉本は考える。

宮沢賢治のなかでは、わたしたちがここで擬音とみているものは、意味と像の機能としてふつうの言葉と区別されていなかったのではないか。そうみられるふしがある。かれにはある普遍的な言語の像があり、擬音は分節された言葉とおなじように、この言語の像をめざしたといった方がいいかもしれなかった。 (336ページ)


吉本の考えを敷衍して、私は、むしろ賢治は擬音の方を本質的で普遍的な言語ととらえていたのではないかとも考える。擬音はもちろん言語によって異なる(例えば「コケコッコー」と "cock-a-doodle-doo")。だが賢治は、擬音がそんな習俗に引きづられることを避けようとしていた(だからこそ彼の擬音は独創的なのだ)。吉本は言う。

宮沢賢治は擬音が習俗にちかづくことをまっこうから避けようとした。それなら擬音は何に近づけばかれにはよかったのか。そしてそのばあい習俗のかわりに何を基準としようとしたのか。かれには擬音が事象そのものの実体の像にできるだけ近づくことのほかに、基準はなかった。事象そのものの実体は普遍的なものだ。 (339ページ)


ここで私は熊倉伸宏 (2012)『肯定の心理学 空海から芭蕉まで』を思い出す。そして『モモ』の「星の声」を。 あるいは小坂忠さんの歌声を。さらには綾屋紗月さんが痛いぐらいに感じている世界の響きを ― 考えてみると、綾屋紗月さんの感覚世界について学んだことが私の一つの転換点になったのかもしれない。それも結構大きな―。


音や声の響きでしか伝えられないこと、あるいは音や声の響きこそがもっともよく伝えることはあるのではないか。


毎日新聞では、ここ最近、擬音語・擬態語について書いたエッセイが続いた。

一つは福音館書店の創業者である松居直(まつい・ただし)氏の述懐である。

幼稚園の頃、寝る時に母が北原白秋の「アメフリ」を読んでくれた時のことをはっきり記憶しています。「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」という言葉の響きに驚きました。一瞬、外国語だと思ったのです。翌朝、目を覚ました私が布団の上で「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」と踊っていたという話を姉がしてくれました。中山晋平が作曲した童謡ができる2年ほど前のことです。言葉と語り手の気持ちが私の心の中に入ってきて踊り出してしまったのでしょうね。それが言葉の力なのです。母が読んでくれた時、私の人生は決まってしまったのかもしれません。

松居直「生きる力 言葉から」『毎日新聞』(2012/12/19)


幼い日の松居氏は、何より「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」という音の響きに心踊らされた(いや、正確に言うなら、絵本を読んでくれた母親の「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」の声にだろう)。この音あるいは声の響きは、松居氏の身体の中の何かを喚起した。その喚起の力は、翌朝の氏を踊らせるぐらいのものであった。氏はこの擬音にまちがいなく意味を見出していた(他のことばに翻訳しにくい意味ではあるが)。これが「言葉の力」と氏は言う。

もう一つは、作家の西内ミナミ氏のエッセイである。彼女は父親が買ってきた児童向け雑誌に掲載されていた草野心平の「山猫ビーブリ」についての思い出である(それにしても「ビーブリ」なんて、かっこいい名前だなぁ)。彼女はこの作品との出会いが、彼女が作家を志すきっかけとなったと言う。

しかし脳裏に残ったのはストーリーよりも「がわごわあ ががあ がわわらあん」というジャングルの闇の中で幼い山猫が聞いたライオンの雄たけび。詩人・草野が表現した不思議な擬音でした。

この雄たけびは、声の主のわからない子どもたちをはらはらさせる擬音ですが、里心ついた山猫にとっては、故郷アフリカの象徴。音(おん)と共に、ことばが紡ぎ出す不思議な力と強く感じたようです。

西内ミナミ 「ことばが紡ぐ 不思議な力」『毎日新聞』 (2013/1/7)



