2012年1月5日木曜日

日野晃先生による「文科省が『武道』を導入」という記事




1月3日の私の記事「身体で考え、示す」でも書きましたように、ふと日野晃先生の著作が目にとまり、それらを再読できたことは本当に幸運なことでした。

そうやって日野先生のことを少し改めて調べてみるとブログも書かれておりました。



日野晃のさむらいなこころ
http://blog.ap.teacup.com/hinobudo/



あわててRSS購読を始めましたところ、すぐに知ることができたのが1月4日の「文科省が武道を導入」の記事でした。このブログ記事の続きは以下のページに全文掲載されていますので、ここではその全文掲載ページのURLを掲載します。



文科省が「武道」を導入
http://www.hino-budo.com/school-budo.htm



読んで、様々なことを感じさせられましたので、勝手ながらここに日野先生の文章を引用(適宜、読みやすさのための改行を挿入)しながら、私の蛇足の文を加えます(ご興味ある方はぜひ上のページの全文をお読みになって、原文の流れに即してご自身で様々なことを感じ取ってください)。



日野先生は、文科省が武道を学校教育に導入するというニュースに対して、日頃から「日本の軍国主義(への逆戻り)」を過敏に糾弾する国々が何もコメントを出していないことから、国際的にも「武道」というものが、「完全に習いごとやスポーツの一つであり、何ら本質が無い」と見られていると考えます(そういえば国内でも武道の導入を「本来怖ろしいものを学校教育に入れること」として捉えている声はほどんどないように思えます)。日野先生は「武道も舐められたものだ」とおっしゃいます。

日野先生が慨嘆されていることは、武道とスポーツの違いがまったく理解されていないことです。まあ、たいていの日本人にとっての「柔道」とはオリンピック競技のことであり、海外の人にとっては"Judo"でしかないというのが実際のところでしょう。「えっ、Judoも武道でしょう?」というわけです。しかし、日野先生は武道とスポーツの違いを見失ってはいけないとします。



むろん、スポーツ競技が悪いだのレベルが低いだのという話ではない。

スポーツと武道は全く違うという話だ。

武道と呼ぶからには、少なくとも GHQ が禁止したものでなければいけない。
http://www.hino-budo.com/school-budo.htm



こう書くと、日野先生は、武道導入によって軍国主義を復活させるべきと言いたいのかと思われるかもしれませんが、それは誤解です。



しかし、ここで勘違いてもらっては困る。
武道=軍国主義ではないし、武道=意味の無い精神主義でもない事を。

武道の本質には二重性がある。

その一つは、自分以外の価値のあるものを、 自分の生命を投げ出して守ること 。
例えば、家族であり、地域であり、国のことだ(外国でいえば軍人のことだ)。

その一つは、 生命ということを直視(死生観)すること である。

この二点が暗黙の内に備わっている精神が、日本には脈々と流れており、それが日本を取り巻く当時の環境や間違った指導者の為に歪められた結果、軍国主義と呼ばれる結果になっただけなのだ。
http://www.hino-budo.com/school-budo.htm



競技スポーツは大半の場合、競技者個人の栄光や満足のために行ないます(そしてその個人を有する組織・団体・国がその栄光をできるだけ利用しようとし、競技者に様々な便宜をはかることも周知の通りです)。しかし武道は、個人(=言い切ってしまうなら、私利私欲)のためでなく、自分以外の何か・誰か大切なものを守るために稽古します。自分自身をも守ることも当然ながら目指しますが、武人は究極のところで、犬死でなく、自らの生を完成させるための自らの死に方・死に場所を求めます ― そのあたりをエンターテイメント作品でわかりやすく描いているのは「ラスト・サムライ」です。現実世界では例えば、東京消防庁ハイパーレスキュー隊がそういった「サムライ」がまだ生きていることを示したかと思います ―。

この、生命を投げ出すことをも回避しないという武道の第一の本質は、第二の本質である死生観にそのままつながります。

武道では、人を殺傷しかねない技を稽古します。現代の稽古では仮想上のことにすぎないかもしれませんが、稽古での身体を通じて生死と向きあうわけです。武道の稽古では死生観が練磨されます。


つまり、こちらの一瞬の隙、一瞬の決断の鈍り、曖昧な動き、無駄な動き等が、こちらの生命の危機に直接繋がるということであり、こちらの攻撃そのものは、相手の生命と関っているからである。

したがって、死生観とでもいうべきものと共に、成長していかなければならないのが、武道の稽古なのである。

死生観 とは、死を通した生の見方をいう。

人が死んだらどうなるか?どこへ行くのか?死後や死者をどう捉えるか?その大前提の下に、生きることとは何か?死ぬこととは何か?等に対しての見方、考え方のことである。
むろん、正解などどこにもない。

そのことと正面から向かい合い考える。

その考える過程に意味があるだけである。

その意味で、答えだけを求めたい、あるいは知りたい現代人には、まるで不向きなことだ。
http://www.hino-budo.com/school-budo.htm



下手をしたら相手に大怪我をさせてしまいかねない武道の稽古では ― つまりルールで安全を十二分に確保した競技スポーツではない本来の武道の稽古では ― 自分本位で身体を動かすことが許されません。そのような自分勝手な動きでは攻撃することも防御することもできないからです。武道の稽古では我意・我見・我執を取り去った動きを修めなければなりません。


また武道を、体操や単なる運動と無意識的に捉えていれば、 脳から身体そのものに発する神経系統の信号は、従来のまま、つまり、幼児や子供の頃から自然成長的に培ってきた、単純な運動系の信号でしかないからだ。

そして、自我と自意識の表れとして、根本的に自分本位で物事を進める、という思考回路が定着している。

そこを変換させる、進化させる、ここに武道を稽古する意味、稽古が武道になっていく意味があるのだ。

そこが面白いところだ。

つまり、端的に言えば現代において武道を学ぶとは、自分を超えて行くところにある、という一語に尽きるのだ。
http://www.hino-budo.com/school-budo.htm


この「自分本位で物事を進める思考回路を変換させ」、「自分を超えて行く」ことが単なる観念論でなく、実際の技に直結していることを日野先生は解説されます。ですがこのあたりは理解しにくいところかとも思いましたので、以下、日野先生の文章を私なりに書き直してみます(同時に私は、私の誤解が混入してしまうことを怖れます。繰り返しますが、ご興味を持たれた方はぜひ原文をご参照ください)。



「自分を超えて行く」とは、心においては「自分勝手を排除する」ということであり、運動においては「自分勝手に動かない」ことです。「自分勝手に動かない」ことは、よく言われる「相手の力を利用する」や「相手に逆らわない」でもありますが、これは言うは易く行うは難しいことです。特に相手が武道をきちんと稽古しているなら、その相手は違和感を察知する能力が極めて高く、自分が「相手に逆らわない」ように動いているつもりでも、相手にはその違和感がすぐに察知されてしまうからです。

武道での察知能力は、相手の投げる、突く、斬る等の「いま・瞬間」、意識の起こりを察知することです。武道の守り(盾)においてはこの察知能力を高めます。しかし、戦わなければならない相手には守るだけでなく攻撃しなければなりません(矛)。ですが、その攻撃(矛)が相手に察知されれば攻撃はできません(逆に反撃すらされてしまいます)。

ここに武道の稽古の「矛盾」があると言えます。つまり互いに限りなく攻撃能力(矛)を高めながらも、同時に限りなく察知能力(盾)を高めなければならないということです。相手の高い察知能力(盾)を超えようとする中で、武道を稽古する者は自分の攻撃(矛)の背後にある「意識の起こり」(=自我や自意識、ひいては自分勝手)を消すことに努めなければなりません。そのように稽古をつめば攻撃能力(矛)は高くなります。また、それは自らの察知能力(盾)をさらに高くすることにつながるでしょう。かくして武道の「矛盾」は限りなく武人を練磨するわけです。



日野先生は、この身体操作における自我・自意識・自分勝手の問題に向き合うことも、武道にとって本質的なことであり、この問題を回避したままの運動を武道の稽古と呼んではならないとお考えのようです。


つまり、ここを乗り越えていけるかどうかは別として、乗り越えて行こうとする事を武道の稽古と呼ぶのだ。

そして、そのことは昔日の達人と呼ばれた人達だけが、逆に言葉を返せば、ここに気付いた人、乗り越えた人が達人と呼ばれ後世に名を残す結果となったのである。
http://www.hino-budo.com/school-budo.htm



さらに日野先生は、もし「武道」を学校教育に導入するのなら、この自意識の問題を外してはならないとします(この問題を扱わないのなら、「武道」導入は、単なるスポーツ種目の追加であり、学校教育に本質的な変化はもたらされないと考えるべきでしょう)。ですが現実の「武道」導入の背後には様々な政治的事情があるにせよ、多くの国民が思っていることは、日本社会はこのままでよいのか、何らかの本質的な変化が必要なのではないか、ということでしょう。それならば新たなスポーツ種目ではなく武道を学校教育に導入すべきでしょう(しかし、指導者が圧倒的にいないという深刻な問題もあるのですが)。


もしも、学校教育として武道を導入するなら、これらの要素を外しては話にならないのだ。
また、これらの要素を外してはいけない理由に、武道としてではなく社会生活を送る人としても外してはいけない。

