2016年4月7日木曜日

聞く文化と読む文化 (4/5留学壮行会挨拶)



  皆さん、留学おめでとうございます。皆さんがこの幸運な機会を活かして深く広く学び、その学びの成果を他の人々に惜しみなく伝えることを願っています。
  留学にあたって皆さんには英語を聞く文化と読む文化を学んでほしいと思っています。
 
  日本の英語教育にはいいところもたくさんありますが、批判すべきところもあります。それらのうちに含まれるのが、聞く文化と読む文化を貧しいものあるいは偏ったものにしていることです。
 
  皆さんが英語を聞く時ことは、しばしば「リスニング」というカタカナで表現されています。リスニングでは、皆さんは一方的に与えられる音声を聞き、それについて定められた反応(つまりは既成の問題に対する正答提示)だけをすることを求められています。リスニングテストを思い起こしてください。スピーカーから、皆さんにとって予想もつかない内容の英文が、一度だけ流されます。皆さんは話し手の表情を見ることはありません。仮にビデオで表情を見たとしても、情報の流れの一方向性は変わりません。皆さんは与えられる音声に対して無力です。
 
  しかし、自然な状況では、状況からの知識や前提なしに聞くことはありません。一方的に音声を与えられるだけのこともほとんどありません。聞き手が特定の反応しか求められないこともまずありません。あなたが誰かの話を聞く時、その相手の表情は刻々と変わります。それはあなたの表情の変化の反映です。あなたは相手の話を理解しながら、その理解を(あるいは理解の不成立を)さまざまな表情や身のこなしで表現します。その表現を受けて話し手の表情も変化しますが、その表情の変化は、話し手の情動と意識の変化の反映です。その情動と意識の変化は、話し手の語彙や話の内容の選択にも影響を与えます。つまりあなたは聞き手として聞く文化に参加しているだけで話し手に影響を与えるわけです。
 
  この意味で、聞くことは一人で行うことではありません。聞くということは、聞き手と話し手が相互作用を通じて、共に話を創り上げるものです。聞き手の聞き方で話し手は話し方と話の内容を変えます。一見、受け身の聞き手も実は話を作り上げているのです(皆さんもよい聞き手に恵まれた時と嫌な相手を相手にする時では話が大きく変わることを十二分に経験しているでしょう)。
 
  留学では自然な状況で聞くことが飛躍的に増えます。ぜひその経験から十分に学んでください。上手な聞き手になってください。決してリスニングテストの時のように眉間にしわを寄せた渋顔で聞かず、相手に対する純粋な関心から聞いてください。話し手の心に寄り添おうとしてください。そうすれば皆さんは聞くことだけでなく、話すことについても学ぶことができるでしょう。それが聞く文化に参加するということです。
 
 
  読む文化も、リーディングテストとは異なるものです。リーディングテストでもリスニングテストと同じように、藪から棒にあるトピックの英文を皆さんは読まされます。皆さんは、その英文への個人的関心とは無関係に設問で問われたことに答えるのみです。設問に関連する箇所だけしか読まないことがしばしば「効率的な受験ストラテジー」として推奨されています。
 
  これは自然な状況での読む文化とは大きく異なっています。読む文化では、あなたは本屋などで、自分の興味関心に応じて本を手に取ります。題名や著者や装丁、あるいは前書きや目次などから得られる予想をもとにあなたは本を読み始めます。読むことに特定の達成目標があるわけではありません。あなたはあなたの感性に忠実に自分の好きな表現を愛で、あなたの思考に応じて内容を吟味します。読む環境や速度も自分で好きなように選びます。一読し他の関連書に手を伸ばすこともあれば、途中で読むことを止めることもあります。あなたは自分の自由な意志と感性で読書を楽しみます。
 
  読書は、話し手よりも文章を練った書き手と対話することです。もちろん会話のようにあなたの存在や行動が本の活字(書き手のことば)を変えることはありません。しかし、読み手であるあなたは、聞き手である時以上に能動的に本のことばから想像をし、連想や想起をし予想をします。読む場合は、会話の時のように書き手のことばに表情が伴っていませんから、あなたは書き手の気持ち(あるいは書き手が創りだした世界の情景や登場人物の心情)を想像して活字に表情をつけて本を読みます(活字から表情のある音声を喚起できない人の読書は苦行であり続かないものです)。
 
  この意味で、読むとは書き手に寄り添うことです。喩えて言うなら書き手というスキー選手が滑降している直後からそのスキー選手と同じ軌道でスキー滑降をするようなものです。書き手のことばに即することであなたはことばの使い方を学びます。この意味で、読むことは書くことを学ぶことでもあります。
 
  留学ではこういった読む文化をぜひ楽しんでください。授業中の課題をこなすだけで英語を読んだと考えるのではなく、ぜひ自分の意志と感性で本を手にして、書き手と共に本が喚起してくれる想像上の世界での冒険を楽しんでください。
 
  そうやって皆さんが聞く文化と読む文化の喜びを知ってから日本に帰り、日本の英語教育をより自然なものにすることを私としては願っています。
 
  皆さんの留学の成功をお祈りします。

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