博士課程はもちろん、修士課程にいる大学院生にとって必読であり、常にそばに置いて折々に参照すべき本として、この『社会科学系のための「優秀論文」作成術―プロの学術論文から卒論まで』をお薦めします。
博士課程の院生が、この本に書かれているような知恵をもっていないことは、莫大な時間とお金を浪費することにつながりかねませんから、博士課程在籍者および博士課程に進学を考えている人はぜひ読んで下さい。
特に博士号取得を考えていない修士課程の院生も、ここに書かれているようなことを理解しないと、指導教官の助言が理解できず、非生産的な日々をおくることになりかねませんから、やはり読むことをお薦めします。いや一、二度読むだけでなく、院生控室や自分の机の上に常に置いて、日々の研究活動の中で、この本を一つの物差しにして、より生産的な日々をおくるよう、この本を十二分に活用して下さい。
卒業論文を書く学部生も、個人的にはぜひ読んでほしく思います。「学術論文は何をするものか」ということがわからずに、やみくもに学術論文を読んでも要領を得ないからです。著者のたとえ(vページ)を借りますならば、たとえあなたが少年野球しかしなくても、プロ野球選手の試合や練習がどのようなものであるかを理解することは、非常に重要なことです。同じ時間だけ練習をするにしても、理解が違うと効果はまったく異なってきますから。
しかし、正直言いますと、最近の一部の学生さんの読解力は、英語だけでなく日本語でも非常に低下しています。ですから、今まであまり本を読んだことのない学部生は、『これからレポート・卒論を書く若者のために』などを先に読んで下さい(参考記事:「当たり前」だけどなかなかできない「思考のマネジメント」)などを先に読んで下さい。
■ここでいう「社会科学系」とは?
と、本書を薦めても、学生さんの中には「ボクは『エーゴキョーイクガク』をやるので、『社会科学系』の本など読むのはイヤです。もっとすぐに使える本を教えて下さい」などと言う人もいます。そのような学生さんには、軽いめまいを覚えつつも、そこは職業的責任感で抑えて、「いたずらに世界を狭くすることは、短期間的に考えれば良さそうに見えても、長期的には確実に自分を愚かにするから、そのような狭量は止めた方がいい」と助言します。
そもそも、ここでいう「社会科学系」というのは、広い意味で使われていて、おそらくは「複数の人間が関わる事象であり、かつ、結論が単純に白か黒と決まる事態がまずない事象に関する学術的探究」ぐらいの意味だと私は理解しています。
本書のある箇所で、著者も次のように言っています。
現代の進んだ社会科学のもとでは、とある社会現象に関して一方の学説が明らかに100%正しく、他方が100%間違っているという状況はまれである。したがって検証の結果、総合的判断として一方のほうが他方よりも説得力があるというような型の議論を展開することとなる。あるいは何らかの条件をつけて判定を下すこととなる。いずれにせよ、ていねいで正確な表現方法が必要となろう。 (99ページ)
ですから、本書は言語教育系の学生さんにも広く薦められるものです。
もっとも、一部の例は著者の専門である国際政治学から取られていますので、そのあたりは隔靴掻痒の思いをすることもあるかもしれません。その場合は、著者がこの例を通じてどのようなことを主張しているのかを読み取って下さい。
■しかし、そもそもなぜ論文などというウザイものを書かなければならないのか?