幼い自意識の大人を排出すれば、つまり、自分勝手を正しいと思う人を排出すれば、社会は無茶苦茶になるから。

それは、メディアを賑わす事件を見れば分かる筈だ。
すでに排出されているということだ。
http://www.hino-budo.com/school-budo.htm



と、武道の話をしましたが、このブログの本来の読者(のはず)である、学校英語教育関係者の方々は、縁遠い話と思われたかもしれません。

しかし、そうではありません。

それは日野先生が滋賀県のある小学校で6年生のあるクラスで行ったワークショップのエピソードからもうかがうことができます。


小学生達は少し緊張した面持ちで、教室に集合していた。
初日は、まず武道についての話を、休憩を取らず二限に渡って話をした。
この長時間に及ぶ難しい話を子供達は、微動だにせずに聞いた。
それをこの場にいた、校長を含め各クラスの担任や副担任は驚いたのだ。

休憩時間の時、その事が話になった。
担任達は一限であっても、子供たちを集中させるのは難しいのに、どうして皆は私の話を聞いたのか、と不思議がってその理由を私に聞いてきた。
それが本来の武道の最重要要素である「相手に声を届ける」の実際であり、「正面向かい合い」だ。

私自身が子供達と正面から対峙し話をした。
もちろん、それだけではない。
子供達の表情、身体の表情を観察し、退屈しているのか集中されているのか、を見極めながら話をしていたのだ。
それが正面向かい合いの一面でもある。
つまり、一方通行的正視ではなく(一方通行的正視は『睨む』という)、相互に関係性が築き上げられる仕掛けを持つ正視ということである。
http://www.hino-budo.com/school-budo.htm



この、相手に「正面から向かい合い」「声を届ける」ことは以下のセミナーで行われているようです。


武禅
http://www.hino-budo.com/buzen3.html
第85回武禅(平成23年10月8~10日)レポート
http://www.hino-budo.com/buzen5.html




たまたま卒業生からもらったメールでの新年メッセージにも、次のような述懐がありました。

9か月の教員生活を経験して、英語教員として新たに気づいた課題も多くあります。授業規律をつけることの難しさ(生徒指導面)、生徒一人一人と信頼関係を築くことの難しさ、そして授業には日々”変化”が必要であるということなどです。

こうして字面におこしてみると、学生時代にも上記のことの重大さを知っていたような気が致しますが、実際に生徒たちの日々の変容を目の当たりにしてみると、まるで違ったことのように感じられます。今まで考えていた対処法をすれば、すっと解決する、そんな簡単なことではないと実感します。

学生時代に対処法だと思っていたことがこんなにも実践するのが難しいことなのかと、日々考え、悩んでおります。生徒たちは、言葉尻ひとつ、ことば選びひとつで、全く違う感情を抱きます。そう考えると、二の足を踏んでしまったり、対応が後手になったりと多くの失敗を重ねました。これらを次年度には生かしていきたいと思います。


学生時代に字面で学んだ知識が無駄だとは思いませんが、その知識も、教師の生身で具現化し、生身の生徒との関係の中で活かされなければ、役にたちません。教師は「現場」の「実践家」である以上、具体的な関係性の中で感性を十分に働かせなければなりません。

教師が生徒に「声を届ける」ことの大切さは、かつては竹内敏晴氏などが力説していましたが、まずは生徒と正面から向き合い、生徒に声を届けることを、すぐにはできないにせよ、試みなければ、どんな指導法を学んでも、どんなに声を荒らげても、無駄なのかもしれません。


まあ、そのように自分自身と他人(ひいては自他の生死)と向かい合うことを回避し続けることが可能になるように、企業が次々と商品を発売してゆき、人々が次々にそれに目を奪われようとすることが、現代の高度資本主義社会・消費社会と言えばそれまでなのですが。





しかし、この文章をまとめながら感じたことは、この書いている自分自身の自分勝手さです。こうして文章を書くことで振り返ってみると、私は武道の稽古はおろか、日常の仕事も生活も自分勝手にしか行なっていません。私も少しはきちんと自らの我意・我見・我執に向き合わなければと思います。少なくとも自分は恥ずかしい存在なのだという自覚は忘れないようにしたいと思います。







2012年1月4日水曜日

言語教師志望者による自己観察・記述の二次的観察・記述 (草稿:HTML版)




以下は、2011年8月21日の第37会全国英語教育学会で口頭発表した研究の草稿です。授業「言語コミュニケーション力論と英語授業」の参考資料としてここに掲載します。


***



言語教師志望者による自己観察・記述の二次的観察・記述




広島大学 柳瀬陽介



1 序論


1.1 背景と先行研究

質的研究は、2000年代から日本の英語教育界でも認知されるようになってきたが、質的研究に関する原理的理解はまだ十分ではない(柳瀬 2011)。リフレクションやナラティブも実践としては進められているが(吉田 2009)、さらなる発展のためには原理的理解を必要とする。自己やコミュニケーションといった根源的テーマを理論的に掘り下げ、かつその理論的理解を実証的に検討しておく必要がある。

自己やコミュニケーションについては、近年の神経科学やルーマンの社会学などがそれぞれの立場から同じような理論的理解に到達しようとしている。神経科学は「自己」について、フロイトらが説明した無意識(unconsciousness)以外に、自覚や想起が不可能な非意識(non-consciousness)の領域があることを明らかにした。その非意識がなしていることは膨大なものであり、私達が「自由意志」(free-will)として想定していた意識の働きは存外に限られかつ遅延されたものであることも解明されてきた(Libet 2005, Eagleman 2011)。さらに「自己」(self)とは、認知機構(mind = consciousness, unconsciousness, non-consciousnessのすべてを含む概念)が自己言及を行うことにより生じるといった哲学的展開(Damasio 2010)も生じている。

自己言及(self-reference, Selbstreferenz)に関する哲学的展開は、20世紀前半のラッセルのパラドックスゲーテルの不完全性定理など、さらに20世紀中頃のサイバネティックスや人間の言語の最大の特徴とされる"recursion"に代表される大きな潮流だが、その潮流をコミュニケーション論に結実させたのがルーマンの社会学(ルーマン 2009, Luhmann 1998)である。(なお"self-reference"を、この論文では主に「自己言及」と訳すが、自らに"recursion"(「再帰」)するという意味では「自己回帰」「自己参照」といった訳語、自らを基盤とするという意味では「自己準拠」といった訳語も可能である。以下、「再帰」「自己回帰」「自己参照」や「自己準拠」といった語も"self-reference"の意味合いを明確にするために適宜用いる)。

ルーマンは自己組織化するシステム(オートポイエーシス・システム:後述)を理論基盤とし、コミュニケーションは、人間の意識を基盤としながらも、意識とは独立して自己組織化するコミュニケーションシステム(「社会システム(soziale System, social system)」)だとした。意識も意識システム(「心理システム(psychische System, psychic system)」)であるが、これもその基盤となる生物システム(「生命体(Organismus, organism)」)には還元できない自己組織化を示す。しかしこのような基礎理論に基づいたリフレクション・ナラティブ研究は、TESOL Q (2011, 45,3)の特集号(the special-topic issue on Narrative Research)などにも見ることができない(Barkhuizen, 2011)。基礎理論の取り込みは英語教育研究の課題である。


1.2 研究課題と意義

上記のような背景から、本論はリフレクションやナラティブを、特に自己とコミュニケーションの観点から理論的かつ実証的に解明することを目的とする。研究課題は、言語教師志望者のリフレクションとナラティブを、ルーマン社会学にならって自己観察と自己記述として捉え、その自己言及的側面を理論的に理解し、かつ実際のデータからその理論的理解の妥当性を検討することである。

本研究は、リフレクションやナラティブそのものの理論的側面に着目するという点で理論的意義を有する。さらに、リフレクションやナラティブ実践への理論的支援という実践的意義も持つ。さらに、自己やコミュニケーションという根源的テーマは、現実の言語使用をめぐる営みの基盤であり、これらの解明は、その他の英語教育研究にも深いレベルでの洞察を与えることが期待できる。

ここで本研究の免責事項を付記しておくなら、本論は研究者の主体的関与を考慮しない(あるいは否定する)いわゆる「客観的実証的研究」ではなく、そのような枠組みによって評価・批判されることを是としない。また後述するプロジェクトの教育的卓越性を示そうなどとするものではない。さらに、研究協力者のプライバシーを守るため、研究協力者の個人的分析などを避け、データIDや記述においても、万が一の個人特定を避けるため、所属講座や性別はわざとわかり難いように記述する。



2 理論的背景

ここでは主にルーマンの晩年の大作『社会の社会』(ルーマン 2009)に依拠しながら、観察・二次的観察、自己・自己言及・オートポイエーシスといった概念を整理する。

まずは観察(Beobachten, observation)である。観察を理解する際に重要なのは、自分が何かを観察するとき、観察をしている自分自身は観察対象から外れていることである。しかし観察されていないからといって、もちろん自己が不在なわけではない。自己は、自らが何かを観察している時、その観察をしているという自覚において成立している。つまり、何かが観察されているからには、それを観察している何か(=自己、Selbst, self; 主体、Subjekt, subject ― 本論では「自己」と「主体」を同義とする)があるはずだと、自らの認識が自らに回帰することにより自己(あるいは主体)が、観察によって基礎づけられるわけである。ルーマンは次のように端的に述べる。


