2017年6月18日日曜日

(続々)「公開ワークショップとシンポジウム:英語教育の身体性」の参加者の振り返り

以下は、約一ヶ月かけて学部生が書いてくれた力作です。ぜひお読みください。




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小口先生のワークショップ及びその後のシンポジウム(2017年5月20日)を通しての気づきとまとめ



広島大学教育学部 第三類 英語文化系コース 4年
2017年6月17日 OA


〈教師としての振舞について〉

 小口先生の一言目の振舞や声から、すでに先生の世界に引き込まれました。それは先生の声の大きさ、トーン、表情、からだの使い方、あらゆるものによって構成される先生のいわゆる「オーラ」とでもいうべきものによるのだと思います。生き生きと生徒同士が英語を話し、あるいはコミュニケーションをとっていけるようなクラスを作っていくには、そういう話し方や振舞ができないといけないなあと感じます。


〈ワークショップで大切にされていたこと〉

 小口先生のワークショップを通して強く感じたことの一つは、安心して学べる環境づくり、失敗を怖れず活動できる環境づくりがなされているということでした。演劇に取り組むことは、恥ずかしいという気持ちや人前で間違えたくないなど、心理的な壁が立ちはだかるものだと思います。そのような負担を軽減して活動に取り組める環境整備をすることが教師の側に立つ人には必要でしょう。ワークショップの数日前に学級づくりや教師のリーダーシップ論について少し学ぶ機会があったこともあって、そのような観点で拝見していました。

 まず、先生が最初に「2時間後にはレ・ミゼラブルの歌が歌えるようになっています。」と見通しを示し、「自分を自分でjudgeしない、自分を他人と比べない」という「ルール」を明確に提示されました。何が起こるのかほとんど想像できず、不安な気持ちでワークショップの始まりを迎えた参加者のわたしたちは、そのようなリーダーシップによって、これからどのような振舞をすればいいのか分かり、安心することができます。一方で、少しでもできていたらすぐほめ、「気持ちだけで結構ですよ」と大きな無理はさせない気配りもあって、集団を引っ張るリーダーシップを見せながらも一人一人を気遣う優しさという意味でのリーダーシップも発揮され、そのバランスが取れていると考えました。

 小口先生が英語や演劇を指導される上の理念の一つとして、ワクワクすることや、共感することの大切さを伝えたいとお話されていました。一参加者として、特に、共感することの大切さ、あるいは協力することの素晴らしさを感じることができました。
 例えば、暗闇の中で歌を歌いながらチームの仲間を見つけるという活動については、ワークショップ及びその後のシンポジウムでも様々な意見が出ていました。このときに一番仲間を欲する気持ち、仲間との絆に気がついたという感想や、この活動のあとに参加者みんなの歌う声が大きくなったように感じた、という気づきが印象的でした。

 先生はチームワークを楽しむことを教えたいとおっしゃっており、私自身仲間がいることを嬉しく思う瞬間がワークショップ内で多数あったように思います。一例は、最後の劇本番が終わって、涙してしまいそうだ、でも劇で感情移入してしまったなんていうと引かれるかな、と思っていたら周りの何人かはもう涙を拭っていらっしゃいました。そこで、そう感じたのは自分だけではなかったのだ、みんなも同じだったのだと感じてほっとするとともに温かい気持ちになりました。

 また、各チーム内でのつながりを非常に重視していらっしゃることを感じ観客意識をさせないことからも感じました。私がずっと吹奏楽という、観客を意識するものに取り組んできたせいか、客席をあまり意識しないことは意外でした。観客に見せ、伝えることを考える、という意味で相手を意識できるのがドラマを言語教育に取り入れる利点になると思っていました。けれども、同じ側に立つ者同士の仲間としての相手意識を持つことが今回の焦点でありました。観客を意識すると、このつながりへの意識は残念ながらむしろ失われてしまうでしょう。だから、目的によって使い分ける必要はありますが、まずは、共に演じる仲間とのつながりをつくることが演劇を完成させるという意味でも、共感的人間関係を築き、自分が受け入れてもらえる体験、チームワークを楽しいと思える体験をする上でも大切だと考えます。

