2016年9月13日火曜日

論文の読み方(留学中の学部3年生からの質問)



現在米国に留学中のチューター生(学部3年生)から次のような質問がメールで来ました。知らない人からこんな質問されたら放置しますが(残念ながら忙しい毎日を送っています)、チューター生ですからそれなりにきちんと答えます。

一人に答えるのもブログを通じて不特定多数に対して文章を書くのも手間からするとあまり変わりませんから、長期的な効果を考えて、ここに私なりのごく簡単な考えを書いておきます。

まずは学生さんの質問です。


お世話になっております、教英26の○○です。

現在留学中の○○大学での授業の課題のことでご相談させていただきたいことがあり、連絡いたしました。

今、私が履修している授業で、「約40ページの論文を読み、要約してかつ自分の意見もまとめて、まとめたものを次の授業の際にクラスメイトに伝える」という課題が出されました。専門用語に度々つまずき辞書を引きながら進めていますが、理解できない部分も多々あり、時間もかかってしまい中々思うように進まず、ここ何日もずっと悩んでます。

授業の教授にもメールを送って聞いてみたのですが、お返事をまだいただけていません。お忙しい柳瀬先生にお聞きするのは大変恐縮ですが、先生のご経験から論文の読み方についてコツを教えていただけたらなと思い連絡致しました。

お手数をお掛けして申し訳ございませんが、よろしくお願い致します。



私なりの簡単な回答です。

私でしたら、以下の四つの方針を戦略として立てます。

(1) 細部の理解よりも全体の理解を優先させて読む。

(2) 論文構成要素の機能を理解した上で読む。

(3) それぞれの構成要素の最初と最後に注意して読む。

(4) 自分の見解表明は論文要約を終えてから始める。

一つ一つについて説明します。



(1) 細部の理解よりも全体の理解を優先させて読む。

初学者が一流学術誌に掲載された論文を隅から隅まで理解することは非常に困難です。ですから、細部の理解にこだわるよりも、全体の理解を優先させて読んでください。

しかし「部分(細部)がわからなければ、全体はわからないだろう」という反論もあるでしょう。ですが、それに対して「全体がわからなければ、部分(細部)はわからない」という再反論も可能です(「解釈学的循環」)。

理屈はともかく具体的には、「部分を読みながら全体を予測し、その予測した全体に基いて部分を読み進めて、全体の予測をさらに洗練させながらさらに部分を読み進めて・・・」といったことになるかと思います。

この時に重要なのが、最初にどの部分を読むかということです。もちろん最初に目につくのはタイトルですからタイトルをよく読んでそれが何を明示的・暗示的に意味しうるかを想像してください。しかし、タイトルは短いし、初学者の想像力(の基になる知識)は少ないのでタイトルからの想像は簡単ではありません。

そうなると最初に丁寧に読むのはAbstractです。Abstractは何度も丁寧に読んでください。その際も細部に拘らず、その論文の「主人公」(主張内容)と「敵」(批判対象)は何かといった基本を理解してください。

論文も一つの読み物です。どんな筋立てでこの論文が書かれるのかをまずよく把握してください。

Abstractさえきちんと読めば、その論文の骨子はわかります。しかし、やっかいなのが解釈学的循環で、ここでもAbstractという部分を理解するためには、論文全体、もしくはその論文が含まれている学界での論争史全体を理解をする必要があるという矛盾が生じます。

しかしその理論的な矛盾については、実践的には「部分を読みながら、常にその部分が一部となっている全体とは何かを考える」という読解法でなんとか対処するしかありません。

ともあれ、「論文の全部がわかるわけがない」と開き直って「論文全体で言いたいことをざっくり言うなら何だろう」という問いと共に読み進めていってください。もちろん、読み進める際には、もっと小さな単位で、「このセクション全体で言いたいことは・・・」、「この段落全体で言いたいことは・・・」と問いを細分化する必要があります。しかし、全体とのつながりを失った部分に意味はありません。常に全体と部分の関係を考えながら読んでください。

ちなみに、細部について具体的に「○○の議論はよくわかりませんでした」と言っても怒られることはないと思います。もちろん調べればすぐにわかるようなことまで「よくわかりません」と言うことは許されませんが・・・