主体として指し示されているのはひとつの実体であり、それは単に存在するということによって他のすべてのものの担い手となる云々などと考えるわけにはいかない。主体とは、認識と行為の基礎としての自己言及そのものなのである。(ルーマン 2009 1166)

Als Subjekt bezeichnet man nicht eine Substanz, die durch ihr bloßes Sein alles andere trägt, sondern Subjekt ist die Selfstreferenz selbst als Grundlage von Erkennen und Handeln. (Luhmann 1998 868)


自己とは自らが認識や行為を自覚的に重ねる度に自己回帰的に形成される。新たな認識や行為を行う度に、それらを行なっている自己が自己準拠的に生成する。それは不変・不動の機械が、インプットを内に入れアウトプットを外に出すイメージではない。機械は作動により自らが変容することはない(たとえ摩耗することはあるにせよ)。だが自己は機械と異なり、認識や行為の度ごとにその作動が自己回帰し自己そのものが変容する。変容といってもそれはランダムな変化ではなく、認識や行為に適した形での変容であるので、それは組織化と言ってもいい。さらにその組織化は自己を基盤として新たな自己を作り出すわけであるから、「自己組織化」(self-organization)「自己再生産」(self-reproduction)や「自己創出」とも呼べる。ここにおいて、システム論的に作動的閉鎖性(operational closure ―システムの作動はシステム内に閉じられているという意味―)が強調される時、「オートポイエーシス」(autopoiesis)という用語が好まれる。本論も今後この用語法に倣う。

自己をことさらに観察(自己観察)しようとするなら、私たちのオートポイエーシス性が更に顕在化する。自己は私達とは分離独立した時空に存在する実体ではないわけであるから、自己観察は私たちの行為や認識を観察することによって行うほかない。自己は、その行為や認識を改めて観察することによりようやくそれなりの形を表す。もしもともとの認識が(何か他のものの)観察ならば、この自己観察は「観察の観察」という意味で「二次的観察」(second-order observation)と呼べる。

しかし重要なことは、二次的観察も観察に過ぎず、それ独自の盲点を持つことである。二次的観察を行なっている際の自己はその観察の基底ではあるもののその観察の対象とはなっていない。三次的観察を行えば二次的観察の際の自己を観察できるだろうが、その三次的観察にも盲点がある。観察の次元を上げても観察が完璧に近づくわけではない(この理由でルーマンらは「三次的観察」といった「二次的観察」以上の高次の標記は使用しない。本論もこれに倣う)。さらに観察は多様であり多元的でもある。私たちはこれ以上の観察を要しないような最終的で客観的な観察を持ち得ない。

最終的で客観的な観察を持ち得ないということは、このオートポイエーシス的な認識論が近代以降の伝統的認識論と異なることを示している。伝統的認識論は、主体とはまったく独立し、観察されることによってもまったく変容しない客体(の存在と認識)を主張している。もちろん例えば計測機械を用いることにより、私たちは長さや重さといった観察において高い客観性を担保できる。しかし計測機械などがない観察においては、この伝統的認識論の客観性は主張しがたい。人間は観察されているとわかっただけで振る舞いを変える(「ホーソン実験」)し、観察者も被観察者に観察を自覚されたことを自覚してしまうと観察が変わる。私たちの日常的・人間的な観察において、客体も主体も変容を免れない。

とはいえ私たちは時に、ある物事が一定の形でしか観察できないと感じる。しかし、それは「客観性」を得たのではなく、ある主体が自己回帰的に観察を繰り返す中で、一種の観察パターン(「固有値」)が成立したと考えるべきであろう(ルーマン 2009 1186) 。また、自己の要素は多種多様で多く存在するわけであるから自己要素の組み合わせの総数をシステムは予め知り尽くしておくことはできない。オートポイエーシスは時に自らが驚くような自己を産出する。



3 データ収集方法

概要:データは、ある教育学系の大学院で英語、国語、もしくは(第二言語としての)日本語を専攻する修士課程1年生を対象に行われた「プロジェクト」の活動を通じて収集された。プロジェクトの説明を聞いた上で筆者の活動グループへの帰属を希望した14名は、匿名化されたデータ公開に改めて同意し、プロジェクトに正式参加した。プロジェクトの第一目的は「私はなぜここにいるのか」というテーマで、自分が言語教師を目指すに至った経緯を想起(自己観察)し、それを書く(自己記述)することである。これは参加者の学究生活充実のために設定された。同時にプロジェクトは第二目的をもち、これが本論での研究となった。第二目的は、第一目的での自己観察・記述を重ねる中で気づいたことをまとめること、つまりは二次的観察・記述であった。記述は参加者だけがアクセスできるWebCTシステムにすべて蓄積された。日本語を母国語としない者も複数いたが、その参加者もすべて日本語で記述した。

期間:2011年5月から7月にかけての8週間。活動をするのは1週間に一度の90分の授業と、授業外でのWebCTシステムへの書き込みであった。

(1)第1期の5週間は書記言語活動であり、(1a)授業の大半を使っての自らの学習履歴の想起と記述(自己観察・記述)、(1b)授業最後の10-15分を使ってその日の自己観察・記述を振り返りそのことについて書く(二次的自己観察・記述)、(1c)授業外の時間に他の院生の学習履歴記述を読んで気づいたことを書く(他人の自己観察・記述の二次的観察・記述)こと、が5週間(つまりは5回)繰り返された。

(2)第2期の3週間は音声言語活動であり、14名がランダムに3グループに分けられ、そのグループで第1期に気づいたことを話し合った。具体的には(2a)授業の大半を使ってのグループ討議、(2b)授業最後の10-15分を使ってその日の討議を振り返り気づきを記述、(2c)授業外の時間に他の院生の書き込みを読んで気づいたことを書くこと、が3週間(つまりは3回)繰り返された。

方針:以下の方針が最初に説明され折に触れ再確認された。(i)自分が書く話は結論づけなくてよい:いわゆる「いい話」にまとめなくてよい。(ii)完成品は求めない:記述は未完成のままでもよいし、文体上の統一なども求めない。(iii)規範的な判断はしない:教師も含めて誰も書かれた内容に関して道徳的な批判をしない。(iv)いかなる強制もしない:書きたくないことは書かなくてよいし、何か書きたくないことがあるということも書かなくてよい。(v)プライバシーに留意:WebCTシステムの範囲とはいえ書かれたものは他人に読まれるので、関係者のプライバシー侵害には十分気をつける。

理論的導入:本プロジェクトの第一目的はともかく、第二目的は趣旨を理解しにくいとも思われたので以下の理論的解説を行った。(ア)ルーマンのオートポイエーシス論(筆者のグループ帰属が決まる前の合同説明会で20分)。(イ)神経科学の意識論(第1期初回の15分)、(ウ)ユングのタイプ論(第1期初回の15分)、(エ)村上春樹の自己記述に関するエッセイ(第1期初回の10分)。(ア)と(イ)は本論で説明した趣旨であり、(ウ)は観察の先入観について、(エ)は自己を抽象的・客体的に取り出すことの困難について説明したものであった。

データ整理:以下の過程でデータを整理した。(A)基本データの確保:WebCTシステムに残されたすべての文章(約16万文字)を電子ファイルにコピー。(B)一次抽出:基本データから理論的に興味深いと思われた表現を抽出(約3万7千文字。基本データの23%)ただし導入した理論に反することや、それに関係ないことも排除しない。(C)二次抽出:一次抽出データを読み直し分類化してさらにデータを絞る(約2万4千文字。基本データの15%)。(D)分類化された二次抽出データをさらに何度も読み直し、口頭発表・論文執筆の際に参照するデータを精選する。データには、順番に、ランダム化した個人番号(2桁のアラビア数字)・日本語が第一言語(F)か第二言語(S)かの区別・書かれた日付(4桁のアラビア数字)が記号化して付与されデータIDが付けられた。つまりデータIDは7桁の英数字である。だが、記述の簡素化のため、以下しばしば冒頭の2桁数字だけを参加者を示すために用いる。



4 データ解釈


4.1 意識のオートポイエーシス性

自己観察と自己の固有値:当然のことながらこのようなプロジェクトでは自己観察が促進されるが、興味深いのは最近のこと(学部時代)のことは書きにくく、昔のことの方が書きやすいことである(12F0603)。自己観察・記述が単なる記憶の再生なら、最近のことについての方が書きやすいはずであるが、実際はその逆であることは、自己観察・記述(のパターン)は、年月を重ねて徐々に重層的に形成されるものであることを裏付けている。

そのような重層的な自己観察・記述は、自己回帰的でもあり、それゆえ時に「固有値」に収束していることも裏付けられた。例えば06F0520は、自分が普段から自分についてよく考え「私」像を強く一定の形で形成しているので、本プロジェクトのような特別な機会ではその枠組に入らない自己観察・記述を自分が拒んでいるかもしれないとする。だがその枠組からの解放も可能で、同じ06は約一ヶ月後の感想で自分の人生を書けなかった理由を書いている(06F0616)(しかしこの記述をするためには一ヶ月のコミュニケーションが必要であったとも言える)。また別の、あるべき自己像を強くもっていると述懐していた13も、プロジェクト終盤にかけて、たくさんの『自分』を対象化できたのがよかったと述べ、唯一であるべき自己から解放されたとする(13F0630)。またこういったパターンは他人にも観察されることが「他人の目を気にしながらもやはり『記述にその人らしさが出る』」(10K0623)などからもうかがえた。

