2019年2月12日火曜日

柳瀬陽介 (2018) 「なぜ物語は実践研究にとって重要なのか―読者・利用者による一般化可能性」 『言語文化教育研究』第16巻 pp. 12-32


この度、『言語文化教育研究』の以下の特集号において、拙論を掲載していただけました。私が物語(ナラティブ)についてずっと考えてきたことをようやく一つの形にすることができたことを個人的にはとても嬉しく思っております。

『言語文化教育研究』第16巻
特集「ナラティブの可能性」
2018年12月31日公刊


柳瀬陽介 (2018)
「なぜ物語は実践研究にとって重要なのか
―読者・利用者による一般化可能性」
『言語文化教育研究』第16巻 pp. 12-32


この論文の概要は以下の通りです。もしご興味があればぜひ上のURLをクリックしてお読みください。

本論文は実践研究における物語の重要性(および危険性)を,物語概念を理論的に整理することで明らかにした。理論的整理は,心理学者ブルーナーの物語様式の理論を社会学者ルーマンと哲学者アレントの意味理論で補強しながら導入し,さらに歴史学者ホワイトの物語的歴史についての理論を重ね合わせることによって行った。その結果,形式・題材・素材・筋書・言語・基調・実在性の観点において物語を科学規範様式の論証と対比的に特徴づけた。その特徴づけの中で,世界の複合性と人間の複数性を扱いうる意味概念を提示した。さらに,実践的過去を描く歴史叙述と物語の共通性を指摘し,物語の重要性(「私たちは何をするべきか」という問いかけに答えること)と危険性(出来事を単純な教訓話やイデオロギーにしてしまうこと)を指摘した。このような物語は一般化可能性をもつが,それは,実践研究を実践的に読み解こうとする読者の想像力と思考力に応じて得られる読者・利用者による一般化可能性であることも示した。



『言語文化教育研究』に拙論を掲載していただくのは、以下の論文に続いて二回目です。

柳瀬陽介 (2014)
「人間と言語の全体性を回復するための実践研究」
『言語文化教育研究』第12巻. pp. 14-28

これら二つの論文は、私にとってはとても重要な論文です。

英語教育系の学会ではなかなか取り上げてくれない理論的な論文を評価してくださったこの学会の皆様、および査読・掲載の大変な作業をしてくださった編集委員会の皆様に改めて厚く御礼を申し上げます。

また、この学会が投稿者に30ページ(約32,000文字=400文字原稿用紙で80枚)の分量を与えてくださっていることも本当にありがたいです。現在主流となっていない考えについて丁寧に論考しようとするとどうしてもある程度の分量が必要だからです。

私としては今後もこの学会を自分の中の重要な研究の場として、この研究共同体に少しでも貢献ができればと思っております。




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野口裕二 (2018) 『ナラティブと共同性 自助グループ・当事者研究・オープンダイアローグ』
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2019年2月4日月曜日

野口裕二 (2018) 『ナラティブと共同性 自助グループ・当事者研究・オープンダイアローグ』




この本はナラティブ・アプローチに関しての全体像を得るのに非常に役に立ちました。本書は四部から構成されています。特に、一般向けに書かれた第一章、現職教員向けに書かれた第二章、文学研究者向けに書かれた第三章から構成される第一部は、およそことばに興味を持つ人にとって非常に含蓄のあるものになっていると言えましょう。

個人的に今回私は、オープンダイアローグについて書かれた第三部を面白く読みました。以下の■は、その中でも特に勉強になったところを私なりに表にしてまとめた「お勉強ノート」です。日本では(臨床)社会学者などにより研究が進んでいるナラティブ・アプローチですが、正直、私はこの分野について不勉強です。そんな私がまとめたものですから、誤解などがまぎれていることを怖れます。ご興味をもった方は必ず原著をご参照ください。なお▲は私の蛇足です。



■ ナラティブ・アプローチの三つの代表的方法の特徴

第七章 (pp. 109-122)
「ナラティブとオープンダイアローグ --
アディクションへの示唆」より


代表的著作
特徴


Narrative Therapy
White, M. & Epston, D. (1990). Narrative Means to Therapeutic Ends, New York, W. W. Norton. (小森康永(訳) (1992) 『物語としての家族』 金剛出版)