 小口先生の言葉で印象的だったものに、「(人と人を)『繋げられるのは英語だけ』という自負があります」という言葉がありました。私自身は、これまでも英語は生徒同士を繋げられるとは思っていました。例えば、日本語では言いづらい自己開示的な内容を英語なら言える、ということがあります。そこからコミュニケーションが始まり、信頼関係を作っていくことができます。しかし、小口先生は、英語「だけ」ができるという自負があるのだとおっしゃいました。そこまでの確信にいたる経験や考えがあってのことだと思います。今の私にはこう言い切る自信はありません。私が現場に出てからの目標の一つに、この言葉の真意を自ら確かめる、ということを加えたいと思いました。


〈多様な意見を引き出す工夫〉

 生徒の多様な意見を引き出すために振舞や発言にも工夫がされていたと思います。先生の振舞の中で私がワークショップ中に気になったのはある言葉の使い方でした。というのも、最近、教員採用試験対策で、外国語以外の教科の友人と模擬授業を見てもらいあっているのですが、その中で先日、「なるほど」という言葉の使い方について議論になりました。このときは、国語科の詩についての授業で、「二十億光年の孤独」という詩のタイトルだけを見て、生徒に内容を予測させる発問に対し、生徒役だった私はその発問に対し率直な意見を述べました。その回答に対し教師側が最初に発したのは、「あーなるほど」という言葉で、平坦な調子あるいは多少暗めのトーンで話されました。あまりいい気持ちはせず、模擬授業後の協議会で、この点について議論しました。教師側の意図としては、詩の内容を当ててほしいわけではなく、いろんな意見を生徒から引き出したかったそうで、私もそういう意図だろうとは思っていました。けれども、実際、生徒役の私が抱いたのは、自分の意見は受け入れられなかったという感覚でした。議論の結果、「なるほど」という言葉は、教師側が意図しなかった内容に対し発する言葉ということを含意しており、それが否定的に響いたのでは、という結論に至りました。「教師側の思わなかったこと=教師側が求めていなかったこと」と感じられる、ということです。

 今回のワークショップ及びシンポジウムの話に戻ると、小口先生は、自分の想定していなかった生徒の柔軟な発想に対し、「なるほど!!!」ということで生徒は「先生が喜んでいる」「先生を驚かせることができた」と思える、そして他の生徒が「今度は僕が先生を喜ばせたい」と思えるとお話してくださいました。「なるほど」が、想定外の言葉に対し発せられるという点は共通しているけれど、言い方でその影響力が大きく変わることが分かりました。


〈自分の感情と向き合うこと〉

 演劇をすることは、誰かを感動させられるし、自分も感動するし、あるいは劇の様々な人物に感情移入することもできます。そのように自分の感情が大きく動き、またそれと向き合うときというのは疲れるものだと私は思うことがあります。今回のワークショップ中の前半でもそう感じることがありました。けれども、ワークショップ後半になるにつれて、感情が大きく動くことに慣れてきて、否定的に感じることがほぼなくなったように思います。自分の感情と向き合うのは本来大切なことだと思います。感情を押さえ込むには限界があるし、押さえ込み続けて鈍くなると、人生から感動するということがなくなります。ネガティブな自分の感情と向き合えなくなると、極端に言えばいわゆる「社会不適応」になることもあるでしょう。子どもたちには、感動するといった自分の感情が大きく動く経験をたくさんしてから大人になってほしいと思います。だからこそ、例えば英語科の授業で生徒のみなさんに感動したり葛藤したりする機会を提供できるようになりたいです。

 小口先生の世界にすっかり引き込まれてしまった私自身が参加者といてどのような体験をしたのか、少し書きたいと思います。一番自分が演劇に入り込んでいるのを実感したのは、Gavrocheが銃弾に倒れるシーンを演じているときでした。銃声が鳴り、Gavrocheが倒れ、残された私たちは彼の名前を叫びます。そして銃弾はもうありません。丸腰で戦うしかないのです。そんな中、Army Officerが「勝ち目はない」と冷酷に宣告してきたとき、本当に心底腹が立ちました。


〈英語科の典型的な授業と比べて〉

 以上のように小口先生のワークショップにおいてリーダーシップを発揮したり生徒の多様な言葉を引き出したりする先生の振舞や、共感することの素晴らしさを感じる様々な活動及び工夫を学んだのですが、英語そのものをどう学ぶか、ということに焦点を当てても、学びがありました。