意識の自己準拠・回帰・参照的創出:04S0609は明確に「自分の歴史は自分で作っているように強く思う」と言い切る。しかしその「作る」とは同時に「記憶が当てにならないこと」の自覚を伴ったものであり、この04は後に自己観察・記述が「素顔」であるという気持ちと、「薄化粧」だという気持ちの両方が自分の中にあると述べている(04S0616)。このことから「自分で作っている自分の歴史」も、単一的な意思による単純な作成ではないことがわかる。この自己の不確定性は08F0610の「いろんな考えが思い浮かびはしたが、どれが本当のそのときの自分の気持ちなのか、全く分からなかった」という発言、あるいは09F0616の「自分の過去の事実は変わらないが、思い出すそのときの状況で過去から受ける印象や細部の有無が変わっており、その記述も変わる」といった発言でも確認できる。とはいえ自己観察・記述は、まったくの恣意でないことは、11S0502が自分について「どうしてこうなったか学習履歴を振り返って原因を探し出したい」と自己観察・記述を信頼していることからも伺える。

意識と書記言語:言語発話とは単なる意識の直接反映ではなく、また音声言語と違い、書記言語によって表現されることによってはじめて明らかにされる意識のあり方もあることが今回のデータから明らかになった。

まず挙げられるのは、書記言語を使用することにより、断片的な意識や思考がまとめられ対象化されて、自己意識が明確になることである。10F0513は「思考がそのままパソコンの画面に出たらいいのにとも思うが、書き言葉として、自分の考えを表出することも自分のことを振り返るために重要」とも述べる。さらに直截的には、13F0603は「履歴として羅列をすると、量(頻度)が目で把握できる」ため普段の生活では意識に上がりづらいネガティブなことに気づくことができるとする。

こうした対象化に促されて思考がはっきりするし、思ってもみなかったことが出てくることは、10F0513や05F0609の発言にも伺われた。これらは、書記言語を媒介にして自己から出てきた自己観察・記述が、さらに素材となり次の自己観察・記述を招くというオートポイエーシスが生じていることを示唆している。この事態を、11F0603は「一時的に何を書けばいいのか分からなくても、とりあえず書く、そのうちに何を書きたいかだんだん分かるようになる」と表現し、01F0708は「言語化することで、その時の感情が改めて思い出され、実はそうだったのかという気づきが多く出てきました」と表現する。

そうしてオートポイエーシスによって生じた自己記述は、自分で予期しなかったものとなることもある。09F0513は「最初は自分の思うままに書き始め、その時その時の自分の考えを書いているが、読み直して整合性がなかったら修正を加える」と述べる。09はさらに「何度も読み直したり推敲したりしたにもかかわらず(むしろそのせいで)、後から読んでみると自分の感じていたことと異なっていることがあるというのが、なかなか興味深かった」(09F0623)と述懐する。自己観察・記述は最終的な完結を迎えることもなく、「自己」とはどこかぼんやりと把握できるにすぎないものである。08F0708はこう発言する―「思考していた時の自分の思いと、最終的に文章化されたものと見比べたときの、あらゆる変化や、ただ頭の中だけで考えても分からない、自分自身の性質のようなものを発見することができた」。自己観察・記述は、(書記)言語が固有のメディアとして働くことにより生じるものであり、言語は意識の状態をそのまま表現する透明な媒体などではない。


4.2 言語のメディア的特徴

ここでは特に意識、コミュニケーションといったシステムの違いにかかわらず成立していると思われる言語のメディア的特性について述べる。

メモ言語とコミュニケーション書記言語:自分自身のためのメモとして書かれる言語と、書面のみで他人に意味を伝えるコミュニケーション用の書記言語は、同じ「書記言語」であっても、実質はかなり異なる。その違いは「どう書けば読み手が理解してもらうか、或は理解しやすいか」(03S0602)、「文章に直すことで更に、『他人に読みやすいものを』との意識が更に高まる」(13F0602)、ひいては「『うまく書こう』とか『表現を整えよう』という心理が働き、思ったことをそのまま書くことはできなかったように思う」(14F0527)といった述懐に見られる。

音声言語と書記言語の違い:音声言語は書記言語に比べて産出の労力が少なく、かつ話者と聴者が同一の時空を共有し表情などのパラ言語的表現を間近に観察できているため、メタメッセージ ―例えば「このメッセージを冗談として理解せよ」と示す笑顔など― が明確であり、信頼関係が醸成されやすい。そういった特性から「私自身は文字で書けなかったことが正直に話せました」。(04S0630)といった発言なども見られた。また簡単にできる質問といった相互作用により、書記言語では理解しがたかった点も理解できたというのは(07F0623)の述懐である。

他方、言語の産出の労力が大きくかつ言語が対象化されそのまま半永久的に残る書記言語においては、書き手は慎重に思考し分析的になる。12F0624は「その場で消えていく話し言葉と、後に残る書き言葉では、その重みが全く違うように思いました」と述べる。書記言語のほうが思考に適していることについては、03S0630は「言語化しないと、意識が明確にならないこともあります。だから、何かを考える際に、考えるだけだったらめちゃくちゃになる可能性があるので、書いたほうがわかりやすいかもしれません」と述べ、04S0609は「書くことと考えることは同時に起こっているような気がする。書いているうちに考えが浮かんできて、それらを整理し、まとめていくことができる」とした。

第二言語性:日本語を第二言語とする参加者は、端的な困難(04S0603)、ニュアンスが表せない苦労(03S0603および04S0630)、自分が書いたものが小学生が書いたものに見えるかもしれないといった不安(03S0526)、異文化を伝えることの苦労(04S0630)などをやはり感じていた。さらにジャンル習得から来る困難もあった。04は、「論文やレポートなどの学術的な書類の書き方と違って、学習歴は自分の体験や日頃感じたこと、考えていることを書くという創作的な(小説を書くような)書く作業なので、外国語でどこまで自分の心情をありのままに、的確に表現することができるのか、一種の無力感さえ覚えました」(04S0630)と述懐した。

ただ言語教育指導の点で興味深かったのは、このプロジェクトでは言語正用・誤用について一切の介入も行われなかったのにもかかわらず、第二言語参加者は、言語的判断から解放されて書くことの楽しさを表明するだけでなく(11S0527)、正確性を逆に追求するようになったことである。04S0708は「外国語としての日本語で書く作業では、意味がだいたい通じればそれでいいというのではなく、できるだけ正確な日本語で書くように、自分の中で強く思いました。速くて多くのことを書くよりも、内容が少なくなっても正確に書くように注意を向けていました」と述懐した。


4.3 コミュニケーションのオートポイエーシス性

 オートポイエーシスは、コミュニケーションという集団のレベルでも観察される。とはいえ、本研究の主要データは、あくまでも参加者個人による書記言語報告であり、第2期の音声言語での討議も録音していないことを予め断っておく。
 
 異なる人々が集まってのコミュニケーションでは、個々人のコミュニケーション・スタイルの違いが当然のことながら問題になる。自己開示に対しては「怖い」「困った」と感じる者から、「気にしていなかった」「そんなことは忘れていた」と述懐する者など様々であった。しかし自己開示に消極的であった参加者も「私だったら、これを人に知って欲しくないので書きたくないだろうと思うことを、受講生の方が書き出されたのを見て、心の底から『勇気あるな~』と思って、感動しました」(04S0616)と感じ、「お互いの書き込みを何度も読むことによって、知らずに信頼関係が築けているようにも思います。書き言葉の重みも感じています」(04S0623)と述懐するなど、プロジェクトのコミュニケーションが、新たなコミュニケーション・スタイルに自己組織化していったことが示唆される。
 
 しかしコミュニケーションの自己組織化は、個々人それぞれに異なる影響を与える。08F0623の総括によれば、影響は内容面での影響、文体・表現の面での影響の二つに大別できる。内容面については、02F0616は「ほかの人の書いたものを読んで,面白いなあと思った部分も自分の“人生”の中で必死に探しました。人に喜ばせる,面白いと思わせる内容を書きたい」と正直に述懐した。文体・表現面については、表層的には前に述べたメモ言語からコミュニケーション書記言語への転換で述べたようなことが見られるが、深層については13が次のように総括する。
 
書く際の意識に関わらず、どこかで他者の目を気にした文章になっていたり、書く時点での自分の状況が求めるようなつながりになっていることは、ほとんどの人に共通するところだと改めて感じた。しかし、逆に言えば、こういった感想を書く際も、自分の中にある真の考え等とは別にした、よそいきの感想を書いているのかなとも感じた。(13F0623)


 しかし集団でのコミュニケーションが個人の意識に影響を与えるというのは、「本当の自分」を阻害するといった否定的な意味合いで捉えられるというより ― そもそも本論は「本当の自分」といったものに疑いの目をもっている ―、コミュニケーションとは、他人の見方を先取した表現方法を学ぶということなのかもしれない。
 
「他の人」「見ている人」を意識して書くようになってきていると思いました。何回も「書く」「他の人のを読む」を繰り返していくうちに、自分も含めた「読み手」の特性のようなものを理解して、それを意識した書き方になっているのではないかと思いました。(09F0616)