「このブログも、ずいぶん英語教育から離れてきたよなぁ」と思う読者もいらっしゃるかもしれない。だが私は必ずしもそう思っていない。英語教師も、ことばの教師である以上、このような音そして声の響きの力を覚える感性が不可欠だと思うからだ。「標準的」な発音(構音)はもとより大切だが、それだけでは人間の声にはならない。

英語教師は、日本語はもとより、英語でも、音そして声の響きに対して鋭敏でなければならないと私は考える。そうでなければ構音的に「正しい」音読はできても、思わず人を引き込む人間の声の「朗読」はできない。それ以前に児童・生徒・学生の心と身体にきちんと届く人間の声が出せない。

そして今の子どもはそんな人間の声に飢えているのではないか。

かなり切実に。

私たちは教育の場に、人間の声を取り戻さなければならない(体罰に伴う罵声が教育の場につきものだなどとは決して考えたくない)。教育の場とは、声の響きに耳を澄ませることができる場であるべきだろう。



そうして耳を澄ませば ―ここで私は村上春樹の表現を借りる― 私たちは風の歌も聴くことができるだろう。そうすれば「星の声」も聴こえてくるかもしれない。



風の歌を聴き、星の声を聴く人にあるのは穏やかな顔だろう。


私は穏やかな顔に会いたい。










詩の「客観性」について ― 見田宗介 (2001)『宮沢賢治 存在の祭りのなかへ』 (岩波現代文庫) を読んで





「客観的であれ」という声が聞こえれば、現代人のほとんどが「それはその通り」と頷くだろう。では「客観的」とは何かと問えば、辞書は「個々の主観の恣意を離れて,普遍妥当性をもっているさま。 ←→ 主観的」と解説する(大辞林 第三版)(ちなみに現在通用している「客観(的)」ということばは、明治以降の訳語に過ぎない(『小学館日本語大辞典第四巻』)。しかし、私たちが一人の人間として、他の人間(あるいは人間一般)、さらには自分自身のことを語るとき、私たちは主観を排することができるのだろうか。また主観は常に恣意でしかないのだろうか。

「然り」とまっさきに答えるのは、脱身体的 (disembodied) 認識論である「客観主義」(Objectivism) を信奉する人びとだろう。しかしマーク・ジョンソン著、菅野盾樹、中村雅之訳(1991/1987)『心の中の身体』(紀伊国屋書店)やジョージ・レイコフ著、池上嘉彦、河上誓作、他訳(1993/1987)『認知意味論 言語から見た人間の心』紀伊国屋書店などが明らかにするように、私たちの理解は私たちの身体・身体的経験およびそこからの想像力の働き(隠喩的投射など)に基づいている。ここで、身体・身体的経験さらには想像力は決して「恣意」として軽侮されるものではないことを想起しておきたい。私たちは身体・身体的経験を共有し、また言語で隠喩的投射などの想像力の働きも共有しているからだ。これらの共有は、決して恣意ではない。

そうなると私たちが「客観的」との対比から、「主観的」として私たちがしばしば蔑視する表現も、単なる恣意ではなく、多くの人の(ひいては身体と言語を共有する限りの万人の)理解に開かれた表現であることとなる。むしろレイコフやジョンソンなどが批判する意味での教条的な「客観主義」を信奉する人びとの脱身体的・超言語的な「客観」こそが、私たちの営み・この世界でのあり方の多くを欠損させてしまう偏り歪んだ見方となるだろう。

私たちが「主観」と呼んでいる表現をすべて教条的に排除してしまうのではなく、むしろ私たちの「主観」 ― 私たちが身体・身体的経験を基盤として、それを言語を媒介とした想像力の働きで主体的に表現した世界の見え方 ― を積極的に、しかし思慮深く、用いることの方が、私たちの世界理解そして自他理解をより十全にするのではないか。

