寺島隆吉先生と寺島美紀子先生が、Howard Zinn & Anthony ArnoveによるVoices of a People's History of the United Statesの翻訳書である『肉声でつづる民衆のアメリカ史』を上梓されました。
この『肉声でつづる民衆のアメリカ史』(以下『肉声史』)の案内と訳者あとがきは、ともにPDF版で寺島先生のホームページから読むことができます。
これらを読みますと、この翻訳が現代日本にとって重要な出版であり、また翻訳をされた両先生の苦労が想像を絶するほどのものであったことがわかります。
原著は世界的なベストセラーになったHoward ZinnのA People's History of the United States(翻訳『民衆のアメリカ史』(以下『民衆史』)の史料編にあたりますが、この『肉声史』は著者のジン自身が認めるように、人びとの生のことばを集めている以上、『民衆史』よりも魅力ある書であるかもしれないからです。(日本人読者にとっては、一定のアメリカ史理解を前提とする『民衆史』よりも読みやすいと言えます。他方、『肉声史』の各章各節の冒頭にはジンによる「その時代の概説」と「登場人物の簡単な説明」が加えられています)。
しかし、生の声を集めた本というのは、翻訳者にとっては悪夢のようなものでしょう。調べなければならないことが山のようにあるからです。「訳者あとがき」で寺島隆吉先生は次のように述べます。
ですから、本書で取りあげられている人物についてゼロから学び直す必要がありました。こうして購入した本は、和書と洋書を合わせて、優に二〇〇冊をこえます(関連の音声資料CDや映像資料DVDを含めると三〇〇点をこえるでしょう)。分からないところがたった一句あるいは一文なのに、 その不明部分を確認するために文献をアメリカから取り寄せねばならないこともありました。
翻訳すれば上下2巻で1300ページ以上になる史料集を翻訳するなど、想像しただけで寝込んでしまいそうですが、寺島先生ご夫妻はこの偉業をなしとげました。それを支えたのは、この本の中の人びとの声でした。
私たちは、このように何度も投げ出しそうになりながら、この四年間、夏休みや冬休みも(正月もお盆も)返上して、そして平日は土曜日も日曜日も休まずに翻訳に取り組んできたのですが、崩れ落ちそうになる私たちを支えてくれたのは、本書に収録されている人物の「肉声」でした。
さらに寺島先生は、私達、現代日本の市民に向けてこう述べています。
今の日本はアメリカから新しい経済制度が導入され、派遣社員という制度にみられるように、就職難に加えて簡単に首切りができる、ますます生き辛い社会になってきています。 ですから、そのような中で毎日を苦闘しながら生きている若い皆さんに、まず第一に、本書を読んでほしいと思ったのです。(中略)
さらに今の日本では、東日本大震災と福島原発事故で政府から見捨てられ、自力で生き抜くことを強いられている多くの被災者がいます。戦時中におこなわれた「集団疎開」する権利さえ認められていません。そのような皆さんにも、本書をぜひ読んでほしい、そして「生きる力」をそこから得てほしいと切に願っています。
これは沖縄の皆さんについても言えることではないでしょうか。昔も今も、アジア太平洋戦争中だけでなく戦後も、戦争の矛盾・軍事基地の矛盾を一手に引き受けさせられているのが、沖縄のひとたちではないかと思うからです。そのひとたちにとっても本書の「肉声」は必ずちからと勇気を与えてくれると信じています。
私も含めて英語教師というのは、案外にアメリカのことを知らないものです。それに加えて私は「ナラティブ」を研究のキーワードの一つにしています。さらに言うなら、私は研究者としてとても中途半端でまとまった仕事をきちんとしていません。ですから私はこの本を自ら買って読み、そして寺島先生にお願いしてサインをしていただきたいと願っています。サインをねだるなんてミーハーなようですが、挫けそうになる自分を鼓舞するために、この偉業を達成した寺島先生の直筆をいただきたいと思います。
と同時に、この本を広く読んでもらうために、大学図書館にも入れてもらうつもりです。(寺島先生ご自身も、この本は大部で高価なので公共の図書館に入れてもらうことを積極的に勧められております)。
また、こういうものは機会ですから、わかりやすい以下の関連図書や、短時間で視聴が終わる以下のDVDも購入して、アメリカをより多面的に理解しようと思っています。これらの読書・視聴は、私をすこしはましな英語教師にしてくれるでしょう。
ともあれ、寺島先生ご夫妻の偉業に心からの敬意を捧げます。寺島先生、この貴重な書を私達日本語同胞のために翻訳してくださり、本当にありがとうございました。
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