 コミュニケーション、特に書き話すことは個人では学べないと言えるかもしれない。



5 結論

 理論的に確認された自己観察と自己記述の自己言及的側面(オートポイエーシス性)は、今回のデータにより、意識レベルでもコミュニケーションレベルでも見られた。
 
 個々人の意識は、自己参照・自己準拠的に重ね書きされるものであり、自己回帰が過ぎると時に固有の自己観察・記述パターンに収束する。だが、そのパターンも書記言語によって記述されるならば新たな二次的観察の対象となり意識化され、そこからの解放も可能である。集団でのコミュニケーションも、個々人は集団でのコミュニケーションのあり方に大きく影響を受け、いわば、誰から・どこからということもなく、コミュニケーション自体が自己準拠的・自己組織的に展開する。
 
 意識とコミュニケーションの両方において言語は大きな役割を担う。音声言語と書記言語はそれぞれのやり方で意識とコミュニケーションそれぞれの形成に関与する。書記言語は特にメモ言語なのかコミュニケーション書記言語なのかで大きくあり方が変わる。加えて第二言語で書く際には、言語的困難・ジャンル習得の問題があるものの、互いにできるだけ正確に内容を理解し合いたいという動機があれば、外的な強制や介入はなくとも自然と正確な言語使用に向かっていく例も観察された。
 
 オートポイエーシスは、言うまでもなく「自己」を基盤としたものである。言語使用を、意識の十分な開拓およびコミュニケーションの十分な展開に基づくものとしようとするなら、言語使用における「自己」は重要である。だがこれは、特段に自分のことばかりを述べることを意味しない。観察・記述のオートポイエーシス性からするならば、狭義の「自分」以外の他のものの観察・記述も、「自己」の表現である。しかしこれまでの外国語教育では、ともすれば正用法・模範例文に即すること(典型的にはそれらを暗記すること)ばかりが強調され、言語表現と「自己」の関わりが軽視されがちであった。学習する外国語使用も、あくまでも一人一人の学習者がそれまでに培ってきた感情・思考、そしてそれらの表現媒体である言語(母語およびそれまで習った第二言語)に根付いたものでなければ、外国語は体得しがたいといえるだろう。
 
 意識とコミュニケーションは言語使用(および言語使用の学習)によって共進化する。ならば言語教育は、(それが単に言語形式の教育を行っている以外の時には)、意識システムとコミュニケーションシステムそれぞれの自己言及、および両者の接続を促さなければならない。つまり言語を言語のみとして教えるのではなく、言語を、自己意識を育て集団のコミュニケーションを構成するメディアとして改めて位置づけなければならない(この当たり前のことを認識しなければならないことが外国語教育の問題点の一つである)。
 
 この研究に対する考えられる反論について予め応えておく。反論の一つは、この研究では研究者の理論的バイアスがかかっている、というものである。それに対する応答は端的には「その通り。しかし『客観的』な実験研究でもその仮説に従った観察しかできない」となろう。いかなる研究とて理論的バイアスを持つ。測定の方法がいかに「客観的」なものであれ、測定の項目はその研究が採択する理論の傾向によって決まらざるを得ないからである。
 
 考えられるもう一つの反論は、研究者の権力性が今回のデータを引き出した、というものである。これに対しては、研究における教師と学生の権力関係を否定はしないものの、8週間にわたって14人の大学院生の全発言をコントロールすることは困難と応答する。本論ではページ数の関係で、ごくごく一部しか示していないが、数多くのデータが多種多様な形で理論を裏付けている。これらのデータすべてが教師の権力性によって生み出されたとするのは考えすぎであろう。
 
 今後の課題について述べるなら、意識・言語・コミュニケーションの関連は、言語教育の核でもあるので、より理論的な研究が必要であろう。同時に、歴史研究に比するべき、ある教師もしくは教師共同体に関する、より個性記述的な研究も必要であるし、そのような理論的・実証的研究に裏付けられた、教師リフレクション・ナラティブの支援も英語教育研究の課題の一つである。



参考文献

Barkhuizen, G. (2011) Narrative knowledging in TESOL. TESOL Quarterly, 45, 3. doi: 10.5054/tq.2011.261888

Damasio, A. (2010). Self comes to mind: Constructing the conscious brain. New
York: Pantheon.

Eagleman, D. (2011). Incognito: The secret lives of the brain. New York: Pantheon.

Libet, B. (2005). Mind time: The temporal factor in consciousness. New York: Harvard University Press.

Luhmann, N. (1998). Die Gesellshaft der Gesellschaft. Berlin: Suhrkamp Verlag.

柳瀬陽介(2011).「意識の神経科学と言語のメディア論に基づく教師ナラティブに関する原理的考察」『中国地区英語教育学会研究紀要』41.77-86.

吉田達弘他(2009).『リフレクティブな英語教育をめざして―教師の語りが拓く授業研究』東京:ひつじ書房.

ルーマン、N.著、馬場靖雄・赤堀三郎・菅原謙・高橋徹訳 (2009).『社会の社会 1・ 2』東京:法政大学出版局.


謝辞: 今回の研究は、参加者の理解と協力なしには成り立たなかった。参加者の誠意と熱意に改めて感謝する。また本研究は科研「第二言語教育に特化した教師ナラティブ研究の理論的・実証的展開」(課題番号21520577)の一部である。科研の研究支援にも感謝する。





2012年1月3日火曜日

身体で考え、示す。

年末年始に考えたことを書く。長い文章なので、お暇な方だけどうぞ。



昨年12月の山岡洋一氏追悼シンポジウムが終わると、疲れがどっとでてしまい、ひさしぶりに本がまともに読めなくなった。(後に述べる例外はあったけど)読もうとしても文章が頭に入ってこない。善男善女による英語教育のことなんて考えたくもない。たまった仕事に妙にイライラしてしまう。ツイッターなども見る気になれなかった。

長年の経験から、これは疲れがたまっていることから生じる症状に過ぎないと判断していたので、仕事納めを楽しみにしていた。やらなければならない仕事はたくさんあるのだが、年末年始は完全休養するつもりだった。義理を欠いても休まないと身体がもちそうになかった。

29日と30日はただ阿呆のごとくDVDやテレビを見ていた。DVDといっても、頭を使うようなきちんとした映画はとても見ることができなかったので、『サウスパーク 無修正映画版』などを見た。

この映画は「○ロ」の「○」の中に「エ」「グ」「ゲ」などを入れても眉をしかめない人にしかお勧めできない。特に翻訳(吹き替え)の点からすると非常に面白い。私は最初に英語字幕・英語音声で映画を見て、次に英語字幕・日本語音声(関西弁での吹き替え)で二度目を見たのだが、これは何をどのように何処まで翻訳するのかという点でいろいろ考えさせられた。「エ」「グ」「ゲ」の挿入に心乱されない人は見て、翻訳(吹き替え)について考えてみると面白いかもしれない。

ただ、このような作品を人に薦めた場合、単なる下ネタの部分にだけ反応して「いやぁ、あれオモシロイッスよね」と近づいて来る人がしばしばいるが、このような作品の「毒」 ―このような表現を、自分も含めた誰にでも取らなければとてもやってられないという切実な気持― を理解できるだけの知的感性をもたない人は、私には近づいてきてほしくない(このように否定的な言葉を出すということは、私は今の時点でもずいぶん疲れてイライラしているようだ)。ロックでもジャズでも(あるいはクラッシックでもいいのだが)、一度、表現を極限にまで徹底させたい衝動を感じたことのない、単なる下品なだけの鈍感な人は、このような作品の表層だけを語ることをやめて欲しい。絶望的な思いをしながらも ―本当は絶望というほどのものでもないのだが―、それでも前を向かなければならない切迫感を感じたことがないのなら、テレビの歌番組でも見ながらツイッターでつぶやきあっていてほしい。

と、文章を書き始めて、自分がまだずいぶん不機嫌なようなので自分でも驚いているが ―私はこれでもずいぶん回復したからこの文章を書き始めたのだが―、ついでながら毒づくと、30日の夜にテレビで見た『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』はひどかった。コメディにもエンターテイメントにもなっていない。テレビの質が落ちたとは昨今の時候の挨拶のようでもあるが、フジテレビ系列が金をかけてこれだけのものしか作れないのなら、テレビ系の作品劣化は相当酷いのだろう。これなら『アメトーーク』を見続けていた方がよかった。

それに約半年ぶりにテレビを見ると、CMはこれほどに多かったのかと驚いてしまう。自分の人生というものは、自分の時間に他ならないのだが、その時間をこれほどに細切れに支配されてしまうのは、どうにも賢明な生き方とは思えない(こう偉そうに言う私も半年前まではけっこうテレビを見ていたのだが)。「タダほど高いものはない」というが、テレビは怖い。


31日になって、せめて年賀状でも書かなければと思ったが、書こうとするとどうも猛烈なイライラ感がまだ襲ってくる。メールの返事も書けない。世間の義理を果たすことは諦めることにした。十数年ぶりに一枚も年賀状を書かないまま新年を迎えることになった。




***


これほどの疲労感とイライラが久しぶりにくるのは、単なる身体の疲れだけではないのだろうということは、この頃までには疑いようのないものになった。私は3.11以降のことを総括できないでいた。この不全感が私の心身の奥底に巣くっていた。


***


3.11の衝撃には言葉を失った。現代日本の同胞が家を失い家族を失い、寒さに震えながら飢えていた。同じ時期の西日本では、私の近隣のスーパーマーケットにもあふれるほどの食品がならんでいた。この事態が信じられなかった。