しかし、なぜ大学・大学院というのは、これほどに論文を書くことを重視するのでしょう。論文なんて学者仲間だけで書いて読んでいればいいだけなのに・・・と思う学生さんもいるかもしれません。しかし、著者も言うように(少なくとも)北米系の大学・大学院は次のような認識をもっています。
体系的に議論を書くことができる人材
= 自力で考えぬくことができる人材
= 問題を指摘し解決策を提示することによって組織や社会をリードできる人材
(111ページ)
つまり、現在のように複雑な社会で活躍できる人材を育てようと思うなら、知的側面においては論文を書かせることが非常にいい訓練になるわけです。実社会でも、論文あるいは論文に準ずるような文書(例えば企画書など)を読んだり自ら作成したりする機会はあります。文書を作成せずとも、文書を書くように丁寧に考えるべき機会はたくさんあります。(私も学内外の実務で、論文読解と執筆で培った分析力と統合力があってよかったと思うことが多々あります)。
大学(ひどい場合には大学院)で、単位や資格を取るためだけに勉強しても、そうやって得た肩書きは何の役にも立ちません。かえって「あれで大卒・修士号・博士号かよ」と陰で笑われるだけです。ここは一つ、覚悟を決めて、しっかりと卒論・修論・博論を書いて、自分を組織的に訓練して下さい。
著者の川崎剛先生(http://www.sfu.ca/~kawasaki/)は、カナダの大学で15年間教鞭をとり、大学院時代も含めれば北米の大学システムで25年間もの間、厳しい競争的環境の中で活躍されている方です。どうぞ信頼して本書をお読みください。
■この本の概要
以下は、アマゾンに掲載されてあったこの本の目次に、私なりの言葉を付け足したものです(コロン以下が私の付言です)。この本の内容をあまり紹介してしまっては、著作権に違反しますし、私としてはこのような良書を書いた著者と出版した出版社にはきちんとした金銭的報酬が行くべきだと思いますので、私の付言はわざと言葉足らずに書いています。また私の付言の中には、私独自の言葉遣いも含まれていますから、どうぞ皆さん、ぜひ実際にご自分でこの本を買って読んで下さい。
第I部 社会科学論文の「型」をマスターする:「型」に即していないと、言葉を尽くしても・・・
第1章 まずは3つのPを念頭におく: Project, Persuasion, and Problem-Solving
第2章 論文の骨格をつくる: 四つの要素のどれを欠かしても・・・
1 目的 (the purpose/character of the paper):「概念の検討・整理」「仮説検証」「仮説創設」「新事実の提示」
2 中心命題 (the central thesis): 反論可能な命題を一つ立証
3 「問題と解決」の枠組み (research design): 問題分析・解決方法・方法実施(参考記事:Research Questionの探究としての研究論文)
4 中心命題が持つ含意 (implications):立証の波及効果
5 まとめ
第3章 論文の細部を仕上げる:論文の機能とは何か(参考記事:論文の構成要素とコミュニケーション的機能)
1 中心命題の説得力を最大限にする: 証拠を増やすための論証法・反論を織り込む・方法論の妥当性を示す
2 表現法で説得力を増強する:序論・本論・結論の機能を考える (The Craft of Researchも読むこと)
3 まとめ
第II部 学位・卒業論文の攻略法:卒論の段階から博論について理解しておく
第4章 博士論文攻略法:はじめての本格的学術作品
1 博士論文の基本的性格: Project
2 研究計画書作成段階での注意点: 先行研究と問題解決の見通し
3 研究計画書執行段階での注意点:執筆と口頭試問
4 おわりに
第5章 修士論文攻略法: 研究プロセスの確実な達成
1 修士論文の基本的性格:問題の発見よりも解決
2 修士論文の基本タイプ: 「概念の検討・整理」か「仮説検証」
3 修士論文作成上の注意点:タイムマネジメント
4 おわりに
第6章 卒業論文攻略法:「おさらい論文」や「オレの熱い思い」などは決して書かない(『これからレポート・卒論を書く若者のために』も参照)
1 卒業論文の基本的性格:基礎的な学術スキルの獲得
2 「古い仮説・新しいデータ」型論文のすすめ:わずかだが確実な貢献
3 卒業論文の骨格:序論・背景・立証・結論
4 おわりに
第III部 学術雑誌攻略法:研究者として生き残るために
第7章 学問の「実戦」を理解する
1 論文草稿が学術雑誌に掲載されるまでの過程:審査員とのコミュニケーション(『これから論文を書く若者のために 』も参照せよ)
2 審査員が求めているもの:完成度と学問的貢献
3 まとめ
第8章 投稿して次に備える:"The show must go on."
1 学術雑誌を選び,投稿する: 「なにがなんでもトップ・ジャーナル」とは考えない
2 論文生産システムを構築する: 複線的マネジメント
3 おわりに――システム思考の大切さ
付録
1 研究計画書の作成術:提出する前のチェックリスト
2 主なる問題発見法の一覧表:考え方のヒント
3 論文用・研究計画書用のチェックリスト:ここだけでもコピーして机の前に貼っておく
4 参考文献ガイド
上記の目次を見てもわかるように、折々に「まとめ」や「おわりに」があり、非常にわかりやすい構成となっています。ぜひご活用ください。
また、私は論文執筆入門として、The Craft of Researchを広く薦めていますが、川崎先生もこのThe Craft of Researchをカナダの大学でも使っているそうです。Craftと本書の違いは、前者がより入門的、後者がより専門的となるかと思います。
関連ページ
柳瀬旧ホームページ「教育」
http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/education.html
柳瀬現ブログ「教育」
http://yanaseyosuke.blogspot.com/search/label/%E6%95%99%E8%82%B2
卒論・修論・博論の書き方を解説したサイト
http://yanaseyosuke.blogspot.com/2011/10/blog-post.html
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