以下は、学部4年生用の授業「現代社会の英語使用」の題材の一つとして使う英文を読むための補助資料です。以下をまず読んでから英文を読むと理解が容易になるかと思います。ただ、正確な翻訳・抄訳ではありませんのでご注意ください。
題材は、現時点では誰でも自由に読めるインターネット上の記事です。ただしアクセス回数に制限がありますので気をつけて下さい。
■の次にある数字は、受講者にBb9で配布する資料の行番号です。受講者の参照の便のためにつけました。
When Borders Close
by Ruchir Sharma
Nov. 12, 2016.
Sunday Review, The New York Times
この記事は、大方のメディアの予想に反してドナルド・トランプ氏が大統領に選出された直後に書かれたものです。この頃に書かれた記事としてはめずらしく、冷静で長期的な視点をもった論考だと思い、私はEvernoteに保存していました。
日本の英語教育界では、およそ単純すぎるグローバリズム観がしばしば表明されます。「グローバリズムだから英語を使わなければならない」、「英語を使えばグローバリズムに対応できる」などです。これらのスローガンの前提としては「グローバリズムは疑いなく受け入れるべき」、「グローバリズムは今後も続く」といったものもあるかと思います。
これらが勇ましい与太話で終わっていればいいのですが、これらの考えは中高の現場での英語教育に大きな影響を与えていますし、大学においても英語だけで卒業・修了できる学部・大学院が無批判的に厚遇されるといった形でさまざまな影響を与えています。
この記事を読んだだけでグローバリスムがわかるとか、世界の未来が予測できるといったことがあるはずもありませんが、スローガンに煽られて思考停止状態になることに楔を打ち込むことはできるでしょう(もっとも権力側にいてオコボレをもらえる限りにおいて思考停止状態になることは存外に快適なもののようです。ですが、それは弱者を蹂躙し社会を歪ませる頑強となることを私たちは忘れてはいけません)。
以下の分析を通じて、日頃から各種報道を批判的に読み比べながら考える習慣を身につけましょう。きわめて個人的な意見ですが、世界の動きや社会の情勢には無関心なまま、資格試験の得点向上だけを考えている英語オタクには公教育の英語教師になってほしくはありません。
*****
追記(2017/05/09)
以下、"deglobalization"には、「反グローバリゼーション」という訳語を充てていますが、ひょっとしたら「脱グローバリゼーション」という訳語の方が無難なのかもしれません。この訳語についてはしばらく考えます。
■ 6-7
確かにグローバリゼーションの時代には繁栄があったが、その受益者はもっぱらエリート層だった。
■ 8-9
経済危機が訪れると、不満をもった層はナショナリズムを唱え、自由貿易やグローバル金融や移民に制限を加えようとする扇動者を支持した。グローバリゼーションは停滞し、反グローバリゼーション (deglobalization) が始まった。
■ 11-12
この経済危機は第一次世界大戦と共に1914年に始まり、40年間にわたる移住と貿易の増加に終わりを告げた。
■ 12-14
これは、1980年代に始まり2008年のリーマンショックで停滞するまで続いたグローバリゼーションのブームと似ている。今日、グローバリゼーションはまたもや後退している。
■ 19-20
新たな反グローバリゼーションの時代が始まった。この時代はしばらく続きそうである。
■ 23-27
チンギス・カン以来、国境 (border) を越えたヒト・モノ・カネの流れは数十年周期の波で前進と後退を繰り返している。1914年に始まった後退は30年間続き、世界経済を弱体化し人々の不平感をつのらせ、やがてはそれは第二次世界大戦という形で暴発した。2008年に始まった後退はまだその力を増している。経済成長の鈍化やインフレや勃発する(国際的)衝突などの影響を自覚するべきだ。
■ 29-33
1914年と2008年の類似性は驚くばかりである。1914年以前の蒸気船と世界貿易への英国の参入は、2008年以前のコンテナ輸送・インターネットと世界貿易への中国の参入と似ている。
■ 37-41
グローバリゼーションによって引き起こされた20世紀初頭の社会的緊張 (social tensions) も現代と似ている。もっとも裕福な1%のアメリカ人の収入は1870年からどんどん上がり始め1920年代にはピークに達し、「金ぴか時代」の金権政治 ("gilded age" plutocracy) に至った。民衆の不満は広がり、1929年の世界大恐慌以降は特に政治家が国境を閉ざしがちになった。
■ 43
20世紀前半にアメリカは内向きになった。
■ 49
1930年代の最初の頃、アメリカは移民の受け入れを事実上中止したともいえる。
■ 54
国境を閉ざすことで競争と商業活動が停滞し、大恐慌 (the Depression) は長引いた。
■ 54-56
この時期のアメリカでは「アメリカが第一」 ("America First") と唱える 大衆主義者 (populist) は非主流派にすぎなかったが、ヨーロッパやアジアでは大衆主義者が軍事的独裁 (militarist autocracies) の権力を奪取し第二次世界大戦につながった。
