2016年11月7日月曜日

ダブルループラーニング (double-loop learning 二重ループ学習)についての私的まとめ



前の記事の西先生の発表の際に私は指導助言者として「ダブルループラーニング (double-loop learning 二重ループ学習)」の概念を導入したく思いますので、ここにその私的なまとめを掲載しておきます。この概念は、実践者の停滞および発展を簡潔に説明してくれるものかとも思います(この概念の重要性を教えてくれたKさんに感謝します)。

 "Double-loop learning"の概念はもともと、 "single-loop learning"の概念と共に、Chris Argyrisによって提唱されたものです。本来は彼の著作を数多く丁寧に読んでからまとめを作成するべきでしょうが、今回私は下の論文を簡単に拾い読みしたに過ぎません。

Argyris, Chris (May 1991). "Teaching smart people how to learn". Harvard Business Review. 69 (3): 99-109.
http://pds8.egloos.com/pds/200805/20/87/chris_argyris_learning.pdf

Argyris, Chris (May 2001). "Double-Loop Learning, Teaching, and Research". Academy of Management Learning & Education. 1 (2): 206-219.
http://actiondesign.org/assets/pdf/double-loop_learning.doc

その拾い読みから理解したことは私なりにまとめたスライドの下に抄訳と共に原文引用で示していますが、以下のスライドでの私のまとめはArgyrisの概念を丁寧にまとめたものというよりは、彼の概念に私なりの編集を加えた私的なまとめとご理解ください。そもそも「ゼロ学習」などという用語は彼は使っていませんし、その他の用語も適宜変えたりしています。また、図も大同小異ではありますが私なりの図を作成したつもりですので、Argyrisの概念の正確な理解をお求めの方は、彼の原著論文にあたってください。

また、私はカタカナはむやみに使うべきではないと考えていますので、以下では "double-loop learning" を「二重ループ学習」、"single-loop learning" を「単一ループ学習」と訳しています。


それでは私なりのまとめです。


フローチャート図の中の、平行四辺形は「入力もしくは出力」、長方形は「出力」、ひし形は「判断」を示しています。画面によっては図が見にくいかもしれませんが、図をクリックしていただけましたら比較的きれいなJPEG図を見ることができます。




■ ゼロ学習 (zero learning)





 実践者は、与えられた前提をもとに行動計画を立ててそれを実行しその結果を知るが、その過程から学習することはない。

 英語教育でいうなら、学習指導要領やこれまでの授業観などを当然の前提として授業計画をそれなりに立てて授業を行いテスト結果などで授業の成果を知るが、そこから積極的に学ぶことはなく、授業は「やりっぱなし」の状況。




■ 単一ループ学習 (single-loop learning)





 実践者は、与えられた前提をもとに行動計画を立ててそれを実行しその結果を知るが、その結果から自らの行動について振り返り、行動を修正する。このフィードバックループにより実践者は行動を細かに調整するが、行動計画を抜本的に変えることはない。

 英語教育でいうなら、学習指導要領やこれまでの授業観などを根本的に問い直すことなどはせずに、日々少しずつ授業を(やや試行錯誤的に)改善してゆくことが単一ループ学習の例といえるだろう。

 学習指導要領やこれまでの授業観などのこれまでの前提に嫌気がさした一部の教員は、これまでの前提に代わる新しい前提をカリスマ的な指導者などから得て、その指導者から教えられた通りの行動計画で授業をするかもしれない(その場合は、行動計画も平行四辺形(入力)で表記するべきだろう)。その教員は、新たな前提を得たものの、それは自らの思考により得たものではないし行動計画も自分で立案したものではないので、その教員の学習は単一ループ学習にとどまっている。

 また、もしカリスマ的指導者が自らの前提の特異性を明らかにせず、自分の行動計画ばかりを普及させた場合、その指導者の後追いをする教師はそもそもの前提が変更されていることに気づかないままに新たな行動計画とその実行に執心するだろう。その場合の実践はどこか歪んだものとなるだろう。

 私見では現在の日本の英語教育界は、表面的な技術論ばかり語る傾向にあるので、こういった単一ループの学習にとどまる事例は多いと思われる。また、そもそも教育行政が学習指導要領ばかりか教え方までも教師に教え込もうとして、教師自身の自律的な思考力や判断力の行使を阻害しているのだとしたら、英語教育界が単一ループ学習ばかりであったとしてもそれは無理のないことなのかもしれない。




■ 二重ループ学習 (double-loop learning)




 実践者は、そもそも自分の行動計画の前提を変更するべきではないかと前提を問い直す。前提の変更をしない場合は、行動の修正を行うが(単一ループ学習)、前提を変更することにより事態の打開が見込める場合は前提を変更して前提を再入力し、行動計画を抜本的に変える (二重ループ学習)。

 行動計画を抜本的に変えた場合の行動実行は、当然のことながらこれまでの行動実行とは大きく異なるものとなる。おそらく一度変えた前提はしばらくはそのままにされるだろうから、実践者は新たな前提で作られた行動計画に基づく行動実行を単一ループ学習で修正し新たな行動の計画と実行の過程を洗練させるだろう。だが、場合によっては再び前提を変更することもあるかもしれない。

 このように二重ループ学習では、そもそもの前提を変更すべきかという判断が非常に重要であるが、これは自分が当然視している思い込み(=前提)を問い直すことであるから、重要であると同時に知的に困難なことでもある。前提を問い直そうにも、それ以外の前提をもとにした発想がそもそもできないことも珍しくはないだろう。また、もし他者からの刺激などを経て、前提の問い直しと変更に成功したとしても、その新たな前提に基づく行動計画を立案することはさらに困難なこととなるかもしれない。ほとんど前例がない中での計画立案となるからである。

 このように二重ループ学習は判断力と思考力を高度に必要とする学習であるが、それだからこそ事態の抜本的打開が図れるといえるだろう。単一ループ学習に比べて二重ループ学習の方が高度な知性が要求されることは言うまでもない。

 もし単一ループ学習を「カイゼン」と呼ぶことが許されるのなら、それに対してこの二重ループ学習は「イノベーション」(創造的破壊)と呼べるかもしれない。





以上の三つの図(JPEG)は、ここからパワーポイントスライドとしてダウンロードすることができます。





以下は、Argyrisの論文の一部の抜粋です。日本語は抜粋部分を抄訳したものであり正確な翻訳ではありません。



■ Argyrisによる定義

学習とは間違いの発見とその修正だと定義できる。単一ループ学習は、隠れた支配的価値を変更することなしに間違いを発見しそれを修正する時に生じる。二重ループ学習は、支配的な価値を変え、そのことによって行為を変えることによって間違いを発見しそれを修正する時に生じる。

Learning may be defined as the detection and correction of error.  Single-loop learning occurs when errors are corrected without altering the underlying governing values. .... Double-loop learning occurs when errors are corrected by changing the governing values and then the actions.  (Argyris 2001. p.206)



■ 学習法を学習していない現代人

現代では学習がますます重要になってきているのに多くの人は学習法を知らない。実際のところ、もっとも学習に長けていると考えられている人々がもっとも学習法を知らなかったりする。

Any company that aspires to succeed in the tougher business environment of the 1990s must first resolve a basic dilemma: success in the marketplace increasingly depends on learning, yet most people don’t know how to learn. What’s more, those members of the organization that many assume to be the best at learning are, in fact, not very good at it. I am talking about the well-educated, high-powered, high-commitment professionals who occupy key leadership positions in the modern corporation.  (Argyris 1991. p. 99)


企業も、学習法を知らないことを学んでいない。

Most companies not only have tremendous difficulty addressing this learning dilemma; they aren’t even aware that it exists.The reason: they misunderstand what learning is and how to bring it about. As a result, they tend to make two mistakes in their efforts to become a learning organization.   (Argyris 1991. p. 99)


■ 学習においては、自分の外だけでなく内にも目を向けることが必要

学習を「問題解決」としかとらえていないことが問題だ。「問題解決」では、正すべき間違いを自分の外の環境にあると考えられている。しかし学ぶためには自分の内も見なくてはならない。自分を批判的に振り返り、問題の定義と解決をする自分の方法にこそ問題を引き起こしている要因がないか検討しなくてはならない。

First, most people define learning too narrowly as mere "problem solving," so they focus on identifying and correcting errors in the external environment. Solving problems is important. But if learning is to persist, managers and employees must also look inward. They need to reflect critically on their own behavior, identify the ways they often inadvertently contribute to the organization’s problems, and then change how they act. In particular, they must learn how the very way they go about defining and solving problems can be a source of problems in its own right.    (Argyris 1991. p. 99)



■ サーモスタットでの例

私の造語である「単一ループ学習」と「二重ループ学習」という用語を使って、学習に関する区別をしたい。単一ループ学習の例は、一定以下の温度になると自動的に電源を切るサーモスタットだ。二重ループ学習の例は、(そんなサーモスタットは実在しないが)、「なぜ私はこの温度以下で電源を切る必要があるのだろう」と自問して、他に適切な温度設定がないかを考えるサーモスタットである。

I have coined the terms "single loop" and "double loop" learning to capture this crucial distinction. To give a simple analogy: a thermostat that automatically turns on the heat whenever the temperature in a room drops below 68 degrees is a good example of single-loop learning. A thermostat that could ask,‘ ‘ Why am I set at 68 degrees?’’and then explore whether or not some other temperature might more economically achieve the goal of heating the room would be engaging in double-loop learning.   (Argyris 1991. p. 99)



■ 高度な専門職が陥る落とし穴

高度な専門職も単一ループ学習にしか長けていないことが多い。彼ら・彼女らは、一定の学問分野で好成績を収め、その知見を現実世界問題に応用しようとする。しかし、それだからこそ彼らは二重ループ学習に長けていない。自らの学問分野という前提を問い直すことがないからだ。

Highly skilled professionals are frequently very good at single-loop learning. After all, they have spent much of their lives acquiring academic credentials, mastering one or a number of intellectual disciplines, and applying those disciplines to solve real-world problems. But ironically, this very fact helps explain why professionals are often so bad at double-loop learning.   (Argyris 1991. p. 99)


専門職は成功体験ばかり積み、失敗体験がほとんどないため、どうやれば失敗から学習することができるかということを学習していない。だから自分たちの単一ループ学習的な作戦がうまくいかないと、自己防衛的になり批判を排除し他人を非難する。これは、学習がもっとも必要な時に学習する能力を閉ざしてしまうことを意味している。

Put simply, because many professionals are almost always successful at what they do, they rarely experience failure. And because they have rarely failed, they have never learned how to learn from failure. So whenever their single-loop learning strategies go wrong, they become defensive, screen out criticism, and put the "blame" on anyone and everyone but themselves. In short, their ability to learn shuts down precisely at the moment they need it the most.    (Argyris 1991. p. 99)



■ 学習は、自らの考え方の癖を振り返ることによって促進される。

学習に関する第二の間違いは、やる気さえあれば学習が成功するという思い込みだ。

The propensity among professionals to behave defensively helps shed light on the second mistake that companies make about learning. The common assumption is that getting people to learn is largely a matter of motivation. When people have the right attitudes and commitment, learning automatically follows. So companies focus on creating new organizational structures, compensation programs, performance reviews,corporate cultures,and the like, that are designed to create motivated and committed employees.   (Argyris 1991. p. 99)


しかし単にやる気だけで二重ループ学習が生じるのではない。二重ループ学習は思考法を振り返ることで行われる。つまり、自らの行為をデザインし実行する際の認知上の規則あるいは推論法を振り返るのである。この認知上の規則を、すべての行動を支配している脳内のマスタープログラムだと考えてほしい。コンピュータプログラムの中に隠れているバグによってプログラマーが望んでいたのとはまるで反対の結果がでるように、自己防衛的な推論法というマスタープログラムにより学習が阻害されてしまう。

But effective double-loop learning is not simply a function of how people feel. It is a reflection of how they think -- that is, the cognitive rules or reasoning they use to design and implement their actions. Think of these rules as a kind of "master program" stored in the brain, governing all behavior. Defensive reasoning can block learning even when the individual commitment to it is high, just as a computer program with hidden bugs can produce results exactly the opposite of what its designers had planned.   (Argyris 1991. pp. 99-100)


必要なのは、人々が行動についてどのように推論するかということを学びの焦点にすることだ。自分たちの行動についての新しい考え方を教えることによって学習を阻害している自己防衛を打破することができる。

Companies can learn how to resolve the learning dilemma. What it takes is to make the ways managers and employees reason about their behavior a focus of organizational learning and continuous improvement programs. Teaching people how to reason about their behavior in new and more effective ways breaks down the defenses that block learning.   (Argyris 1991. p. 100)





私なりのまとめは以上です。

ちなみに、  前提を問い直す知的な営みはしばしば「哲学」と呼ばれています。それならば二重ループ学習の有効性を考えると、時に哲学ほど実践的に役立つ営みはないとも言えることを私たちは忘れるべきではないでしょう。

もっとも単一ループ学習ばかりで権力の座に就いた人に二重ループ学習や哲学の重要性を伝えることは容易なことではありませんが・・・





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