・「外在化」
・「問題が問題なのであって、人が問題なのではない」


Collaborative Approach
Anderson, H. & Goolishian, H. A. (1988). Human System as Linguistic Systems: Preliminary and Evolving Ideas about the Implications for Clinical Theory. Family Process 27 (4), 371-393. (野村直樹(訳) (2013) 『協働するナラティブ』 遠見書房)

・「治療的会話」
・「無知の姿勢」


Reflecting Team
Andersen, T. (1991). The Reflecting Team: Dialogues and Dialogues about Dialogues. New York, W. W. Norton.(鈴木浩二(監訳) (2001) 『リフレクティング・プロセス』 金剛出版)

・「リフレクティング・プロセス」
・対話の外部からの視点を参照しながら対話を深める。


■ オープンダイアローグとナラティブアプローチの三つの違い

第八章 (pp. 123-133)
「ソーシャルネットワークの復権」より

(1) ソーシャルネットワークの再生を直接目指す (Seikkula & Olson, 2003)
▲ オープンダイアローグの詩学 (THE POETICS OF OPEN DIALOGUE)について

(2) これまで語られたことのない経験にことばを与えることの重視 (ditto)

(3) 情動の重視 (Seikkula & Timble, 2005)
▲ オープンダイアローグにおける情動共鳴 (emotional attunement)
▲ オープンダイアローグにおける「愛」 (love) の概念


■ 家族療法・ナラティブアプローチ・オープンダイアローグの比較

第八章 (pp. 123-133)
「ソーシャルネットワークの復権」より


発見
問題認識

家族療法

・「悪循環するシステム」としての家族
・問題は個人というより家族システムで発生

ナラティブアプローチ
・「言説に支配されるシステム」としてのヒューマンシステム

・問題は家族システムというより言説システムで発生
・「外在化」などで問題を解決せずに解消させることが可能

オープンダイアローグ
・「独話に支配され対話のないシステム」
・問題の発生場所を特定することより、問題をめぐって対話を行うネットワークを作り上げる方が大切


▲ オープンダイアローグと当事者研究、そして関係性文化理論

上の二つの第八章のまとめから考える限り、オープンダイアローグと当事者研究には大きな違いはないように私には思えます。

そうなりますと野口先生がオープンダイアローグについて述べられている「個人の変化ではなく、個人が取り結ぶ関係の変化」、「個人の能力や資質ではなく、個人が生きる場や関係を豊かにすること」、「ひとりでも頑張れる能力ではなく、みんなで生きていく関係を作ること」 (p. 133) を目指すことは、当事者研究についても当てはまることかと思います。

これらの関係性の重視に関しては、共同研究者の中川篤さんが関係性文化理論 (Relational Cultural Theory) に注目して、その視点から当事者研究などのコミュニケーションのあり方について解明を加えようとしています。その研究の途中経過は以下で口頭発表します。


中川篤・柳瀬陽介・樫葉みつ子

弱さを力に変えるコミュニケーション:
関係性レジリエンスの観点から検討する当事者研究

言語文化教育研究学会第5回年次大会
201939日(土) 13:15-13:45
早稲田大学早稲田キャンパス3号館709教室
大会情報
プログラム



しかし、もちろんオープンダイアローグと当事者研究がまったく同じというわけではありません。オープンダイアローグが治療方針などを決める話し合いを専門家だけの場から専門家だけでなく患者や関係者も含めた共同体の場に移したという意味で「開かれた対話」をしたのに対して、当事者研究は話し合いを当事者研究の共同体を超えて広く社会に公開するというより積極的な意味で「開かれた対話」をしているという点で大きく異なります(第15回当事者研究全国交流集会名古屋大会での熊谷晋一郎先生の発言)。

15回当事者研究全国交流集会名古屋大会に参加して

この意味では、当事者研究の方が、より社会性の高い方法と言えるかもしれません。もちろん、これは当事者研究の方がオープンダイアローグよりも優れているなどといったことを含意するものではありません。情報公開の輪をどこまで広げるかは、当事者の置かれた状況などから判断すべきことは言うまでもありません。

 ナラティブ(あるいは物語)というのは、人文系の中核にある概念だと思います。人文系でしかありえない私としてはこの概念について以下のようにいろいろと考え続けていました。幸い、もうすぐブルーナーの物語論を基にした論文を公開することができ、それは私にとっての一つの到達点となりますが、もちろんそれはまだまだ物語論の表面をひっかいたぐらいのものです。これからもこの概念について勉強を続けなければと思います。


 



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河合隼雄 (2010) 『心理療法入門』岩波現代文庫
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