独立研究者の森田真生先生 (@orionis23) の講演・ワークショップは、数学により私たちの心をかき回します。しばらくは、めまいにも似た知性の混乱を覚えることすらありますが、時間がたち、心が静まってくると、以前よりはっきりと物事が考えられるようになっていることに気づきます。その時間とは数十秒や数分であることもあれば、数ヶ月であることもあるのですが・・・。
私は参加したとき、できるだけノートを取るようにしているのですが、いかんせん私の手(というより知性そのもの)が間に合いません。結果残るのは極めて不完全なノートです。
私はこれまでの経験・習慣からか、書きことばを使って理解し考えることを自分のスタイルとしています。つまり自分の時間配分で書きことばを見つめ、反芻し、下線を引いたり書き込みをしたりしながら、最後は自分のことばで理解を再構成することで、ようやくなんとか新しい考えを理解する(あるいはした気持ちになる)ことができるわけです。
残念ながら森田先生にはまだ本格的な著作物がありませんので、私は森田先生から学んだ数学の喜びをまだほとんど自分の身につけていません(特に森田先生が特に興味をもっている圏論の考えなど)。しかし書店で、遠山啓先生のこの本を見かけた時、「そうだ、遠山先生の本なら!」と思い、購入しました。私は教育学部を卒業し、教育学部に勤務しながら、今まで恥ずかしながら遠山先生の著作を一冊も読んだことがなかったのですが、昨晩、仕事に疲れてもう何もする気になれなかったので、ふと読み始めたら面白く、一気に読み通しました(とはいえ、後半部分にはきちんと理解できない箇所も多々ありました)。
数学的発想について理解をしておくと、それだけ自分の思考が整理されるような気がします。以前には見えてこなかったつながりが見えてきたりします。というわけで、以下は、この遠山先生の本の前半部分(以前は『数学は変貌する』(1971年、国土社)として出版)のまとめです。私家版のまとめとして書きました。
私の言葉をかなり入れたので、いちいち引用頁数を入れることはしませんでした。桁数による構造化も私によるものです。間違いもあるかと思います(というより、私は高校1年生で数学に落ちこぼれて以来、テストでまともな点を取ったことがありません)。あまりにひどい間違いはご指摘いただければすぐに訂正しますが、もしご興味をもたれた方は、どうぞ以下のまとめはあまり信頼せず、必ず原著もしくは信頼できる類書をご参照下さい。
1 古代の数学
1.1 実用目的
古代の数学は、特にエジプトと中国で発展した。数学は主に税金取り立て、治水工事、建築物構築などの実用的目的であった。
1.2 タレスによる証明の誕生
古代数学は、古代ギリシャによって次の段階に進む切っかけがつくられた。特にタレス(紀元前640-546)は、古代にはなかった証明を考えだした(例「二角と夾辺が同じ三角形は合同である」)。
2 中世の数学
2.1 ピタゴラスによる証明の重視
ピタゴラス(紀元前582-497)はタレスの考え方を受け継ぎ「ピタゴラスの定理」などを証明した。
2.2 証明と自由な議論文化
この証明重視の背後には、ギリシャ市民が自由な議論を行うという文化があったのかもしれない。専制国家では弁論術、修辞学あるいは論理学は発展しなかっただろう。
2.3 ユークリッドの静的な数学
ユークリッド『原論』は、証明の思考法に基づき一般法則から特殊な事実を導き出す演繹的なものであったが、もう一つの特徴は静的であったことである。運動が退けられ動的なことはあまり考えられなかった。
2.4 アルキメデスとアラビア文化 アルキメデス(紀元前287-212)は、すでに今日の微分積分学の入口のところまでいった天才であったが、その後継者は宗教的権威が強かった中世のヨーロッパにはほとんど現われず、彼の数学はアラビアに伝えられ、後にヨーロッパに逆輸入された。
3 近代の数学
3.1 デカルトの『方法序説』
数学の近代的考え方が明瞭に生まれたのはデカルト(1596-1650)からであるが、彼の『幾何学』は『方法序説 』の付録として書かれたものであった。
3.1.1 デカルトの4つの研究法
彼の(1)明証、(2)分析、(3)総合、(4)枚挙、の原則は近代に大きな影響を与えた。
3.1.2 座標の発明