(2) 論文構成要素の機能を理解した上で読む。

論文は極めて機能的に作成された特殊な文書です。「必要な情報を伝達し、著者が願う形で読者に思考を展開するように仕向ける」という機能(働き)がもっとも効率的に発揮できるような形で書かれています。

そのため、論文には、Introduction, Method, Result, Discussion, Conclusionといった構成要素が明示されていることが多いです。また、Research QuestionやPurposeといった用語で、その論文の中核が示されていることがほとんどです。

これらの構成要素ですが、それらはそれぞれに論文のWHAT, HOW, WHYを示していると考えることもできます。

論文のWHATとはその論文が「何を重要な問いとし、どんな結論を主張し、何を批判・否定するか」といったところです。これが論文の最重要部分です。まずはこれを理解するためだけにもAbstractとConclusionを読んでください。また、しばしばResearch QuestionやPurposeはIntroductionで書かれていますから、その部分だけ読んでください。

初学者の場合は、HOWすなわち研究の方法論についてはあまり知らなくてもいい場合があります(逆に言うと、研究者にとっては具体的な方法こそが大切な場合がありますが)。HOWはMethodに書かれていますので、課題に応じて効率的に読んでください(場合によっては読み捨てる場合さえあります)。

論文のWHYは、自分の見解を表明したり考えを深めるためにはとても重要な箇所です。WHYはIntroductionとDiscussion(およびConclusion)で書かれていることが多いです。Introductionでは「なぜこの論文の問いや主張が重要なのか」が書かれています。Discussion(およびConclusion)では、この論文の主張を踏まえた上での発展的考察が書かれています。知識の乏しい初学者は後者の発展的考察を理解することは難しいことが多いので、とりあえずはIntroductionで論じられているWHYに集中してください。


(3) それぞれの構成要素の最初と最後に注意して読む。

一般的に人間の注意は最初と最後に向けられます。中間部分というものはどうしても印象が弱くなるものです。この特徴を活かして、論文ではそれぞれの構成要素の最初と最後に重要な情報をもってくることが多いので、最初と最後は丁寧に読んでください(極端な場合、中間部分は読まないという方略さえ初学者のうちは可能です)。

構成要素は、上で述べたIntroductionやMethodといった論文全体の水準でも、段落 (paragraph) といった中間的な水準でも、一文(sentence)といった細かな水準でも考えられます。どの水準でも最初と最後だけは丁寧に読んでください。

ただし、段落の水準では、最初に著者の主張ではなく、著者が批判したい説(「敵」)について書かれていることもしばしばあります。これは物語り (story telling) の構造としてContext-Problem-Solution(全員で前提とする状況の確認 - 困った問題や謎の提示 - 問題や謎の解決)といった筋書きがとてもよく使われるからです。日本の英作文教育ではよく「最初に自分の主張を書きましょう」と教えられますが、英語の論文の場合は必ずしもそうではありませんので注意してください(これに限らず、教師が言うことを鵜呑みにしないようにしてください。もちろんここでいう「教師」にはこの文章を書いている者も含まれます)。


(4) 自分の見解表明は論文要約を終えてから始める。

自分の考えを表明することが求められるといっても、論文を要約しながら、その折々に自分の考え(というより感想)を書くことはやめてください。そんなやり方で意見表明をすると、ニコ動やツイッターレベルの思考しかできなくなります(そもそも要約そのものもおかかしくなります)。

そもそも論文とは、これまでの通説・常識をくつがえすために書かれるものですから、初学者がいきなり読んですぐに(偉そうに)コメントできるようなものではありません。まずは上記の(1)から(3)といった横着をしつつも、頭の中で汗が出るぐらい考えながら要約を書いてください。書きながら、「こう要約することによって論文の主旨を歪めてしまわないだろうか」と自問自答してください。そのように丁寧に書くことによってはじめてまともな読解ができます。

論文要約ができたら、休憩するか、可能なら一晩寝てください。そうして新鮮な頭でその要約を読むと、これまで浮かばなかった考えや疑問が浮かぶかもしれません。それを自分の見解として、論文要約に付け足してください。



留学中の勉強は大変だと思います(というより、日本の大学が甘すぎるのですが・・・)。ですが、自ら選んだ試練ですからたくさん苦労して、そこから強さと優しさを学んでください。

もっとも健康は常に最優先事項です。頭や身体が疲れたら休んだり遊んでください。

それではまた

2016/09/13
柳瀬陽介


0 件のコメント: