2016年5月28日土曜日

ルーマン (1990) 「複合性と意味」のまとめ



最近出版されたルーマンの『自己言及性について』の文庫版・改訳を読んで、原著 (Niklas Luhmann (1990) Essays on Self-Reference. New York: Columbia University Press) の第三論文(文庫版邦訳では第二章)の "Complexity and Meaning" (pp.80-85)に興味がわき、その原著論文だけを取り急ぎ再読してみました。





この論文を前にいつ読んだのか記憶は定かでありませんが、再読してみるとわずか6ページのこの論文は、ルーマンの理論が凝縮されたような重要な論文であるように思えました(また、ルーマンには珍しく英語で書かれているというのも、ドイツ語が得意でない私にとってはとてもありがたかったです)。

そこで、ここではその論文を私なりにまとめた「お勉強ノートを」以下に掲載することにします。邦訳は非常に参考にさせていただきましたが、以下の日本語表現は私によるものです。

とはいえ、ルーマンの論は、ドイツ語で表現されようが英語で表現されようが日本語で表現されようが、「ルーマン語」で書かれているので、以下の日本語もルーマン語に慣れた「ルーマニア」(ルーマン・マニア)以外の一般読者には意味不明の日本語となっているかもしれません。

しかし私としては、少なくとも日本語のルーマニア(ルーマン語話者)には通じる(あるいは罵倒されない)だけの日本語のまとめを作らないと、その後の通常の日本語への翻訳ができないと思ったので、ここにルーマン語の日本語でまとめを書きました。

ただ私はルーマニアの風上にもおけないような不勉強者ですので、ルーマンにお詳しい方々の学術的批判を怖れます。ですがそういった学術的批判を受けない限り、私は自分のルーマン理解をより妥当なものにすることができないと考えていますので、ここに掲載しました次第です(「自己生成システム」など、ルーマンの日本語文献では必ずしも定訳ではない訳語も使っているので、そのレベルからのご批判も多いかとは思いますが、私としてはルーマンの根本的な理解およびその表現に関するご批判をいただけたらありがたいと思います。

前書きが長くなりましたが、以下が私のまとめです。原著で使われた文や句には出典ページ番号を併記しましたが、頻出する単語にはページ番号はつけませんでした)



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複合性と意味 (Complexity and Meaning)



1 意味は複合性の表象である
意識 (consciousness) ないしコミュニケーション (communication) は意味 (meaning)を根源的な媒体 (medium) とする自己生成システム(autopoietic system) であるが、意味はその自己生成システムが直面している複合性 (complexity) を表象 (represent) する。意味は、複合性がもたらす選択の強制 (enforced selectivity) を経験しそれに対処する (to experience and to handle; cope with p.82, p.84) 中で自己生成システムにおいて進化してきた。自己生成システムは意味という形式で複合性を表象して複合性を経験しそれに対処する。


2 複合性の定義
複合性とは、選択 (selection) を強制する自己生成システムの状態である。強制された選択はさらに観察の複合性と作動の複合性から説明できる。

2.1 観察の複合性
自己生成システムは自らの要素 (elements) をもつが、その要素の数が多くなれば、要素の間の関係 (relation) の数はそれ以上に多くなり、自己生成システムは自らがもちうる要素間の関係の可能性のすべてを一度に観察 (observe) することができなくなる。この場合、自己生成システムは複合性をもつ(複合的である (complex) )と呼ばれる。

2.2 作動の複合性
自己生成システムは要素の作動 (operation) によって自らを再生産 (reproduction) するシステムであるが、作動の際にはすべての要素間の関係を一度に観察して比較検討することができない以上、システムの作動は必然的なもの(自由度がないもの)ではありえず、何らかの選択が必要となってくる (偶発性 contingency [ただしこの用語はこの論文では使われていない])。また、何か一つの選択をしたとしても、その後の状態がどうなるかも必然的に定まるわけではない。複合性により、システムは、自らの状態について十分な情報をもちえず (lack of information; negative redundancy p.81)、選択が強制される。

2.3 意味の登場
複合性に伴う選択の強制に対処するために意味が登場する。


3 意味の定義
意味とは、無数の可能性の中に浮かび上がった現実性である。 (Meaning, then, is actuality surrounded by possibilities. p.83)

3.1 意味の機能
現実という核となった特定の可能性は、他の無数の可能性との関係を保っている。しかしそれらの可能性すべてを同時に焦点化することはできない。 (There is always a core that is given and taken for grounded which is surrounded by references to other possibilities that cannot be pursued at the same time. p.83)

3.2 意味の構造
現実と可能性の差異の構造が意味の構造である (The structure of meaning is the structure of this difference between actuality and potentiality. p.83) 意味とは、現実性と可能性のつながりである。 (Meaning is the link between the actual and the possible. p.83) 意味がつながりである以上、現実性という核か、可能性という背景のどちらか一つだけを切り離したものを意味と呼ぶことはできない。


4 意味と自己生成システム
意味は動態的な自己生成システムを前提とする。 (Meaning presupposes dynamic autopoietic systems. p.83)

4.1 意味システム
自らの作動の媒体として意味を用いる自己生成システムには、心理的システムと社会的システムがある。ここではそれら二つを総称して意味システムと呼ぶことにする。 [ただし「意味システム」という用語は、この論文の中では使われていない]

4.1.1 心理的システム
心理的システム (psychic systems) は、意識を自己再生産のための媒体として用いるが、その意識という媒体(形式)を構成するための根源的な媒体が意味である。[ある媒体により形式が構成されるが、その形式はより高次の形式にとっての媒体であるというルーマンの論はこの論文では述べられていないが、ここで「媒体 (形式)」という表現でその論を補っておいた]

4.1.2 社会的システム
社会的システム (social systems) は、コミュニケーションを自己再生産のための媒体として用いるが、そのコミュニケーションという媒体(形式)を構成するための根源的な媒体が意味である。

4.2 意味システムの要素
意味システムの要素は出来事 (events) である。出来事は、安定した単位 (stable units p.83) ではなく、現れては消えるものである。 (events that vanish as soon as they appear p.83)

4.3 出来事の非安定性
自己生成システムの作動においては、それが意識であれコミュニケーションであれ、絶えず古い意味が古い出来事として消え、新しい意味が新しい出来事として到来することが要請される。意味は、この出来事という要素の非安定性 (instability of elements p.83) の上に成り立っている。

4.4 意味の経験
ある可能性が核となり現実性となるとその現実性は確定的になるが、その現実性は出来事の消滅と生起の連続により変動的である。 (certain but unstable) 他方、潜在化した可能性は変わらず存在しているという点で不変動的である (stable) が、核として焦点化されていないという点で不確定的である。 (uncertain but stable) また、現実性の意味ある経験は、常に変化し続け、固定的にとどまることはない。 (The focus of actual meaningful experience cannot stay where it is, it has to move. p.84) 変動的な確定性と不変動的な不確定性の関係という二重構造を通じて私たちは意味の現実性と可能性に交互に注目するように構造化されている。 (The function of its dual structure is to organize alternating attention. p.84)

4.5 組織的複合性あるいは構造化された複合性
自己生成システムの「組織的複合性」 (organized complexity) あるいは「構造化された複合性」 (structured complexity) は、作動における選択に方向性をもたせる(少なくとも選択に制限を加える)ために進化しているように思える (seems to evolve as an attempt to direct, or at least limit, the selectivity of operations. p.84)

4.6 意味という普遍媒体の進化
意味も、組織的複合性と同様に、作動における選択に方向性をもたせる(少なくとも選択に制限を加える)ために新たに進化している普遍体である (Meaning can be considered as an evolutionary universal, giving a new and powerful form to the old problem of complexity. p.84)


5 意味と複合性
意味と複合性は、選択された可能性とその他のすべての可能性がつながっているという構造を共有しているため、意味は複合性の表象となりうる。

5.1 複合性による自己生成システムでの選択の強制
意識やコミュニケーションという自己生成システムは、それ自身の要素が出来事であるので、意識やコミュニケーションは次々に自己生産のための新たな要素 (出来事)を必要とする。 (Their continuous reproduction continuously requires new elements. p.83) だが、意識やコミュニケーションは複合的であるので意識やコミュニケーションはそれ自身が次にどの要素 (出来事) が来るべきかを一義的に決定できず選択を強制される。

5.2 複合性による選択の強制に対処するための意味
強制された選択に対処するために、意識やコミュニケーションは自らの複合性の表象として意味を立ち現われさせる。意味は、とりあえず選択された可能性を現実性という核として焦点化して表象させると同時に、その他すべての可能性を背景化して表象させるという、現実性と可能性の差異を同時に表象する構造をもっている。それゆえ、意味は複合性の表象となりうる。




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