 まず、明示的な目標が演劇を完成させるというところにありつつも、英語独特の強勢に気づかせたり、歌詞の内容を理解させたりという英語の授業で見られるような必要な活動がされており、しかもそれらが学校の教室で単に行われるときよりも効果的になされていると感じました。歌詞について強勢を置くところは、始めは先生が示されましたが、「この一行の中でどの単語が一番大事?」など、参加者自身で考える機会もありました。また、歌詞の内容理解については、”Singing a song of angry men”という箇所について、「何に怒っていると思う? 」「最近何に腹が立ちますか?」という発問をされました。私たちが授業づくりで考えるような枠組みで考えると、それらの発問は前者が推論発問、後者が評価発問にあたり、それらは教科書の設問には少ないため充実が求められているものでもあります。今回のワークショップの中で以上のような発問をすることは、演劇をつくるという目標に直結しており、非常に自然であるため、参加者は舞台の背景について興味を持って聞けたり、語の意味を生き生きと感じられたりします。

 あるいは、英語の授業の音読についても考えることができます。私自身が、実習での授業で単調な音読から生徒を卒業させることができなかったことにずっと課題意識を持っています。表情豊かに読んでほしいと思って内容理解を丁寧に行っても、それを表現するためにはどう声に出して読めばいいのかはなかなか生徒に伝わりませんでした。今回のワークショップにおいて小口先生は「『感情を込めて』という言い方は、私はしません」とおっしゃっていました。その代わり、この一単語の一瞬にエネルギーを込めるんだ、などという助言をするそうです。それは、今回の曲に合っているということもあると思うのでいつでもそのように読めば感情を込められるということにつながるかどうかは判断しかねているのですが、具体的な指示である上に、生徒に「表情豊かに音読できた」という一種の手応えあるいは達成感を覚えてもらう上では十分有効だと思います。

 暗闇の中で歌を歌いながらチームの仲間を見つけるという活動について先程、仲間との絆に気がつけるという点を書きましたが、英語学習により焦点を置いて考えると、私自身は、仲間を見つけなければという思いから自発的にしっかり声を出して歌うようになるということを実感していました。

 つまらない例文に遭ったときこそ、演劇的な要素を取り入れて、楽しく言語活動ができるような工夫を、というお話も印象的でした。例ではThis is my pen.を、あるペンを取り合うような場面で話す活動を挙げられましたが、それなら生徒も楽しんで活動できると感じました。そう考えれば、つまらない例文なんてなくなるでしょう。教材を活かせるかどうかは教師の腕にかかっています。


〈まとめ〉

 英語科は、子どもたちが英語を使えるようにコミュニケーション能力、英語を使える能力を育成するものだ、と思われている面が強いように思います。しかし、誰もが英語を将来必ず使うといえるわけでもないし、英語科の一番の意義に英語が使えること、と持ってくるのには無理があるのではないか、というのが最近の私の思いです。今回のワークショップでも小口先生はチームワークを楽しむことを伝えたい、あるいは人と人とを繋げられるのは英語科だけ、とおっしゃっていました。そして私は一参加者として、ワークショップを通して、初めて会った方々と共感的な関係を築くことができ、またその関係を楽しむことができました。良い経験をしたから、また別の機会に例えば知らない人とワークショップに参加するようなことがあっても壁を感じることなく積極的に参加できると思います。英語科の授業の中で、つながることの楽しさを知ったり、そのようなつながりをつくることができたという経験を重ねたりすることで、学校を出てからでも人と協力して困難を乗り越え豊かに暮らすことができるのではないでしょうか。具体的に英語を使えるようになる能力を育成すること以上に、人とつながる意義を実感する経験をしたり、信頼し協力し合える人間関係を作れるようになったりすることのほうが、英語科を通して子どもたちに育めるように目指すものだと、今回のワークショップ及びシンポジウムを通して思えることができました。小口先生がおっしゃられていたような、チームワークの楽しさや共感することの大切さを伝えられる、あるいは生徒たちの共感的関係の構築のお手伝いができるような授業を自分自身がしたい、と、今ワークショップ及びシンポジウムを通して一層強く思いました。



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「公開ワークショップとシンポジウム:英語教育の身体性」の参加者の振り返り
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