2009年2月15日日曜日

信じること

以下は、2/15の卒業生・修了生「追いコン」でする予定の挨拶原稿です。

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教育学部で教えるべきことは、結局二つのことに尽きるのではないかと最近思い始めました。

一つは「知ること」です。

知るといっても、それは「単に情報を得る」といったことでなく、「根拠や証拠をもち、他人と共有することによって、よりよい社会を作るのに役立てることができる客観的な知識を得る」といったことです。こういった意味での「知ること」は、卒業論文と修士論文で特に鍛えることができます。私は及ばずながらもこの「知ること」に関しては、皆さんのお手伝いが多少はできたのかもしれません。

しかしもう一つの大切なことに関しては、皆さんの方が私の先生だったのかもしれません。


それは「信じること」です。


私の尊敬する蒔田守先生は、かつてある講演会で、教師として大切なことを次のようにまとめました。

それは

信頼すること 

任せること 

待つこと 

そして、賭けてみること 

です。

これは「信じること」とまとめることができるでしょう。


「信じること」は「知ること」と対照的です。

「知ること」は、根拠や証拠を得られた限りにおいて成立すること、言い換えるなら、根拠や証拠が得られない限りは、決して成立しないし、また成立させてはいけない心の働きです。


ですが「信じること」は、根拠や証拠がないところで、あることを確信することです。


これは「知ること」のマナーからすれば、全くの誤りであり、科学では決して認められないことです。

ですが、私たちが生きるこの世界は、科学がこれまで解明してきた知識よりも、はるかに広く、深く、そして複雑なものです。そんな世界で生きるためには、人間は「知ること」だけでなく「信じる」ことも必要とします。

この点、友人同士お互いを信じ、自らの可能性も信じていた皆さんに私は多くを学ぶことができました。

どうぞ大学・大学院で学んだ「知ること」と、皆さんが周りから自然に受け入れ、自ら育ててきた「信じること」をバランスよく人生の中でブレンドさせ、幸せな人生をお過ごしください。

ありがとうございました。





4 件のコメント:

TOSHI さんのコメント...

その「追いコン」に参加させていただいたひとりです.本当にありがとうございました.


「知ること」と「信じること」のバランスは本当に難しいと思います.どちらが欠けてもダメだと思います.

「学力とは何かを疑う力である」と誰かが言ってましたが,うまくコントロールできないと,本当に学力があるとはいえないと,最近感じています.

他人に疑念を抱く力ばかり膨張させていくのではなく,まずは自分のことについて振り返る機会を作らないといけないでしょう.究極的に言えば,そのような者は永遠に「自分が可愛い」,「他人に甘やかされてなんぼ」の人間(と呼べるかどうかも分かりませんが)にしか育たないと思います.

そんな自分の中にある汚さすらも肯定的に受け入れて,毎日前を見ることが大切なんでしょうね.

と,最近少しは「脱構築化」に挑む勇気を抱いてる愚か者の駄文でした.僕だけでなく,多くの学生が先生の膨大な知識以上に,先生の「存在」に勇気をいただいております.


4年間,本当にありがとうございました.

柳瀬陽介 さんのコメント...

TOSHIさん、
コメントありがとうございました。結局上のスピーチはできなかったのよね。でも楽しかったからいいや。
人間的なバランスという点では学生さんの方が僕なんかよりはるかに上というのは、昔から感じていました。これからもよろしくね。

みっちぃ さんのコメント...

追いコン、どうもお疲れ様でした。

今回の「信じること」に関しては、私も似通ったような経験を良くします。

最近しているゲーム(ちゃんと新書も読んでますし、勉強もしてます・・・もう少しだけ猶予を・・・汗)の中で、人類よりも発達した技術を駆使し、人類を無能な下等生物だとし、駆除するための機関が宇宙に存在するという設定があります。

しかし、結局は正義は勝つ!わけですが・・・その中で、人類の素晴らしさに気づいた敵の一人が言います。

「俺たちが本当に彼らよりも優れた存在なのだろうか?技術は卓越し、精神的にも彼ら(人類)に劣るとは今まで思ってこなかった。だが、もしかすると精神面では負けているのかもしれない。彼らは何かを守ろうという信念と俺たちにはないもの(僕は「仲間との絆」だと思います)を持っている。これらが欠けている俺達に勝算など初めからなかったのかもしれない。」・・・っと。

この言葉を聞いた時、柳瀬先生のブログとぴったりだと思いました。

主人公がどれだけ優れた技術・能力・知識を得ていようとも、それを発揮する為には絶対に他者がその人の周りに存在していなくてはならない。
しかし、その他者も視点を変えれば、主人公になり得る。その見えない個々人の世界をつなぐために必要なのが「信じること」なのだと思います。

どんなに優れた技術も能力も知識も共有する相手がいなければ、ただの飾り物です。

その価値を認め、賞賛してくれる他者がいるからこそ、知識や能力は評価される。

「信頼」がなければ、他者は自分に「無関心」になり、興味を失った他者に自分を披露することはできません。

信じること・・・やっぱり大切ですね。


P.S.

ラーメン・・・いつか先生を「信じられる」日が来たら、おごります☆w

柳瀬陽介 さんのコメント...

みっちいさん、

ゲームの中の台詞といえばとても安っぽく聞こえるのかもしれませんが、大切なこととは、誰にでも言われるものであり、むしろゲームや漫画や流行歌の中にこそ、大切なメッセージというのは表現されているのかもしれません。

というわけで早く私を信じて、ラーメンおごってね(笑)。