私自身は学習指導要領へのパブリックコメントでも言いましたように、「授業は英語で行なうこと」をむやみに是とすることは、(1)神話的な信念に過ぎないことであり、(2)現実の言語使用実態に即しておらず、(3)現場をかき乱す、という点で大変に危険なことだと考えております。
もう少し具体的に言いますと、いわゆる「オール・イングリッシュ」の授業は、進学校では大学で必要とされるきちんとした論文読解能力をつけさせるために有効な方法であるとは少なくとも現在考えられないと思います。(いわゆる「オール・イングリッシュ」できちんとした読解授業ができないというのではありませんが、現時点ではその準備も計画も諸々の前提もほとんど整っていないと考えます)。
また教育困難校では、まずもって単語を読み上げること、一般動詞とbe動詞の区別もきちんとできないことが珍しくないわけですから、そういった状況で「オール・イングリッシュ」を敢行しようとしても、ほとんどの場合、それは生徒をさらに「お客さん」扱いすることになり、「オール・イングリッシュ」の英語の授業は、すぐに飽きられるエンターテイメントか、生徒に無力感(learned helplessness)だけ植えつける機会になると私は考えます。
いわゆる「中堅校」では、「オール・イングリッシュ」の授業も強行できるかもしれませんが、そういった授業は世間の「英会話」のイメージに引きずられ、表面的なものになり、学力につながらないようにも思えます(理系ビジネスマンに英語を教える徳田先生の見解も先日ブログで紹介した通りです)。
以上のようなことから、私は「『授業は英語で行なうことを基本とする』の取り扱いは柔軟にしてください」とパブリックコメントで述べました。10年単位でみて、そちらに向かうべきdirectionも、短期に到達されるべきend pointとして強制されると、それは有害無益な政策になりかねないと懸念するからです。(「目標」概念に関しては、この記事をお読みくだされば幸いです)。
話が長くなりましたが、下記がシンポジウムの概要です。私は所用があり出席できませんが、もし参加された方がどなたか報告して下さればWebユーザー全体の利益になるかと思います(パネリスト自身がレジメをWeb公開してくだされば一番いいのですが・・・)。
シンポジウムで実り多い議論がなされることを祈念します。
第九回 英語教育総合研究会
日時:7月12日(日)13:00-17:00
場所:大阪大学大学院 言語文化研究科 新棟大会議室(豊中キャンパス)
シンポジウム 「英語の授業は英語できるのか?」
―「ゆとり教育」の蹉跌の二の舞―
コーディネータ・司会:成田一(大阪大)
「近視眼的な新学習指導要領-文科省の「国際感覚」を問う-」大谷泰照(名古屋外大)
「教育現場を破壊する高校新学習指導要領」江利川春雄(和歌山大)
「音声指導の現状と教師の資質」有本純(関西国際大)
「「英語で教える」語彙とテキスト理解の問題点」野呂忠司(愛知学院大)
「英語教育における母語の役割」成田一(大阪大)
全体討論(80分程度を予定)
参加費:300円(飲料提供) 参加資格:なし、一般の方の参加自由。
問い合わせ:大阪大学大学院 成田研究室 email: narita@lang.osaka-u.ac.jp
研究会年会費:無料。会員登録希望の方はお名前とご所属をメールで連絡ください。
懇親会 場所:言語文化研究科旧棟大会議室 費用:教員1000円、院生800円
講演概要
「近視眼的な新学習指導要領-文科省の「国際感覚」を問う-」
新学習指導要領には、この国の教育姿勢の驚くべき後進性が、見事なまでに映し出されている。この問題を、広く歴史的な視点と各国の教育状況を踏まえた国際的な視点から、具体的に浮き彫りにしたい。
「教育現場を破壊する高校新学習指導要領」
「授業は英語で行う」という新学習指導要領の方針は、格差教育の象徴だ。理論的にも実践的にも誤り。一律に押し付ければ、学校の疲弊は極限に達する。財界と政府は、5%の英語エリートを作る代償に、95%の英語嫌いを作り、切り捨てる気なのか。いま必要なのは、不服従、自前の教育実践、そして「学びの共同体づくり」だ。
「音声指導の現状と教師の資質」
高等学校における音声指導の現状について報告し、その問題点を幾つか取り上げ議論する。また、本シンポジウムは、新学習指導要領に示されている「高等学校では、原則として英語で英語の授業を実施する」を受けているので、その主体である英語教師の資質について、免許取得から研修に至る過程に含まれる問題点を取り上げ論じる。
「「英語で教える」語彙とテキスト理解の問題点」
全ての高等学校おいて全て英語で授業することは現実的か。高校生の英語力には大きな差がある。どのレベルでも従来より易しい教材を使うことが必要になるが、いくらレベルを下げても理解できないレベルもある。多くの高等生はBICSの能力を伸ばすことになる。アカデミックなCALPの言語能力を伸ばす必要のある学生の単語、文、テキストの理解がぼやけたものにならないか。語義・テキストの正しい理解の仕方を教えるのに、時には日本語と対照しながら、日本語を使って教えることは効率的である。
「英語教育における母語の役割」
日英語は「鏡像言語」とされるほど言語的な違いが大きい。日本語を母語とする生徒に英語の語彙・文法・英文の意味を的確に理解させるには、それぞれの言語的な特徴を対照して母語で説明するのが効果的である。英語での説明は生徒の英語力のレベルに制約されるため、学力を堅実に積み上げることは極めて困難である。
より詳しい情報に関しては
をご覧ください。
追記 (2009/05/30 22:28)
このブログでの転載掲載について、上記ブログの管理者に一言ご挨拶をしましたら、上記シンポジウムの主催者の成田一先生から感謝のメールをいただき、また「英語リフレッシュ講座」に関する情報もいただきました。この講座にご興味のある方はここをクリックして圧縮ファイルをダウンロードして下さい(ダウンロードした後は各自で解凍して下さい)。