■ 59-62
世界貿易が1914年のピークに戻るのはようやく1970年代になってからであった。資本の流れが戻ったのはそれよりも遅い1990年代である。しかしこれらの貿易と資本の流れが速くなると、それは金融危機につながることとなった。
■ 64
現在から見ると、(リーマンショックの)2008年は、(第一次世界大戦の)1914年と同じような転換点であったように思える。
■ 65-67
貿易の国内総生産(Gross Domestic Product) に占める割合を世界的に考えるなら、1973年の割合は30%だったが、それが2008年には60%にまで上がっている。しかしリーマンショック以降は55%にまで落ちている。
■ 69-71
資本の流れについても同じように国内総生産に占める割合で考えるなら、2007年は16%であったが今ではそれが2%にまで落ちている。
■ 73-75
人の流れも少なくなっている。たしかにヨーロッパへの難民は引きも切らないが、世界全体で考えるなら貧しい国から豊かな国への人の移住は、2011-2015年ではその前の5年間から400万人減った1200万人となっている。
■ 78-81
1930年代と同じように、世界的な貿易や投資や移住の減少によって、世界経済は弱体化している。この新たな反グローバリゼーションの時代は長く続くかもしれない。その理由の一つとして、第二次大戦後のグローバリゼーションの秩序が、ロシアや中国と言った新興国での独裁者と西側民主主義諸国での大衆主義的な政治家によって攻撃を受けていることがある。
■ 84-87
2008年以来、インド、ロシア、中国、アメリカといった国々で保護主義的な政策が取られてきた。保護主義的障壁が一つの産業でできあがってしまうと、それは他の産業にも波及してゆく傾向があるので注意が必要である。
■ 89-93
1980年代に中国が世界貿易に参入して以来、中国の人口爆発によって世界貿易は加速した。原材料を、中国、後にはポーランドやメキシコといった国々に作られた工場へと運ぶことにより世界は繁栄した。2008年以前の世界貿易ブームはこれらのサプライチェーン (supply chain) の中での商品移動によるものが多かった。
■ 93-95
しかしこの流れは変わった。特に、中国が貿易への依存度を低め、中国の工場が国内での生産に乗り出したことが大きい。
■ 97-99
このグローバリゼーションの停滞の理由をオートメーションや中間層の仕事が少なくなっていることに求める者もいる。
■ 99-101
しかしテクノロジーを重視する者たちは、政治的現実 (political reality) を見失っている。今の政治的な流れは、移民と貿易に反対する立場をとっている。反グローバリゼーションの意味合いを認めなければならない。
■ 103-105
二つの世界大戦の間の時代に、反グローバル的な綱領によって国際競争が少なくなり、インフレも手伝って経済成長は弱まった。今日、大衆主義者 (populist) は国内産業を保護して富を共有することを訴えているが、これは前例の繰り返しとなるかもしれない。
■ 107-110
国内での富の再分配は、人々の収入格差を狭める健全な効果をもつかもしれない。だが保護主義が強くなれば、国々の間での富の格差は大きくなるだろう。第二次世界大戦以来、貧しい国が輸出抜きに経済発展した例はほとんどない。
■ 114-117
もっと心配なのは、国境を閉ざすことの地政学的な影響である。2008年以来、開かれたグローバル秩序がよろめき始め、民主主義国家の増加も止まった。Freedom Houseの調査では、2008年以来、自由が高まった国は60あるものの、100以上の国々で自由は後退した。民主主義国家では外国人嫌い (xenophobic) が増加し、独裁国家はより抑圧的になった。
■ 121
自由が後退している国々の政府は国境を閉ざし、軍事力を強化している。
■ 126-127
20-10年前までの軍事費は世界的にほぼ横ばいであったが、ここ10年間の軍事費は東アジアで75%、東ヨーロッパで90%、サウジアラビアで97%上昇している。
■ 129-130
第一次世界大戦で粉々に砕けた希望は、ますます相互につながった世界 (increasingly interconnected world) により、軍事衝突は過去のものになるだろうという希望だった。この希望はここ数十年間再浮上していたが、国々のつながりはほころびかけているし、緊張は広がり、「我が国こそ第一」という大衆主義 (populism) は、アメリカも含めた国々で強くなってきている。
■ 135-137
ヒト・モノ・カネのグローバルな動きはこれから停滞し続けるだろう。過去から学べることは、昼の後に夜が来るように、グローバリゼーションの後には反グローバリゼーションが来るということである。反グローバリゼーションの時代は、グローバリゼーションの時代と同じぐらい続くかもしれない。
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