原発事故が人災であることが明らかになり始めた頃から、私は文部科学省などの木で鼻をくくったような対応に怒りまくっていた。私はよく文部科学省の学習指導要領の批判などもするが、その批判はある意味「国」という威信が少々では崩れないことを前提としているものだ。だがこのような対応をしていれば、国民は(少なくとも当事者とされた国民は)「国」への信頼を根本から失ってしまうのではないかと心底怖れていた。毎日数多くのツイートを流した。ブログ記事もとにかく書きまくった。今思えば、あきらかに尋常な心境ではなかった。

だから5月のある金曜日の昼休みに、文部科学省が子供の1年間の許容被ばく線量目安の「20ミリシーベルト」をとりあえず引き下げるという報を聞いた時は力が抜けてしまった。その日は午後に2つ授業があったのだが、正直私は腑抜けのようになって教壇に立っていただけだと思う。


ここで私は力尽きたような格好になってしまった。


ブログ記事を見ても6月と7月はほとんど書いていない。8月になって、同月の学会発表と9月の学習英文法シンポジウムの準備にはさすがに追われてそれ関連の記事は書いているが震災や原発のことについては書いていない。実際、8月の盆休みは家にこもって冷凍食品ばかり食べながら学会準備をしていた。久しぶりに脳がクタクタになるぐらいまで発表準備をしていた。

秋からはいつもと同じように授業や英語教育関係のブログ記事が続く。とはいえ数は例年より少ない。とにかく忙しかった。折々に考えたことをまとめる時間がなかったことが恨めしかった。



しかしそれ以上に恨めしかったのは、自分自身だった。



震災の爪あとはまだ残っている。原発問題は今なお現在進行中だ。しかし、春先と同じような情熱(あるいは激情)と時間でもってこれらの問題に正面から立ち向かおうとする自分はいなかった。

今振り返ってみると、私は巧妙にこれらの問題から逃れていた。無論時折これらの問題についてのツイートはしていた。だがそれはひょっとしたら自分に対する言い訳だったのかもしれない。まさに現在進行中のこの大問題に対してほとんど何もできないだけでなく、何もできないことの自覚さえ巧妙に隠そうとしている自分がいた。心底ではそんな自分に気づきながら、自分は気づいていない演技を自分自身に対してもしてきたのかもしれない。

私は意識の奥底で自分を好きになれないでいた。同時にこのような現実的な問題が進行している最中に、自分が自分を好きになれるとかなれないとかいう自閉的な問題に拘泥している自分が情けなかった。さらにこのように自分が自分を好きになれないし情けなく思っているということを正面から見据えようとしない意識の混濁が私の心身を蝕んでいた。




***


だがここまで気持を整理できるようになったのは、実は今日ぐらいのことだ。話を12月の翻訳シンポの後に戻すと、私はある日、もうやってられないと、5時過ぎに帰宅した(中高年の小さな反抗というのはこのくらいのものである)。

帰宅して手に取ったのは買っていてそのままにしていた村上春樹のインタビュー本『小澤征爾さんと、音楽について話をする』だった。

村上春樹は、以前から少しずつ語っていた文章と音楽の関係についてこの本でも述べていた。


音楽的な耳を持っていないと、文章ってうまく書けないんです。だから音楽を聞くことで文章がよくなり、文章をよくしていくことで、音楽がうまく聴けるようになってくるということはあると思うんです。両方向から相互的に。(129ページ)

僕は文章を書く方法というか、書き方みたいなのは誰にも教わらなかったし、とくに勉強もしていません。で、何から書き方を学んだかというと、音楽から学んだんです。それで、いちばん何が大事かっていうと、リズムですよね。(129-130ページ)

言葉の組み合わせ、センテンスの組み合わせ、パラグラフの組み合わせ、硬軟・軽重の組み合わせ、均衡と不均衡の組み合わせ、句読点の組み合わせ、トーンの組み合わせ、句読点の組み合わせ、トーンの組み合わせによってリズムが出てきます。ポリリズムと言っていいかもしれない。音楽と同じです。耳が良くないと、これができないんです。できる人にはできるし、できない人にはできません。わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。(130ページ)


だが、そんな春樹の話よりも面白かったのは小澤征爾の述懐だった。私は20代に小澤征爾の『ボクの音楽武者修行』の瑞々しさを本当に愛したし、サイトウ・キネンのチャイコフスキー・弦楽セレナードやモーツァルト・ディヴェルティメントK.136 は大好きだった。またたまたま友人宅のDVDで見たストラビンスキーのエディプス王には本当に衝撃を受けた(だが小澤のブルックナー第八番だけはいただけなかった。ブルックナーをあんなに感情的に指揮してしまってはいけない、と私はテレビを途中で切った)。

この本で明らかになったことの一つは、小澤が本当に語学下手であったことだ。よくもまあ、こんな語学力で長年外国で仕事ができたものだとあきれるほどだ。しかし小澤には、師匠の斎藤秀雄氏から学んだ指揮法という身体言語があった。彼は身体を使って音楽の仕事をした。さらにバーンスタインやカラヤンなどのリハーサルを徹底的に観察し、楽譜も徹底的に読みこなした。小澤は言語では考えず語らず、音楽で考え語った。

そんな小澤は、村上の質問を受けて次のように応答する。


(しばらく黙考する)あのね、あなたとこういうことを話していて、それでだんだんわかってきたんだけど、僕ってあまりそういう風にものを考えることがないんだね。僕はね、音楽を勉強するときには、楽譜に相当深く集中します。だからそのぶん、というか、ほかのことってあまり考えないんだ。音楽そのもののことしか考えない。自分と音楽とのあいだにあるものだけを頼るというか・・・(229ページ)


この小澤の発言は、よくわかるような気がした。とりわけ小澤がマーラーについて語るとき、マーラーをそれほどあまり聞かない私にでも、音楽でマーラーがそして小澤がやろうとしていることがよりわかるような気がした。確かに彼らは音楽で考え、音楽で語っている。言語でなく、音楽で考え語るということは確かにあることだ(たとえこれが比喩表現に過ぎないにせよ ―だが「気分は上々」が比喩表現であることを通常私たちは問題視しない―。



ユングによれば、心の機能を「思考-感情」という合理的な対立軸、「直観-感覚」という非合理的な対立軸の交差で説明することができる。とりあえず思考を上(12時)に置くと、時計回りに右(3時)が感覚、下(6時)が感情、左(9時)が直観となる。人間の心は、上下・左右のどちらかを優越機能、もう一つを劣等機能として持つ。(例えば私はおそらく直観、次に思考を優越機能としてもち、感情そして感覚を劣等機能としてもっているのだろう。だから私は直観的な思考には強いが、感情と感覚は未分化で粗野でしばしばコントロールを失っている。)


私の自己分析はさておき、言語と音楽の話に戻るなら、言語は思考と直観を得意とする表現媒体、音楽は感情と感覚を得意とする表現媒体とは言えないだろうか。もちろん言語が感情と感覚を表現できないとか、音楽が思考と直観を表現できないというわけではない。

しかし例えば哲学的な思考と直観を表現するには音楽よりも言語の方がはるかに好都合だろうし、にわかに名状しがたい感情や感覚を表現するなら言語よりも(例えばドビュッシーのような)音楽の方が適しているだろう。もちろん例えばバッハやブルックナーの音楽は私達の思考や直観を刺激する。宮沢賢治の言語は私達の感情や感覚に直に訴えてくる。だから言語も音楽も私達の心の主機能 ―思考・感情・直観・感覚― のどれをも表現できる。しかしその特性において言語と音楽は大きく異なる。

私は大学院生の頃から理屈っぽいことばかりを言語で考え語ってきたが、他方、中毒のように音楽を聞いてきた(今この文章を書きながらも聞いている)。これは私の心の無意識の補償作用だったのかもしれない。だが最近は音楽を聞くことすらおろそかになっていた(あるいは聞いても心を響かせないままにしていた)。だから私の心もカピカピに乾ききってしまったのかもしれない。



そんな村上春樹と小澤征爾の本を読んでいたことを思い出したのは、31日のことである。だから年末最後のこの日は音楽ばかり聞くことにした。自分の言語で考えたくなかったからだ。疲れきった身体と、心底で自分を憎んでいる心から生成される私の言語で考えてもろくなことにならないと思ったからだ。

夜はEテレ ―多くの人と同じく私はこの略称にまだ馴染めないでいる― をつけていた。定番のベートーベン第九が演奏された。私はオーケストラの音のすべてを聞こうと努めた。音楽で考えるためだ。ベートーベンや彼の作品の演奏家がそうしているように、言語ではなく、音で考えようとした。だから音楽を聞きながら余計なことを考えることなく、ひたすら音を追おうとした。主旋律ばかりに耳を傾けてしまいがちな意識を操作し、その他の音をできるだけ聞きとろうとしていた。


だが第四楽章で私はまた怒りを覚えてしまった(やっかいな中高年だ)。音楽による思考が中断された。いわゆる「歓喜の歌」の訳詞が画面に流れる。



抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
父なる神が住んでおられるに違いない

諸人よ、ひざまついたか
世界よ、創造主を予感するか
星空の彼方に神を求めよ
星々の上に、神は必ず住みたもう



「嘘をつけ!」と私は画面に対して毒づいていた。歌っている、演奏している、あるいは聞いている人のどれだけが神を信じているというのだ。もちろんクリスチャンもいるかもしれない。しかし少なくとも私のような人間にとっては、クリスチャンであっても神を信仰するということはそれほど容易なことではない(それどころかMother Teresaにとってすら信仰を保ち続けることは困難であった)。


たしかに私にとっても、3.11直後に第九を聞くことは大きな体験であった。大きな励ましであった。


だが「フクシマ」以降 ―現代日本の「繁栄」の偽善・狡猾さ・無責任さ、そして残酷さが明らかになった後― 「兄弟よ」と第九を歌い・聞き・讃えることは、おそろしく鈍感なことであり、不誠実であるとさえ言えることではないのだろうか。


Eテレの続く音楽番組はその後、佐渡裕がベルリン・フィルを振るショスタコーヴィチ交響曲第5番を放映した。巨体をゆらせて汗を飛び散らせる佐渡を嘲笑うことは容易だ。しかし今の私達にとっては、狡猾に保身と自己表現を重ね合わせたショスタコーヴィッチを聞くことの方がはるかに誠実なこととはいえないだろうか(たとえ第5番を「熱演」することが「鈍感」のそしりを免れないことだとしても)。

私はCD棚にショスタコーヴィッチの作品を探したが、交響曲全集も弦楽四重奏全集も大学に置いていた。私はEテレの音楽番組を見続けたが、もう心は半分ショスタコーヴィッチのことを考えていた。

考えていたというのは、音楽ではなく言語、私の言語で考えていたことであり、それは鬱々とした思考とならざるを得なかった。


私はブログでその年の総括をすることをしばしば行なっていたし、2011年はことさらに総括しなければと思っていた。しかし何度やろうとしてもできなかった。実は、私は年末に福島で被災した先生に出会う機会があったのだが、はたせるかな私は何と言っていいのかわからなかった。同じように31日になっても私は2011年を自分の言葉でまとめることができなかった。せめて「総括できない」ということだけでも年内にブログに書こうかとも思った。だがそれもできなかった。私の心身はとても自分の言葉を書き出す状態になかった。無理矢理言葉を書きつければ、私はその自分の言葉を激しく拒絶していただろう。




***


そうして新年を迎えた。元旦礼拝に教会に行き、母の家を訪れてそこで一泊した。私の心は、まだ混濁したままだったが、身体の疲れはようやく少しずつとれてきたようだった。だが武術の稽古はおろか、身体を整える運動すらする気にはなれなかった。身体もまだきちんと回復はしていないのだろう。


そんな中、私は村上春樹の『小澤征爾さんと、音楽について話をする』の後に読んだ桜井章一の『運を超えた本当の強さ 自分を研ぎ澄ます56の法則』のことを思い出していた。

この本の著者は桜井章一となっているが、実際は将棋の羽生善治がインタビューしたものであり、彼の問いかけの素晴らしさが桜井章一氏の深さをよく掘り起こしている。世間的な知名度では羽生氏の方がはるかに上であり、また麻雀と将棋という異なる競技ではあれ、少なくとも同等の扱いを得ても当然といえるのに、羽生氏はこの本で徹底的に裏方にまわり、桜井氏の再三の誘いも丁寧に断り、ひたすら桜井氏からの言葉を引き出そうとしている。本の売れ行きからしても羽生善治の名前を出したほうが絶対に売れるはずだし、出版社もきっとそれを強く薦めたはずだが、この本では羽生氏は徹底して裏方に徹している。だから私はことさらに、桜井章一氏に興味をもった人が読むべき本としてこの『運を超えた本当の強さ 自分を研ぎ澄ます56の法則』をあげておきたい。(関連記事:桜井章一先生の著作8冊桜井章一(2010)『努力しない生き方』集英社新書桜井章一(2009)『負けない技術』講談社+α新書


この本の主要テーマの一つは「身体」である。羽生自身、次のような見解をもちつつ桜井に次々に問いかけてゆく。


いろいろやるのですが、どこかで限界がきてしまう。頭の容量は決まっています。私自身、考えるだけの限界を感じてきているので、そろそろ身体を使うほうにシフトしようかと思っています。(68ページ)


その羽生の問いかけが明らかにしてゆく桜井章一の麻雀とはまさに「身体」によるものということである。通常なら一時間くらいはかかる半荘の大会を15分ぐらいでやる、桜井率いる雀鬼会の麻雀スピードについて、桜井は次のように語る。


そこまで速くできるのは、打つ時に考えを入れないからです。もちろん何を切ってもいいわけではありません。切る牌より大切なのは、牌の切り方、動作です。動作が精神や脳を揺らしている。その動作こそを道場で教えています。(63-64ページ)


普通の人が聞けば「ハアッ?何すか、それ。アッハッハ」と高笑いしそうな記述かもしれない。しかし語っているのは麻雀の代打ちプロとして20年間無敗であった男であり、それに真剣に耳を傾けているのは将棋史上初の「永世六冠」であることを忘れてはならない。自分の知性で理解できないことを笑い飛ばすことで自分の体面を保とうとする者こそ愚者である。

「考えを入れない」とはいえ、もちろん脳は働かせている。しかしそれは「身体の中の脳」である。


私は最初、麻雀は頭で打つものかと思っていました。その次は精神かなと。でもこの歳になって思うのは、やっぱり身体だということです。麻雀とは身体で打つものだと分かりました。

脳も神経も、何年も前から身体の中に入っている「身体の中の脳」「身体の中の神経」という部分です。こうした部分ではなく、全体を使って打つのが正しいのだと。(72ページ)


私の限られた知見でも、私は上の言葉に例えば神経科学のDamasioの見解を思い起こしてしまうが、もちろん桜井は麻雀の具体を語っているだけだ。


麻雀は流れでやるものですから、動作が流れていないといけません。思考の流れと動作を一緒にしていくのが自然なのです

そうやって自然な動作ができる人は、ほどんどいません。牌を打つとき、牌を上から下に下ろすのでも、葉っぱが落ちるようにスーッと降ろせばいいのですが、身体が閉まってしまったり、開いてしまったり、ひじが重かったりする。そうやってちょっとブレただけで、エネルギーが全然違います。(71ページ)


この身体の自然は、無論麻雀の場に限った話ではない。以下は羽生の問いかけと桜井の応答である。


――「日常」という観点からも、身体についてもう少しお聞きしたいのですが。

私は日常生活でも、他人の身体の動きを見て、いろんな癖を直したりしています。現代では、正しくスムーズに身体を動かせる人は少ない。正直、人の中には見つかりません。

一方で動物、そして植物は、本当にきちんと身体を動かせている。亀やサメ、鳥でもいいし、あるいは葉っぱのような植物でもいい。彼らの動きはものすごいです。すごくいい動きをしています。

――それは動きが美しいということですか?

いや、彼らは決して美しく動こうとはしていません。ただ、生きようとしている。そこに正否はありません。もちろん善悪もないでしょうし、結果として美しいとか醜いということもありません。


桜井氏はさらに具体的な身体の動きについて語るが、それらがことごとく私が今ある武術で教えていただいていることの通りであることにも驚く(いや、これは理の当然であり、驚くべきことではないのだろう)。武術で身体操法が筋力などよりもはるかに重要であることを多少なりとも理解し、さらには知的仕事においても姿勢が重要であることを体験した私としては桜井氏の言葉に大きな説得力を感じる。(関連記事:身体を整えて、心の苛立ちや不安を鎮めましょう)。


この本を思い出すことができたのも、少しずつ私が回復してきた証左なのかもしれない。


だが今回の私にとって決定的な力となったのは、そんな中ふと目にとまり再読し始めた日野晃氏の本だった(私の人生では時折このような偶然が大きな力を生み出してくれる)。

コンテンポラリー・ダンスの巨匠ウィリアム・フォーサイスとの交流の中で、日野氏は、武道でもダンスでも大切なことは「関係性」であり、そのために重要なことの一つは目でconnectすることだとする。以下は、その日野氏へのフォーサイス氏からの質問、およびそれへの日野氏の応答である。少し長くなるが引用する。


「日野、目でコネクトするのは分かったが、じゃあ、意識・精神や気持というのはどうなんだ」

「君のボディというのは、そんなにバラバラに管理できたり、コントロールできるのか?」

「・・・・・」

「君らの考え方、つまり、日本からみた西洋的考え方は完全に間違っている。この"私"はこの"身体そのもの"だ、それはわかるだろう。精神はどこにあるの?意識はどこ?分けることが出来るのか?」

「そんな考えを持ったことがないが、話していることは分かる」

「それをどうして、精神とか、気持とか、あるいは感情とか、また、この筋肉、この意識、という具合に分けて捉えるのだ。分けて捉えたところで、実際には分けることなど出来ないだろう。ここの筋肉を使うといったところで、身体じゅう全部神経で繋がっているだろう。そして、それは自分の気持や感情とも繋がっているだろう。つまり、身体のどこをとってもそれは全部繋がっているということで、身体は紛れもなくひとつだとうことだし、"私そのもの"なのだ」

(中略)

「ただ、何か明確な目的があって考える時には、分けた方が混乱しないから、便宜的に分けても良い。しかし、この私イコールこの身体であり、これは人類普遍だろう。だから、たとえ分解しても常に全体として考えなければ駄目なんだ。でなくれば、全体のないジグゾーパズルのようなものになってしまう。それこそ、身体分裂症だ!」