デカルトの座標 (coordinate) の考え方は幾何学を一変した。平面上の点は、x座標とy座標の二つの数の組になり、代数で幾何ができるようになった(解析幾何学 analytic geometry)。
3.2 動的な数学の発展
解析幾何学により運動や変化といった動的な性質が数学で扱えるようになった。これはニュートン力学の誕生にもつながった。
3.3 微分と積分
微分 (differentiation, differential, derivation) はデカルトの「分析」、積分 (integration) は「総合」を数学的に行なっていると考えられる。
3.3.1 微分法則と積分法則
ニュートンの法則は微分法則と呼ばれるが、それは例えば加速度を考える際に、無限に小さな時間と無限に小さな距離を考えたからである。一方、ケプラーの法則は、惑星が回る時間全体を考慮することによって成立するものであり、積分法則と言える。
3.3.2 微分方程式
ニュートン力学の予測能力は当時にとって衝撃的であり、未来はすべて微分方程式でわかるのではないかといった数学万能の考え方すら生まれた。
3.4 関数
対応関係という機能で物事をとらえる関数 (function)も近代の数学の重要な特徴である。このy=f(x)という定式化は、しばしば「結果=f(原因)」という思考法につながり、科学に影響を与えた。
3.5 統計
微分積分や関数は精密性を重んじたが、同時に近代数学は「半精密的」ともいえる学問を生み出した。確率論および統計学である。
4 現代数学
4.1 数学の発展と幾何学
古代数学から中世数学への移行のきっかけとなったのがユークリッドの『原論』であり、中世数学から近代数学への移行のきっかけとなったがデカルトの『幾何学』であった。同じように、近代数学から現代数学へ移るのには、ヒルベルトの『幾何学の基礎』が大きな影響を与えた。幾何学は、私たちの住んでいる世界とのつながりが特に強いため、私たちの根本的な思考転換を促しやすいのかもしれない。
4.2 ヒルベルトの「無定義語」
ヒルベルト(1862-1943)の『幾何学の基礎』の最初の目標は、ユークリッド幾何学の正しい基礎づけをすることであった。ユークリッドは、例えば点を「部分をもたない」、直線を「まっすぐである」と定義したが、ヒルベルトはそれらの重要語に定義を与えずに、相互関係をはっきり決めておくだけで公理を成立させたつまり、。無定義語の間の相互関係を規定したものを公理として展開したわけである。この考え方は「構造」(structure)につながってゆく。
4.3 カントールと無限集合
19世紀前半まで集合論は有限集合について扱い、記号論理学とつながったり、対応と写像の考え方を発展させたりしていたが、カントール(1845-1918)は、無限集合も含む集合論を発展させた。
4.3.1 原子論的
カントールの集合論の第一の特徴は原子論的であるということである。これは古代ギリシャ以来の、最小の単位まで物事を分解しようとする衝動を発展させたものと言える。これにより例えば直線は点の集合となったが、同時にそれは点の無限集合でなければならないとなった。
4.3.2 空間的
カントールの集合論の第二の特徴は、それが時間的というよりは空間的であるということである。もともと無限は「可能性の無限」として考えられ、例えば「1, 2, 3, 4, ・・・」といつまでも数え続けられると時間的に考えられていた。これに対してカントールは「実無限」を考え、例えば直線を点の(無限)集合と考える場合も、それは数える手続きからは独立して、現実的に存在しているとした。実無限は時間的というよりは空間的であり、閉じていると考えた。(ちなみにこれと似た発想は、アウグスティヌス(354-430)の、全知全能の神による「永遠の今」、あるいは順序数とは異なる集合数の考え方に見られる)。
4.3.3 「部分が全体と等しい」
AとBが二つの無限集合で、その要素のあいだに1対1対応がつけられるとき、「AとBは同値である」あるいは「同じ濃度をもつ」と言い、「A~B」と表記される。ここでAを自然数全体の集合、Bを偶数全体の集合とすると、Bは明らかにAの部分集合のように思える。しかしAの各要素に、BのなかのAの要素の二倍の偶数を対応させると、これらは無限集合である以上、AとBの間には1対1対応が成立し、両者は同値となる。つまり「部分が全体に等しい」となる。さらにカントールは「直線上の点の集合と平面上の点の集合とが同じである」と証明したが、これは彼にとっても信じられないような証明であった。だが、ここで注目すべきは、ここでは、二つの集合の内部構造がまるで無視されており、それぞれの集合のもつ「構造」を捨象して、いっさいのものが原子にまで分解されていることである。
4.4 構造
構造は集合との関連で考えると理解しやすい。集合は単なる要素の集まりにすぎず、要素相互の関係は考えていない。構造は各要素間の相互関係を規定したものである。構造の例としては、7日で一巡する月・火・水・木・金・土・日の構造、じゃんけん(グー・チョキ・パー)の三すくみ構造、血液型の輸血可能性(O→A, O→B, A→AB, B→AB)の構造がある。ちなみに、俗説の「ヘビ・カエル・ナメクジ」や「庄屋・鉄砲・狐」の三すくみ構造はじゃんけんの構造と「同型」(=相互関係のパターンが同じ)であり、6の約数関係(1→2, 1→3, 2→6, 3→6)の構造は輸血可能性の構造と同型である(図示するとわかりやすい)。また、作曲家は音の構造をつくり、碁の名人は碁石の構造をつくっているとすら言える。構造は主に、位相的構造、代数的構造、順序構造の三種類で考えられる。
4.4.1 位相的構造
位相的構造の代表例は、私たちの住んでいる空間である。この空間は、距離関係で表されることがたいていであるが、移動時間や交通費などの観点から表現することもできる。
4.4.2 代数的構造
代数的構造とは、例えば任意の二つに、演算(算法)や作用をほどこすと第三のものが決定されるといった相互関係である。記号論理学も代数的構造をもつ。記号論理学の代数的構造はコンピュータで利用されている。
4.4.3 順序構造
整数の大小関係は順序構造の代表例であるが、さきほどの輸血可能性も順序構造をもつ。
4.5 構成
構造を作り出し、構成的であるという点で、現代数学の重要な特徴の一つは構成的であるといえる。数学の特徴を対比的にまとめるなら、(1)古代数学は経験的で帰納的、(2)中世数学は演繹的で静的、(3)近代数学は動的、(4)現代数学は構成的、となる。
4.5.1 構成的方法と現代社会
構成の典型例は建築であろうが、化学によるこれまでに自然に存在しなかった物質の合成、工学による人工衛星の製作も構成的方法の利用によるものである。またピカソの芸術作品なども、現実のある側面を極端に誇張したものを創造した点で現代数学的な構成的方法と通底しているのかもしれない。さらに、構造の考え方は、心理学や言語学や文化人類学などに根源的な影響を与えた。
4.6 動的体系
構造という概念の一つの限界は、静的であり、動的ではないということである。しかし生物の身体などは、構造をもちながら、かつその構造が常に変化している。構造を空間的ではあるが時間的ではないとしか考えないと、現実世界の物事の構造の時間性を見失いがちである。
4.7 群論
19世紀のはじめからガロア(1811-1832)によって発展された概念である「群」(group)の考え方は、動的な側面をある程度扱うことができる。群は、何かの操作(あるいは手続き)の集まりと考えることもできる。[群論に関する解説は、この本の後半に展開されていますが、私はとてもきちんと理解しているとは言えないので、ここでは省略し、以下の遠山先生の比喩についてだけまとめます。]
4.7.1 「打診法」
スイカが熟しているかを知るのに、実際にスイカを割ってみる(=解剖法)のではなく、スイカを叩いてその音を聞くという方法がある。これは何らかの構造を知るために、ある操作でそれを変化させて、その変化を見て構造を知るという方法であり、これを打診法と呼ぶことにする。医者の聴診も打診法と呼ぶことができる。ガロアはこの方法を代数方程式を解くのに適用した。この方法は後年、幾何学の研究に使われるようになり、図形を変化させて図形の性質を知るようになった。さらに物理学でも群論は使われている。模様の理解にも群論は使える。
以上
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