2015年3月6日金曜日

柳瀬陽介・小泉清裕 (2015) 『小学校からの英語教育をどうするか』(岩波ブックレット)



昨日(2015/03/05)、20年間にわたって小学校英語教育を開拓してきた小泉清裕先生(昭和女子大附属昭和小学校)と共著で『小学校からの英語教育をどうするか』を出版させていただきました。出版の機会を得たことを心から感謝しております。


■ 第一の読者層:保護者・一般市民の皆さん

この本はブックレットという、多くの読者が手に取りやすい薄い小冊子(64ページ)ですから、わかりやすく書くことを徹底しました。英語教育の内部事情や言語学などの専門知識がなくても読んでいただけるように、内容をかみくだいて、できるだけ平易なことばで書きました。専門用語は時に大胆に言い換えて、わかりやすさを再優先させました。

専門概念の厳密さを損なわないように言い換えるのは必ずしも容易なことではありませんでした。その言い換えが成功しているかどうかは専門家の方々のご判断を仰がなければなりません。しかし、わかりやすいことばに「翻訳」する中で、少しは理解も深まり、単なる専門用語の解説ではない論考が展開できたのではないかとも思っております。

ですから、この本は、専門用語に関する生ぬるい啓蒙書や、既定の教育政策についての無難な解説書ではありません。民主主義国家での教育政策決定においてもっとも重要な役割を果たすべき保護者・一般市民の方々に、小学校から中学校・高校への英語教育のあり方についてよく考えていただけるように書いた本です。保護者や一般市民の方々が、政治家や教育行政者の言いなりになるのではなく、理にかなった要求をして、ともによりよい公教育を目指すことが私たち著者の願いです。

いや、この言い方は硬すぎるのかもしれません。子どもにとって一番近い存在である保護者の方に、子どもが育つために大切なことを見失ってほしくないというのが私たちの願いです。どうぞこれまで英語教育の本を読まれたことがない方も手にとっていただければ嬉しいです。


■ 第二の読者層:小学校教師の皆さん

この本は、わかりやすく書きましたので、英語教育にかかわる小学校の先生方(担任および管理職)や外部人材などの関係者の方々にもぜひ読んでもらいたい思っています。

小学校の先生方の少なからずは、実施しなければならない英語教育について途方にくれているというのが現実かもしれません。他の授業ではいきいきと活躍する先生が、英語の授業となった途端、借りてきた猫のようにおとなしくなり、自称「専門家」の意見にただただうなずき、「ご指導」を仰ぐといった場面があります。

しかし、小学校の先生方の自然な発想の方が、子どもが外国語を学ぶということについて適確であることは多くあります。自称「専門家」は、英語の習得過程についてたくさん論文を読んでいるかもしれません。あるいは、中高生や成人の英語学習についてさまざまな経験をもっているかもしれません。もしくは自分自身の「英語力」について、華々しい経歴をもっているのかもしれません。

しかし、そんな「専門家」も、現代日本の小学生という存在の実態についてはほとんど知らないことが珍しくありません。それゆえに、そういった「専門家」の「ご指導」が、小学校の実態に即していないことも残念ながらしばしばあります。

私たちの第一目的は「英語力の向上」ではないはずです。私たちが目指していることは「子どもの成長」です。子どもが成長する中で、それぞれの子が英語(外国語)についての理解を広げ習熟を深めることが私たちが願っていることではないでしょうか。

また、私たちは「小学生が、中高生や大人のように英語を学ぶこと」を目指してはいないはずです。小学生がその発達段階に応じて学びを広げ深めてゆくことが、私たちが望んでいることではないでしょうか。というより、小学生が本当に必要としていることではないでしょうか。

小学校教育についてもっとも深い理解をもつ人々は、小学校教師です。小学校教師の皆さんに、英語教育についてもっと自信をもっていただきたく思っています。薄い小冊子ですので、勉強会の資料としても使えるかと思います。英語教育に対して及び腰になっている小学校教師の方々、およびそんな教師をまとめてよい小学校を作り上げてゆかねばならない管理職の方々にこの本をぜひ読んでほしいと思っています。

実は発刊前に、何人かの小学校の先生(担任や校長職)この本の原稿を読んでもらったり、この本の趣旨をお話させていただきました。「よく仰ってくれました。ありがとうございます」や「誰かに言ってほしいことが、書かれています」といった肯定的な反応をもらい、著者としても間違っていなかったと思うことができました。

これまで英語教育についての本などほとんど読んでこなかった先生方も、英語教育の本を読むと同時に違和感も覚えてきた先生方も、本を読んだ末に「英語は他の教科とはまったく違うのだ」と思うにいたった先生方もすべて含めて、ぜひ小学校の先生方に読んでいただきたいと思っています。


■ 第三の読者層: 中高大の英語教育関係者の皆さん

最後の読者層は、中高大の英語教育関係者です。上で、中学校や高校の経験だけに基いて小学校英語教育に指図をすることの危険性を指摘しましたが、中高大の英語教育関係者には、その点だけにとどまらず、この本を読んでいただきたいと強く願っています。

この本のタイトルは『小学校からの英語教育をどうするか』となっており、中学校・高校と続く英語教育についてもかなり書いています。

あえて主張を単純化するなら、「小学校に、現在の中高の英語教育を押しつけてはならない。逆に、現在、小学校でわかり始めた学びの実態から、中高の英語教育を変革せねばならない」となります。現在の中高の英語教育の問題点を、「引用ゲーム」や「身体実感」といったことばから解明しようとしました。また、学習者や教師がおかれた社会的な要因を軽視して研究や政策を進めることの危険性についても書きました。

加えて、「グローバル化」や「エビデンス」など、教育界で最近過剰とも思えるほどに口にされることばについても書きました。これらのことばが指す実態は何で、それがなぜ重要なのかを、私たちは理解しているのでしょうか。理解しないまま、権力者がそれらのことばを振り回して命令を出す。中間管理職が「とにかくこうなっていますから」と力なく上意下達する。現場の人間が「一体何なんだ」と思いながらしぶしぶ命令に従う・・・もしこれが実態とすれば、一番の被害者は子どもとなります。

子どもを育てることは、日本にとって、いやどんな社会にとっても、もっとも大切なことです。間違えないで下さい。「英語力」を育てることでも、「グローバル人材」を育てることでもありません。それらは人間の成長と共に、自然と生じてくるものでしょう。子どもが情理をわきまえるようになり、一人の社会人として周りの人々と協力して、自他ともに幸福な人生を創りあげることこそが教育の目的ではないでしょうか。

英語教育を、小学校から考え直したいと私たちは考えています。そしてひょっとすると、それは私たちの社会のあり方について考え直すことにもつながるのかもしれません。

ブックレットという形態なので、何かと入手しやすいかと思います。ぜひお読みくださいますよう、お願い申し上げます。


岩波書店HP 書誌情報

岩波書店HP「編集部からのメッセージ」






追記

この本を書く際に、著者二人は編集者のNさんに本当にお世話になりました。常に適確な助言(時にダメ出し)を、忍耐強く懇切丁寧にしてくださったおかげで、この本は形になりました。Nさんの人間的な優しさを基盤としたプロフェッショナリズムがあってこそ、私たちはこの本を書き上げることができました。また、ゲラ原稿を読んで別の角度からのコメントをくださった編集部の方々にも御礼申し上げます。

著作というのは、著者だけの作品ではないということがよくわかりました。

すべての関係者の皆様に、厚く御礼申し上げます。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

高校の英語教員です。一気に、読ませて頂きました。これから日本の英語教育はどうなっていくのだろうという不安感はどうしても消えません。「グローバリズム」というイデオロギーに覆われて、方向性についてかじ取りをする哲学もないまま、翻弄されている感じです。もっと冷静に、思考力を鍛え、豊かなコミュニケーション力を養う語学の学習であって欲しいというのは、無理なことなのでしょうか。

柳瀬陽介 さんのコメント...

匿名様、
このたびは拙著をお読みくださり、わざわざコメントをありがとうございました。
無理筋の政策が続く中、多くの教師と保護者・市民が良識を働かせ、教育をよい方向に導かないといけないと思います。幸い、このブックレットという出版物は廉価ですので、多くの方に読んでいただき、良識的な声を大きくできればと思っております。
これからもどうぞよろしくお願いします。
2015/04/06
柳瀬陽介