「そうだ、分かる」

「であれば、そのややこしいことを言う頭を何とかしろ!」




私は、これだけ身体を休めたのに、どうして心が回復しないのだろうと思っていた(私はこれまでの経験から、心のトラブルは極力身体の問題として考え、身体の状況の改善で解決を図ることを学んでいた)。睡眠も栄養も休息も十分取ったはずなのに、心が晴れないのは(そして身体も思ったほど十分に回復していないのは)なぜだろうと思い悩んでいた。


気づいてみればバカな思い込みだった。


心も身体に他ならないというのなら、身体の不調が心に伝播するように、心の迷いが身体の不調となることは自明のことではないか。「心と身体の大切さ」や「心身のつながり」などと御託を並べつつ、私はいつのまにか「心」と「身体」を分離させた身体至上主義に陥ってしまっていた。心とは身体であり、身体は心である。「心」と「身体」という二つの言葉を使うのは便法に過ぎず、両者は不即不離の二側面である。("Dual-aspect monism"とでも呼べばいいのだろうか。それともDavidsonがいうように"anomalous monism"でいいのだろうか。やれやれ私はphilosophy of mindすらきちんと勉強できていない)。


今回の私の不調で言うなら、この世の矛盾に何もできずにいる自分を嫌っている自分が心の底にどす黒くうごめいている以上、私の身体が十全な状態にならないのは当たり前ではないか。こんな簡単なことがわからなくなるというのは怖ろしいことだ(そう言えば、この年末年始で私は音楽に救いを求めながらも、クラシック音楽ばかり考え、ジャズやロックの存在をすっかり忘れていた。窮した人間とはかくも愚かになるものか)。

そういうわけで本棚に日野晃氏の他の本を探すと『こころの象(かたち)』が見つかった。日野氏が初見良昭氏との邂逅について語った本だ。

ここで日野氏は日本の伝統武芸(武術・武道)を、「こころの象(かたち)」と喝破する。


日本の伝統武芸と呼ばれるものは、現象としての形、つまり、刀をどう動かすのか、足をどう使うのかといった運動体としての姿より、それを支えている「こころの象」を指している、といっても差し支えない。

逆に私は、日本の伝統武芸(武術・武道)とは「こころの象を体現・表現されたもの」である、と定義する。

同じ一刀斎が残した言葉に「月、無心にして水に移り、水、無念にして月を写す、内に邪を生ぜざれば、事よく外に正し」があるが、これも、人の「こころの象」を端的に表している言葉だ。(16ページ)


このように心を身体に体現する時に大切なのは「感性」である。だがこの「感性」の定義を明確に示すことができる人は少ない(私にとってもこれは長年の課題であり、ある時に身体哲学の研究者に会う機会に恵まれ、これ幸いと尋ねたところ、その人も明確な答えを持っていなかった。これには驚いた)。

日野氏は感性について次のように説明する([ ]は私の補注である)。


しかし、これ迄「感性」「感性」と並び書いているが、その「感性」の正体は?というと、現時点では明確なものはどこの書物を探してもいまだ提示されていない。そこで、ここで断言するとすれば「違和感を感じ取る力=差異を感じ取る力」だと言える。

それは、「生命」というものの持つ働きの一つの現れだといって良い。生命は「保存と維持」を目的としている。であるからそれは「敵か味方か・戦うか逃げるか」を嗅ぎ分ける力を源とするものだ。

つまり、種としての存続に関わる非常に重要な人間の能力であり、生命の本質的な働きの一つだということになる。

(中略)

そして、最も重要なことは、[古来、日本人が] この「感性」を判断するための定規として扱った、という点だ。

つまり、「人」自らが理論的に考えだしたものを、、判断の基盤に置くのではなく、生命が持つ「感性」を判断の基盤に置いて、その上に理論が乗るということである。(133-134ページ)


生命の保存と維持のために重要な差異を感じ取る力としての「感性」を物差しとすることが、日本の武芸の、そして工芸の、さらにはおそらくは日常的な美意識であった。そしておそらく美意識を私たちは倫理としていた。

しかし再び私のくだらない不調について語るなら、この現代日本の偽善的で残酷な繁栄を軽蔑する自分が、まさにその繁栄の中にいて、しかもその繁栄からこぼれ落ちないように日々保身ばかりに汲々としているという矛盾を、私は理屈で考え解決しようとし、それができずに心と身体の調子を崩してしまった。私にとって理屈・理論こそが定規であり物差しであった。心身の感性をせいぜい警報器ぐらいとしてしか扱っていなかった。感性を規矩にし、感性に虚心坦懐に従い、自らの言動をその感性の差し示しに任せるということを怠っていた。

心の問題を、もっぱら身体の問題として考えるということは、「心」が実体化されがちな心理主義的現代での最初のアプローチとしてはそれほど間違いではないだろう。しかしそこでとどまっては、心を切り離した身体主義になってしまう。必要なのは、身体と心を同一事象の連動するニ側面として、同時にしかし異なるやり方で働きかけ、身体と心が出してくれる同じ応え ―両者は同一なのだから同じ応えが出てくるに決まっている― に従うことなのだろう。 

――こうしてみると思考においても言語は万能ではないことがわかる。二者が同一にして別とは、言語では少々語りづらい。私たちは先ほど音楽で考え、語ることについて述べたが、ここで私たちは、桜井章一氏や日野晃氏の導きに従い、「身体で考え、語る」ことについて述べ始めるべきなのだろう(いやそれとも「身体で考え、示す」というべきだろうか)。

私が現代日本の矛盾に(あるいは"Occupy Wall Street"でも顕わになってきた高度資本主義の矛盾)に今更ながらに気づき中2生のように悩むのなら、私は矛盾を理屈で考え解決しようとして、次々にやってくる反対の理屈につぶされるのではなく、身体で考え、その感性的思考を次々に自らの身で示すべきだろう

どだい「3.11で現代社会の矛盾に目覚めました」というのもおめでたい話だ。それこそ愚鈍というものであろう。矛盾はおそらくは人間文明誕生と共に生じたはずだ。人に意識を失い文明を捨てるという選択肢がない以上、私達がなすべきことは矛盾と共に生きることである。

「矛盾」は初見良昭氏も感じたことだと、初見氏を敬愛する日野氏は語る。初見氏が五年間患った病的状況(医者の見立てでは「自律神経失調症」)について日野氏はこう語る。


では、何がこの病気を生み出したのか?

それは、初見宗家の「感性」だ。つまり高松翁 [=初見氏の師匠] から伝授されていった様々なものと、初見宗家自身が実際に行なっている事の差を、初見宗家自身は悩みに悩んだのだ。なぜ悩むことが出来たのか?それは「感性」のはたらき以外の何ものでもない。感性が初見宗家御自身に問題があると知らせたのだ。

(中略)

初見宗家は、御自身の今迄習い覚えたクセが原因であると気付いてはいるが、そのクセを抜き去ることが出来ない、つまり、「後来習態の容形を除き、本来精妙の恒体に復す」というトンネルに入られたのだ。

簡単に言う事ではないが、あえて簡単に言ってしまえば、こういった自己矛盾がこの病気の原因なのだ。自己矛盾や絶望感が入り交じって、悩みに悩んでいたことが原因であり、だからこそ、病に倒れるという奇跡的な偶然を引っ張り出されたのだ。[初見氏は病を得ることで、初めて自分を捨てて「身体が感じるままに」動けるようになったと日野氏は解釈している]

この自己矛盾に立ち向かうことこそが、歴史に残る達人達が通り抜けたトンネルなのだ。いや、この自己矛盾というトンネルを見つけ、通り抜けた人だけが達人と呼ばれ、歴史に名を残しているのだ。(186-187ページ)



中二病とは便利なもので、容易に自分を偉人と同一視し、その妄想から自己回復することもある。「なぜ悩むのだろう。なぜ割り切れないのだろう。なぜ考えることを止めることができないのだろう。なぜ自分は偽善しかできないのだろう」とウジウジと思い悩み続けていたことを、私は安直に「自己矛盾というトンネル」と読み替え、そこに積極的な意味を見出すことができた。妄想も方便で、当座よい結果が出れば無理に抑えることもあるまい。私は自分の中二病的解釈(「現在の悩みは、自己矛盾のトンネルであり、creative illnessといえるかもしれない」)を許そう。私の感性がストップをかけるまで。そうでもなければますます不調をこじらせ仕事にさえ支障をきたすかもしれない(今でも多くの不義理をしているのだから)。

現金なもので、この文章を数時間かけて書きながら、私は少しずつイライラ感を払拭していった。今、心身は晴れ晴れとまではいかずとも、まあ明日から仕事に復帰できるぐらいには回復した。感性を頼りに、一つ一つ身体で(ということは心身で)考え、その思考を具体的な行動で示してゆこう。諸矛盾の「最終的解決」などはあるはずもないし、そもそも考えるべきでもない(それは歴史が示すとおりだ)。人間社会では矛盾が避けられないのなら、矛盾を嫌わず、矛盾と共に生きよう。矛盾に呑み込まれてしまうことなく、矛盾を活かしてゆこう (うーん、まさに中二病チックな表現だなぁ)。

そういえば甲野善紀氏 ―この記事での敬称はすべて「氏」とする― の言葉にこのようなものがあった。



矛盾を矛盾のまま矛盾なく扱う。



やはり武術とは深い文化だと思う。