「いや私たちとて主観を排除しているわけではないのです」と英語教育学の善男善女は言うかもしれない。「実際、動機づけ理論などは、心の有り様を研究しているわけですから」と善男善女は続ける。しかし私からすれば、心の有り様を幾つかの凡庸な形容詞や命題で代表させて、それらへの同意・不同意を五段階で答えさせるやり方(よくある「まったくそう思う」から「まったくそう思わない」の五件法のことだ)のがさつさあるいは荒っぽさの方が気になる。そもそもある一つのことばとて、背景、状況、文脈、人物、語り方などなどが異なれば、多種多彩の意味を表現するではないか。それを十把一絡げにしておいて、数万人ならともかくも数十人程度の「データ」として奉り、あとはソフトウェアにまかせて高度な統計的裏付けをしたと胸をはる神経は、少なくとも私には度し難い。そんなやり方は主観を大いに歪曲し損ねているとはいえないか。それで教育をまともに語っていると言えるのだろうか。しかも、ことばの教育を。

主観(主体)と客観(客体)の問題は、あるいは真理や人間科学の問題は、それほど単純なものではない。少なくとも私たちが、人と人との関わりである教育、人びとと世界をつなぐことばを研究しているなら、丁寧に多面的に、開かれたやり方で主観性・主体性を検討しなければならないのではないか。ちょっとでも主観性・主体性を見出したら、殺虫剤をふりかけるようにしてそれを忌避することはやめるべきだ。

そういう意味で、「客観主義」の信徒がもっとも嫌いそうな詩について、英語教育ももちろん含んだことばの教育の関係者がきちんと考えておくことは必要だろう。

だが私もあまり偉そうなことは言えない。私は小さい頃から比喩表現は好きだったが、その好みは料理のスパイスを好むようなものであり、あくまでも周縁的・例外的表現として好きなだけだった。比喩表現ばかりの詩を私はむしろ苦手としていた。

だが ― いつ頃からなのだろうか ― 私にも、通用している直接的な表現では決して表せないことがあることがわかってきた。詩人は、通俗的な意味で明確な文章が書けないから詩を書いているわけではない。むしろ詩人は通俗的な明確さを探求し尽くした上で、的確なことばを見出だせず、苦しみながら我が身から紡ぎだすようにして、あるいは僥倖で世界から天啓をいただくようにして、詩を書いてきたのだろう。





宮沢賢治の『春と修羅』の有名な一節は、傲慢さを偉さと混同していた若い時代の私には理解不能であった。


わたくしといふ現象は

仮定された有機交流電燈の

ひとつの青い照明です

(あらゆる透明な幽霊の複合体)



これらの表現が、私がすべてと信じて疑わない私の見出す世界の何に対応しているか、私にはわからなかった(私は私の狭い世界に見当たらないことを語っている奴は馬鹿に違いないと自分の知性を過信したがっていた)。「わたくし」も当時の私には自明過ぎるものだった。「『私』は『私』であること以上の自明性があろうか。なぜその自明な存在を『青い照明』やら『あらゆる透明な幽霊の複合体』などと呼ばなければならないのだ」と一人口を尖らせていた。私はあまりにも愚かであり、実は不幸だったのだが、愚かさゆえに自分は幸せだと思っていた(その偽りの不全感に気づく感性も閉ざしたままに)。

宮沢賢治が、彼の最大の理解者でもあった妹(とし子)を失った詩(「オホーツク挽歌」)の一節に次がある。


海がこんなに青いのに

わたくしがまだとし子のことを考へてゐると

なぜおまへはそんなひとりばかりの妹を

悼んでゐるかと遠いひとびとの表情が言ひ

またわたくしのなかでいふ



ここで客観主義の善男善女を登場させれば、「『とおいひとびとの表情』が『言ひ』とは主観的な思い込みに過ぎない、ましてや『とおいひとびと』が『わたくしのなかでいふ』とは幻想、自分で作り出している幻覚に過ぎない、目を覚ませ!」と賢治を正そうとするだろう。

