「権威筋」というのは自生的に、あるいは制度的に発生することはあれ、それは常に多くの人間の独立した思考・判断・観察などによって吟味され、その「権威筋」の意見も常に修正の対象になっていなくてはなりません。「多数派の意見こそが正しい。少数派は多数派に黙って従え」というのは多数派の専横あるいは衆愚政治につながる考え方であり、複雑な世の中では、「少数派の意見の中には未来の多数派の意見となる考えも含まれているかもしれない」と考えるのが民主主義のあり方です。
しかし、ひょっとしたらこれまでの日本は少数派の意見を大切にしすぎて、社会的合意を取れない経験を重ねすぎたのかもしれません。だからこそ「多数派」が近年専横的になってきて、少数派の思考や言論を抑圧するような態度に出ているのかもしれません。確かに少数派は、自らの言論を公衆にさらした後で、それが少数派の意見とされ、決定が自らの考えとは異なるものになった時は、その決定手続きが正当なものなら、自らとは異なる多数派の意見に従わなければなりません。日本の「少数派」は不当に居直ることを止めなければならないのかもしれません。しかし、そのことは、多数派が、少数派の意見を最初から抑えることや、決定の後も少数派からの批判を禁ずることを意味はしません。ましてや多数派が、社会的意思決定の権威と権力を自分たちだけが占有しているなどというあまりに危険な思い込みをすることではありません。
一人一人の人間が、それぞれ自分の頭で考え、判断し、自分の責任で言論と行動をおこすこと。そしてその言論と行動を、現実からのフィードバックと、他者からの批判に対して常に開いておくこと。間違った言論や行動は細かく速やかに修正してゆくこと。誰もが間違いうる存在であり、言論と行動においては謙虚さが必要であること。こういった、嫌になるほど当たり前のことを私たちは相互に徹底することが必要かと思います。
下記の引用は、教職大学院があまりに技術至上主義となり、技術の根底にある思想やイデオロギーに無自覚になり、その結果、複雑な現実へ対応することができなくなってしまうことへの懸念の表明かと私は読みました。英語教育でも特定の技術を、制度的あるいは科学的権威で正当化したら、あとはひたすらそれを無批判的・無思考的に実施すれば現実はよくなるといった発想が随所で見られると私は懸念しているので引用する次第です。 「思想やイデオロギーなんて大げさだ」という仮想論敵に向かって佐久間先生は次のように述べます。
しかし、例えば「学力向上の指導法をどうするか」といった具体的な実践的課題を、少しでも想起してみればよい。「百ます計算」や「フラッシュ・カード」といった教育技術のレパートリーを覚えるだけでは、実際の子どもの学力は向上しないし、教師の資質も高まらない。教師たちが現場で直面しているのは、たとえば、何をもって学力ととらえ授業を構成するか、全国統一学力テスト実施をどうとらえるのか、テスト対策を授業の柱に据えるのか据えないのか、学校より受験を優先させる親にどう向き合うか、そもそも学習どころではない家庭環境の子どもをどう支援するか、その際家庭のプライバシーをどう考えるかといった、極めて論争的で政治的で社会的な問題だからである。
教育実践は政治的・社会的実践そのものであり、あらゆる教育方針や教育技術は、一定の思想やイデオロギーを内包している。(中略)
したがって、もしも教職大学院の教員が、教育技術の根底にある思想やイデオロギーに全く無自覚なまま、ハウ・ツーだけを伝達するなら、教師の資質は一向に高まらないだろう。あるいはもしも「学習指導要領には従え」「校長のいうことは聞け」などという一定のことがらが自明の前提とされ、物事を相対化したり複眼的に考える姿勢を失うなら、それはもはや学問に根ざした大学院教育としては到底認められないものとなる。もしも、疑問を差し挟むことさえ許されないなら、そこでの教育は洗脳になってしまう。佐久間亜紀「誰のための「教職大学院」なのか」
『世界』(岩波書店)2007年6月号128ページ
複雑な世の中では、民主主義というある意味うるさく、なかなか一様にまとまらない行動様式をとらないと、私たちは大きく誤り得ます。そのうるささは、理性的な言論・行動様式で、知的にも面白い多様性に変えてゆかなければなりません。私たちは理性的な態度をこれからも互いに教育してゆかなければならないでしょう。
しかし怖いのは、私たちが今、あまりに疲れ果ててしまっているのかもしれないということです。「疲れきって、自ら思考する気力も判断する余裕もない。『理性的』などという小ざかしい言葉なんてどうでもいい。ただ私は自分が安逸に暮らしたいだけなのだ。お願いだから休ませてくれ」などという意見が社会の多数派となった時、怖ろしい時代が始まるのでしょう。
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