2017年2月25日土曜日

2016年度後期の「昼読」を終えて

以下の記事は「広大教英ブログ」にも掲載しています。


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2015年度後期から始めた自主的な読書活動「昼読」の活動ですが、今年も何とか終えました。

きわめて地味な活動ですし、私自身、仕事の忙しさからさぼってしまおうかと思うこともないわけではないのですが、まさに「継続は力なり」で、この活動がなければ読まなかった本(特に外国語の本)はたくさんあります。また、会の最後での対話から私自身もたくさん学ぶことができました。(ひょっとしたら「昼読」の最大の利点はこの対話かもしれません)。

4月からの来年度では、教英だけでなくもっと広範囲の学生さんに呼びかけて、いろんな講座からの参加者を募りたいと思います。

読書が個人や社会の中で果たす役割を考えると、ぜひとも継続したい活動です。

以下は、今期特に出席してくれた二人の学生さんの振り返りです。




写真は打ち上げの焼き鳥屋さんで撮影したものです





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 2016年度の「昼読」を終えて

学部4年(英語文化系コース) M

今年度も有志で行っているお昼休みの読書会、通称「昼読」に参加させていただきました。昨年度に同じコースの大学院生の方に誘っていただいて以来ですので、かれこれ一年以上の参加になります。今年度は基本的に週三回の開催でした。私自身この昼読への参加の中で多くの事を学ばせていただきました。

 短い時間ながらも、みんなで同じ場所に集まり読書をする。そして、お互いに自分が読んだものの内容や感想、意見をシェアする。このように書くと、単純な活動のように聞こえるかもしれません。しかし、こうした活動形態ゆえに、自分ひとりで読んでいるときよりも、緊張と弛緩のバランスが取れたように感じています。つまり、自分だけで読んでいるときはついつい惰性的になってしまうこともありますが、読んだ後に内容や感想をシェアするとなると、他の人に伝えようという意識が生じるため、読みながら頭の中で緩やかに内容をまとめていくというプロセスが生まれます。

こうした活動の中で、自分が読んでいた本の内容に対して賛成するような意見が出たり、一方で批判的な意見をいただいたりすることもありました。その際、ある程度自分の読みを客観視することができたため、その後の読みをさらに充実させることにつながりました。

 また、この一年間で昼読にご参加いただいた方々のことを思い出してみると、教英だけでなく様々な所属先から足を運んでいただきましたし(e.g. 教育学部の心理学専門、日本語教育専門、文学部の職員の方…etc.)、皆さんが読まれていた本の種類も多岐に渡っていました。

今でも皆さんが読まれていた本のことを思い浮かべることができますが、このように皆さんが読まれている本を知ったことは、皆さんの興味・関心のある分野を知ることが出来ただけでなく、私自身の興味の幅をさらに広げることにもつながりました。今後も幅広い視点で英語教育について考えていくうえで、この昼読のような経験が重要になると感じております。

 最後になりましたが、今年度の昼読にご参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。来年度も、ご機会があればぜひご参加いただきたいと思います。また、新たにご参加いただける方も大歓迎です。ご関心のある方は、お好きな本を片手に、お気軽にご参加ください。お待ちしております。
※以下は、今年度に私が読ませていただいた中で、とくに印象に残っている本の著者とタイトルです。来年度も、素晴らしい本との新たな出会いを求め、読書を続けていきたいと思います。


・J. K. Rowling, HARRY POTTER A L’ECOLE DES SORCIERS (『ハリー・ポッターと賢者の石』のフランス語版)
・ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』
・オイゲン・ヘリゲル『日本の弓術』
・ロラン・バルト『表徴の帝国』
・夏目漱石『こころ』 







「昼読について思うこと」

学部3年 (日本語教育系コース) O

昼読。今年度の後期から、ポスターを見てたまたま、でも勇気を出して参加してみて、いつの間にか常連になっていた。ここでは、失っていた読書習慣を取り戻せた、話の合う年齢を超えた友人のような知り合いができた、自分以外の知見を得ることができたなど、得たものはたくさんあったように思う。

しかし、昼読について思うこと、強い印象で一番はなにか、と問いかけられたとき、自分にとっての一番は、「出力すること」かなあ、と、参加を振り返って思う。英語で言えばアウトプット、こちらのほうが馴染みのある言葉だろうか。

昼読では、集まりの最後に、各自の読んだ本を紹介したり、感想を言ったり、それに関して別の人が反応したり、という習慣がある。実はこれ、自分にとっては結構ハードルが高かった。というのも、あまり人と本の内容で語り合ったことはなかったからだ。

読書、というのは非常に感受する割合が大きいものだった。書かれていることを読み、それがどんな意味なのか、自分にとってどういうことなのかを、やや感覚的に済ましていた。もちろん、今まで読んできた本の多くが小説だった、ということもあるかもしれないけれど。

ただ、昼読では、受信するだけでなく、送信もいる。読んだことをまとめる能力。まとめた上でどう思ったか、どう感じたか、どう考えたか。「じゃあ、これってどういうことなんだろう?」「どういう伝え方をすれば、この思いがわかってもらえるだろう?」。伝える際に、あんまりにもお粗末な伝え方では、自分にも、相手にも”理解してもらえなかった/できなかった”というしこりが残る気がする。それが嫌で、「考えながら」読んで、しかも「自分にとってどういう意味を持つかを」考えながら読んだ。いや、読むようになった。

伝える視点、この新しい読書視点を身につけられたという変化が、自分の「昼読について思うこと」である。




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