しかし賢治が見ているこの評定、聞いているこの声は、現実世界にまったく根拠をもたないものではない。実際、多くの人が賢治の悼み方を怪訝に思った。そしてそれは極めて「常識的」な態度であり、賢治は確かに「非常識」だった ― 私はここで「常識」「非常識」ということばから、できるだけ通俗的価値判断を抜こうとしている ―。賢治は確かに日常生活の中で他人からの否定的な視線もことばもあびたのだろう。だから賢治の表現はまったくの妄想ではなかった。

見田宗介は、上記の詩について次のように言う。


わたくしととし子の関わりのとざされかたを批判する<遠いひとびと>の声はたしかに、賢治自身の意識の投影でもあるけれども、この自己意識はまたそれ自体、現実の<遠いひとびと>の表情の中にその根をもっている。

このようにして<遠いひとびと> ― 直接的な関係性からの<外からの声>は、直接的な関係性を批判する客観性として、ある種の<倫理性>ともいうべき奥行きのある空間を、自我の内部に存立せしめてしまうことになる。

このようにして、自我はひとつの複合体である。<わたくしという現象>は、あの黒いかわいい幽霊たちもふくめて、あらゆる透明な声やまなざしの複合体である。(75ページ)


この詩は言うまでもなく賢治の主観的表現だが、しかしその主観とはあらゆる「客観」(= 全世界 マイナス 賢治の主観)とつながりをもたない純粋な恣意ではない。賢治の主観は、その内部に<遠いひとびと>という「対象」をもつ(「対象」とはもちろん「客観」と並ぶ "object" の訳語である)。賢治の主観とは、<遠いひとびと>という対象(客観)を含み、それと対話する。

では対象(客観)と対話をしている主観がいわば純粋な主観で、対象(客観)と純粋主観を含んだ主観は純粋でない主観なのかと言われれば、答えに窮する。私たちはその中に何ら対象(客観)をもたない純粋主観を想像することすら難しい。視覚も聴覚も触覚も嗅覚も味覚もなく、さらにはその内に何の思考対象ももたない「純粋主観」は全くの闇なのだろうか。それとも全くの光なのだろうか ― いずれにせよ私たちはそれを認識することはできないだろう。

「私」は、私が目にするもの、耳にするもの、体で感じるもの、舌で味わうもの、心の中に思い浮かべるものとの関係でのみ「私」でありうる(繰り返すが「私」は全くの闇でも全くの光でもない)。

「いや、つまらぬ理屈を言うな。『私』とはこの<身体>に他ならない」と自分の身体を指さして反論する者もあるだろう。だが「『私』とはこの<身体>だ」と断言し指差す存在は、その<身体>に含まれているのではないだろうか。一面で私たちは人間を単なる一つの生物システムとして捉えることができるが、私たちの日常的な(そして倫理的な)人間観とは、人間を単なる生物システム(生理学的マシン)として捉えることを拒む。私たちは、生物システムは生物学システムでも、自分自身と関係をもつ生物システム、つまりは自己言及的な生物システムを人間理解の前提としていないだろうか。

自己言及という作動で、言及される自己と言及する自己が生じる(「言及」ということばが奇異に聞こえるなら「指示」と言い換えてもいい)。自己言及の作動は(たとえわずかではあれ)時間を要求する。さらにそこには言及者と被言及者の関係性がある。だから「私」は時間的存在であり、関係的存在である。

人間はそれぞれが「私」という自覚をもつ限りにおいて時間的存在であり、関係的存在である。客観主義によれば、人間も、無時間的(つまりは静的・固定的)、かつ、その人間の観察者(研究者)の主観とは独立に、つまりは無関係的に捉えられることになる。だがそうか。人間とは、どんな作動も伴わない無時間的で、どんな対象ともかかわりをもたない無関係的な存在なのか。仮にそうだと言いはるにせよ、そういった客観主義的人間観は、日常的でありかつ倫理的でもなければならない教育の営みにおける人間観たりえるのだろうか。





見田は<遠いひとびと>の目について次のようにも語る。

これらのうらめしい目の数々は、もちろん賢治の自我から世界に投影(プロジェクト)された幻影に他ならないが、他ならぬこのような目の幻影を投影する自我の構造は、それじたいまた、この自我のありかを結節点とする関係の客観性の、投影に他ならないのだ。だからこれらの目とはたしかにそれじたいとして客観的にあるものではないが、とはいえたんなる主観ではなく、主観をとおして純化された客観性にほかならないのだ。

そして<詩人>とは、このように客観性を純化する濾過装置である。(89ページ)


賢治が自らの心のなかにありありと想像する他者の目は、たしかに物理的に実在する特定の人間の目ではない。しかし賢治にとって、その目が痛々しいほどに突き刺さってくる対象(ということは客観)である以上、賢治の心とは、まずもってこの対象との関係性で語られなければならない。賢治にせよ誰にせよ、(この時点の)賢治を語ろうとすれば、この他者の目という「主観的な対象(客観)」 ― 矛盾語法 (oxymoron) を許されたい ― との関係性が重要となる。賢治という人間の理解には、賢治の「主観をとおして純化された客観性」であるこの詩の表現をそのままに受け入れることが大切なのだ。

ここで注意しておきたいのは、私たちが自分や他人について何でも勝手に思い込んで、それをことばで表現したら、そのことばが特権的な事実になるというのではないことだ。私たちは自分でも後で馬鹿げていたと嘆く思い違いを多くする。自分や他人を表現することばは、公の空間で吟味されなければならない。「そう言えるのか。そうしか言えないのか。他のようには言えないのか。そう言い切っていいのか」 ― こういった問いかけによって鍛えあげられないことばは、仮にある瞬間の自分の思いの衝動的な表出ではあっても、それはそれこそ「恣意」ということばが相応しい、軽いことば、無責任なことばに過ぎない。

私たちは使うことばを吟味しなければならない(これが言語使用の倫理の一つだろう)。そして、詩作がことばの吟味の一つの方法であるとすれば、詩人とはたしかに人間の「客観性を純化する濾過装置」であろう。詩人は私たちの存在を明晰にする。

見田は賢治の明晰について次のように述べている。

賢治の明晰の特質は、それが世界へと向けられているばかりでなく、さらに徹底して自己自身へも向けられていることにあった。そしてこの自己自身へと向けられた明晰はまた、自己をくりかえし矛盾として客観化すると同時に、この矛盾を痛みとして主体化する運動でもあった。このように自己を客観化し、かつ主体化するダイナミズムの帰結こそ<修羅>の自意識に他ならなかった。(108ページ)


「<修羅>の自意識」とは、もちろん、「春と修羅」の表現を指す。


いかりのにがさまた青さ

四月の気層のひかりの底を

唾 (つばき) し はぎしりゆききする

おれはひとりの修羅なのだ

(風景はなみだにゆすれ)




詩作は賢治自身の客観化であると同時に、賢治という人間の主体化でもあった。詩作という客観化により、賢治は自らの主体性を獲得する。客観主義者の誤解を恐れずこの「主体」を「主観」と言い換えるなら、「客観」は「主観」と不即不離であり、世界・他者・自己の「客観化」は、そのままそれらの「主観化」である。私たちはこの「客観」と「主観」の関係性の中で、つまりは「客観化」と「主観化」の一見矛盾的 ―やはり「弁証法的」ということばを使いたい― な動きの中で生きている。私たちの生は、関係的で動的に、時間の中で展開している。

となれば私たちの関係性、動態性、時間性を可能な限り表現することこそが、人間理解のためにとるべき途とはならないか。そうなれば「客観主義」の記述・説明が、生きた人間の理解として適切なものとは思えなくなってしまう。

「詩の客観性」とは噴飯物の表現に聞こえたかもしれないが、私たちはむしろ飯を噴き出す自らの前提を問い直し、静かに私たちのありようを観察するべきではないのか。そして恣意的なことばの表出を自ら禁じ、「客観的」な(ということは同時に「主観的」な)詩や文学的表現を愛するべきではないだろうか。